「カテリーナ様。本当に選択授業を、剣術にされたのですか?」
休憩時間にいつもの面々で集まっていた時、アルゼラがさり気なく出してきた話題に、カテリーナは全く動じずに答えた。
「ええ。選択授業は、明日から始まりますわね。皆さんもそれぞれ、お好きな物を選ばれたのでしょう?」
「はい、私は器楽を」
「私はダンスにいたしました」
「カテリーナ様、やはり今からでも、選択科目を変更された方がよろしいのではありませんか? ご家族も、快く思われていないと思いますわ」
周囲が和やかに会話する中、アルゼラだけがしつこく訴えたが、カテリーナはそれを余裕の笑みで受け流した。
「アルゼラ様は、随分とおかしな事を仰るのね。ガロア侯爵家の当主である父には、選択科目で剣術を取る事も、来年専科で騎士科を選択する事も、きちんと了承を得ておりますわ。家長の意志決定に、どなたが反対すると言うのです?」
「それは、そうかもしれませんが……。女の身で剣を嗜まれるなど、殿方に野蛮だと思われかねませんわ」
それでもまだ非難する口調の彼女に、カテリーナは冷静に言い返した。
「それなら娘である私に剣を仕込んだ父は、アルゼラ様から見たら野蛮人そのものですわね」
「い、いいえ! 私はそんな事は、一言も口にしてはおりませんわ!」
「でも武術を貴ぶ父なら、そう言われたらかえって喜びそうですわね。『そんな見当違いな事をほざくのは、お前に腕で敵わない軟弱者ばかりだ』と言って。皆様はそうは思われませんか?」
侯爵家の当主を非難したと言外に言われて真っ青になったアルゼラを尻目に、カテリーナは笑い話で話を終わらせ、周りの者達も先程の彼女の発言はちょっとした冗談だったと判断して、楽しげに笑い合う。
「確かにガロア侯爵は、勇猛果敢な方だとお伺いしていますものね」
「私も、豪快な方だと聞き及んでおりますわ」
「カテリーナ様は侯爵様の血を色濃く受け継いで、凛々しくていらっしゃいますもの」
「光栄ですわ」
「…………」
そして楽しげに次の話題を語らっている中で、アルゼラだけが不機嫌そうに、口を引き結んでいた。
(アルゼラ様は、お義姉の実家のダトラール侯爵家に繋がる方だから、私が騎士科に進むのを阻止したいのは分かっているもの。粗忽で乱暴者のご令嬢なんて噂が立ったら、良いコネを作れる家に、私を高く売りつけられないって事よね。お生憎様。そう上手く、お兄様達の思い通りにはならないわよ)
あっさりとアルゼラと、彼女の背後で糸を引いている兄夫婦の思惑を読み取ったカテリーナは、他の人間には分からない程度に小さく溜め息を吐いた。
翌日、午後からの選択授業に備えて、アルゼラ達と別れて鍛錬場の横に設置してある更衣室に向かったカテリーナは、既にそこに居た女生徒達に軽く会釈してから、悠然と着替えを始めた。
(さてと、着替えはこれで終了。それにしても、視線を感じるわね)
上下を動きやすい男物に着替えて背後を振り向くと、自分達とは毛色の異なるカテリーナに対して、好奇心と警戒心が混ざり合った視線が突き刺さった。
(さすがに女生徒で、剣術を選択する人は少ないわね。この人達は来年騎士科に進む筈だし、できるなら今のうちから、友好関係は築いておきたいものだわ)
そう考えたカテリーナは、微塵も躊躇わずに彼女達に歩み寄って声をかけた。
「はじめまして。カテリーナ・ヴァン・ガロアです。私達の学年の女性で剣術を選択するのは、ここに居る人だけみたいですね。これからよろしくお願いします」
平然と微笑みながら自己紹介してきたカテリーナを見て、ある意味予想外の展開に慌てた女生徒達が、狼狽しながら挨拶を返してきた。
「こっ、こちらこそよろしく! 私はリリス・ヴァン・ジェルータです!」
「はじめまして、ノーラ・ボブレーです」
「エマ・カルソンです」
しかし最後の一人だけは、胡散臭いものを見るような目つきで、カテリーナに皮肉をぶつけてきた。
「ティナレア・ヴァン・マーティンです。変わっていますね。私みたいな末端貴族では無い、れっきとした上級貴族である侯爵家のお嬢様なのに、剣術を選択するなんて。まさか来年の専科は、騎士科を選択するとか言いませんよね?」
「選択するつもりですけれど。それがどうかしましたか?」
「……本気?」
ティナレアは勿論、他の三人も驚いたように目を見張ったが、カテリーナはおかしそうに笑っただけだった。
「正直な方ね。そこまで露骨に顔に出されたのは、初めてだわ。ところで皆さん。そろそろ鍛錬場に向かわないと、授業の開始時刻に遅れると思うのですが……」
「あ、そうだわ! 急いで行かないと!」
「初日から遅刻なんてできないわよ!」
「ほら、ティナレア、行くわよ!」
「え、ええ……」
「カテリーナさんも、一緒に行きましょう」
「はい」
胡散臭い目で見られるのは想定内だった上、真正面から敵愾心を向けられたのは寧ろ心地良かったカテリーナは、さり気なくかけられた誘いの言葉に笑顔で頷いた。
(ネチネチしていない分、言われても別に腹は立たないわね。それなりに、なんとかやっていけそうだわ)
そして女生徒で固まって、挨拶に引き続いての世間話を始めながら鍛錬場に出向くと、そこで予想外の人物がカテリーナを待ち受けていた。
「やあ、カテリーナ。剣術を選択する女子は少ないだろうから心配していたけど、早速仲良くなったようだね。安心したよ」
(どうして保護者面で、あなたにそんな事を言われないといけないのよ!?)
自分の姿を認めるなり、掴み所の無い笑顔で近寄って来たナジェークにそんな事を言われて、カテリーナは内心でむかついたが、面には出さずに言葉を返した。
「ご心配いただきまして、ありがとうございます。ですがナジェーク様はどうしてこちらに? 漏れ聞くところでは、あなたは来年、官吏科に進む予定ではありませんか?」
「官吏科を選択予定の人間が、剣術を選択してはいけないと言う規定は無い筈だけどね」
「それはそうかもしれませんが……、一応常識と言う物が」
「常識的に考えれば、れっきとした侯爵令嬢は剣を嗜まないし、剣術を選択したりもしないと思うけど?」
一見、穏やかな笑顔のまま口にされた痛烈な皮肉に、カテリーナの顔が僅かに引き攣る。
(人の神経を逆撫でするのが、とことん上手い男ね! 喧嘩を売る気なら、買ってあげるわよ!?)
しかしその不穏な気配を察知したかの如く、イズファインが駆け寄り、焦った様子で会話に割り込んだ。
「や、やあ、カテリーナ! 剣術の授業も一緒だね、よろしく! ナジェーク、お前はちょっとこっちに来い!」
「邪魔するなよ、イズファイン。それじゃあ、また」
苦笑いで文句を言いながらも、ナジェークはイズファインに腕を引っ張られながら、おとなしくその場を離れた。そしてカテリーナ達に話が聞こえない程度の距離を取ってから、イズファインが険しい顔になって彼を叱責する。
「ナジェーク。お前、絶対何か彼女を怒らせるような事を言ったよな? 聞こえなかったが何を言った?」
「ちょっとからかっていただけで、本気で怒らせてはいないと思うが」
「からかうなよ。本当に、お前って奴は……」
最近、裏表が激しい友人のフォロー役になりつつあったイズファインは、平然としているナジェークの前で、深い溜め息を吐いた。
一方で彼らの事は、そのやり取りを聞いていたカテリーナの周囲でも話題になっていた。
「カテリーナさん、さっきの人は誰ですか?」
興味津々で尋ねてきたノーラに、カテリーナが端的に説明する。
「私のクラスの、シェーグレン公爵家のナジェーク様と、ティアド伯爵家のイズファインよ。イズファインは昔から、家族ぐるみの付き合いで親しくしているの。ナジェーク様はこれまで交流は無かったけど、二人は以前から仲が良いみたいね」
「そうなんですか」
「二人とも素敵ですね」
「あんな人達とお知り合いだなんて、カテリーナさんが羨ましいです」
「素敵……。確かに多少、見た目は良いかもしれないけどね……」
口々にうっとりした口調で言われてしまったカテリーナは、彼らの容姿について曖昧に頷いてから、別な事で考え込んだ。
(どうしてあの人まで、同じ剣術を選択しているわけ? それなりに腕には自信があるのかもしれないけど、何だか嫌な予感しかしないわ)
せっかく気晴らしの時間になるかと思いきや、予想外の人物の存在に、彼女の機嫌は微妙に悪くなってしまった。
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