その華の名は

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(2)思わぬ遭遇

公開日時: 2021年8月1日(日) 15:35
文字数:3,534

新学期が始まって、ひと月程が経過したある日。朝に寮から校舎に向かう途中で五人全員が顔を揃え、雑談をしながら教室に向かっていたカテリーナ達は、講義棟出入り口のホールに張り出されていた用紙を見て足を止めた。


「皆、ちょっとあれを見て!」

「どうしたの、ティナレア」

「そんな大声を出して」

「ああ、騎士科の中から、近衛騎士団への一次推薦者が発表になったのね」

「上級学年になって間がないのに、早いわね」

「そうじゃなくて、名前を見てよ!」

毎年、学園から近衛騎士団に、騎士科の成績優秀者を何回かに分けて推薦しており、早くも今年度の一回目が発表になったのだと納得した面々だったが、のんびりしている周囲に向かってティナレアが再度声を張り上げた。それに訝しく思いながら内容を凝視した途端、他の面々からも驚きの声が上がる。


「名前って……、イズファインは実力からも家柄から見ても確実だし……。はあぁ!?」

「どうして五人の中に、あのバーナムの名前が挙がっているのよ!」

「どう考えてもおかしいじゃない!」

「他に優秀な人は、何人も居るわよ!?」

 そして驚きが過ぎ去ってから、互いの顔を見合わせつつ不満と怨嗟の声が漏れる。


「……やっぱり、そういう事?」

「名前が挙がった五人全員、貴族だし」

「貴族だとしても、バーナムが真っ先に推薦されるって何なのよ。まともに選抜していないわね」

「結局、コネと金って事か。こんなのを見せつけられると、本当にやる気が失せるわ」

(どういう事かしら……。確かに騎士科の中に、貴族の子弟を優遇する傾向の教授は存在しているけど、平民出身、特にガルーダ教授は、こういう偏向など良しとしない方だと思っていたのに……)

迂闊な事は口にできず、カテリーナはその選抜過程に幻滅しながら、友人達を促してその場を離れた。そしてその日から騎士科の教室内が一気にギスギスした空気になり、彼女は辟易する事となった。


 ※※※


「あぁあ、腹が立つわっ!」

「本当よね! 騎士団への推薦が決まって以降、教室内でバーナムが鼻持ちならなくて!」

「前から平民に対して横柄だったけど、この何日かの増長ぶりときたら!」

「自分の実力でも無いくせに!」

 推薦者の発表から数日後。友人達と一緒に、放課後に学内のカフェでお茶を飲み始めたものの、周囲が悪態を吐きまくりの為、カテリーナは宥め役に徹していた。


「皆、落ち着いて。腹が立つのは分かるけど、教授方が決定した事に対して、大っぴらに非難はできないわ」

「分かってるから、ここで文句を言っているんじゃない!」

「ええ……、まあ、そうよね……」

(本当にあの発表以降、教室内の空気が刺々しくて堪らないわ。教授達ももう少し、考えてくれば良いのにい)

一向に止まる気配の無いバーナムに対する悪口雑言を聞きながら、カテリーナは心の中で教授達に八つ当たりしいたが、カフェの出入り口を向いて座っていたエマが、急に驚いた顔になって周りに注意を促す。


「ねえ、あそこを見て。エセリア様よ。それにクロード達もいるわ」

 それを受けて他の四人は、一斉に出入り口の方に視線を向けた。

「え!? どうしてよ?」

「エセリア様みたいな上級貴族と平民のクロード達に、接点なんか無いでしょう?」

「一緒のテーブルに着いたわよ? 本当にどういう事?」

(あ、サビーネだわ。定期的に手紙のやり取りはしてきたけど、直に会うのは久し振りね。相変わらず元気そうだわ。機会があったら声をかけてみようかしら)

エセリアが引き連れている女生徒達の中に、サビーネの姿を認めたカテリーナは、取り敢えず声はかけずに様子を見守る事にした。するとカフェ中の生徒の視線を集めながら、エセリア達とクロードの他、二人の騎士科の生徒が一番大きなテーブルを囲み、何やら話し込み始める。


「真剣な顔で、何を話し込んでいるのかしら?」

「うぅ、気になる。もっと側に行って話を聞きたいけど、テーブルを移動したりしたらわざとらし過ぎるし……」

彼女達がやきもきしながら少し離れたテーブルの様子を伺っていると、ここでノーラが満面の笑みで言い出した。


「そうだわ! カテリーナだったられっきとした上級貴族だし、『エセリア様にご挨拶に来ました』とか何とか言って、同席させて貰えるんじゃない?」

「そうよ! そして後からどんな話をしていたか、私達に教えて頂戴!」

「ちょっと! 無茶を言わないでよ! 彼女とは全く面識が無いのに、どうやったら同席させて貰えるのよ?」

「そこを何とか!」

「カテリーナならできるから!」

「あのね!」

嬉々として周囲に懇願されたカテリーナが慌てて制止しようとすると、ここで聞き覚えのある声が響く。


「あ、居ました! あいつです!」

「え? バーナム?」

「それに王太子殿下とその取り巻き連中まで、全員揃って何事よ?」

反射的に再度出入り口に視線を向けた彼女達は、仰々しい彼らの登場に揃って面食らった。そんな彼女達の目の前で、バーナムを先頭に王太子一行はまっすぐエセリア達がいるテーブルに進み、王太子であるグラディクトがカフェ中に響き渡る声で自らの婚約者を叱責した。


「エセリア! 貴様、バーナムを侮辱したそうだな!? しかもそいつらの様な平民に肩入れするとは何事だ!!」

怒りを露わにしているグラディクトの斜め後方で嫌らしく笑っているバーナムを見て、カテリーナ達は再度怒りを覚えたが、それ以上に落ち着き払って対応しているエセリアの様子が気になり、一同の様子を窺いながらコソコソと囁き合った。


「え? どういう事?」

「エセリア様が肩入れって……。状況からするとクロード達に、って事よね?」

「何を揉めているか、ここからだと良く聞こえないわ」

「エセリア様。お願いですから、王太子殿下並みの大声で喋ってくださいよ……」

「どうなっているのかしら」

 そうこうしているうちに、エセリア達と何やら言い合っていたバーナムが、顔色を変えてカフェから走り出て行ったのを見て、カテリーナ達は呆気に取られた。


「あら、バーナムが逃げ出したわよ!?」

「どういう事? 王太子殿下達も放置したままで」

「自分が連れて来たんじゃないの?」

 置き去りになった王太子達は、事の発端であるバーナムがいなくなってしまった為、如何にも不満そうに引き上げていき、その背中を見送っていたカテリーナは無意識に呟いた。


「見た感じだと、エセリア様が一同をあしらって追い返した感じだけど……。サビーネに聞けば、分かるかしら?」

「え? 誰の事を言っているの?」

「イズファインの婚約者で私も面識がある人が、あそこに同席しているの。元々エセリア様とは、以前から友人付き合いをしていると言っていたし」

 サビーネを軽く指し示しながら彼女が説明した途端、周囲が色めき立った。


「本当に!?」

「絶対聞き出して、私達に教えて!」

「あ、本人が来たわ」

「えぇ!?」

 そこで何故か自分と目が合ったサビーネが、一瞬驚いた後に笑顔で会釈しつつ、席を立って自分の方に向かってくるのを認めて、カテリーナは少々驚いた。それは回りも同様だったが、自分が話題になっていたとは知らないザビーネは、カテリーナの前までやって来て笑顔で一礼してきた。


「カテリーナ様、お久しぶりです。ご挨拶が遅れて、申し訳ありません」

 その礼儀正しい挨拶に、カテリーナも笑顔で応じる。

「良いのよ、あなたも入学したばかりでする事は多いし、寮生活に慣れるのに大変でしょうから、もう少し落ち着いてから声をかけてみようと思っていたの」

「ここでお会いできて良かった。この前の休日に家に戻って、美味しい焼き菓子を持って帰りましたの。もしご都合が良ければ今夜にでもご挨拶を兼ねて、寮のお部屋にお届けに行きたいのですが」

「あら、そんなに気を遣わなくても良いのだけど……」

 カテリーナは本心からそう述べたが、周囲の期待に満ち溢れる視線を一身に受けて、控え目に彼女に申し出た。


「そうね……。私も色々とお話ししたい事があるし、今夜、私の部屋に来て貰っても良いかしら。部屋を教えるから」

「はい、お邪魔させて貰います。学園内の事で、色々と伺いたい事もありますし」

 そこでサビーネは複数ある寮の中でカテリーナの部屋がある場所を聞き出し、「それでは失礼します」と一礼して元のテーブルに戻って行った。


「やった! これで彼女から、さっきの事の次第を聞かせて貰えるわね!」

「何だか人見知りしない優しそうな人だし、私達も同席させて貰って良いかしら?」

「ちょっと厚かましいけど、何とかなりそうよね?」

「……そうね。彼女に頼んでみるわ」

(何だか波乱の予感がするのだけど……。気になって仕方がないものね)

 サビーネが立ち去った後、にこにことお伺いを立ててくる友人達を見て、カテリーナは完全に説得を諦めながら頷いた。


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