アルビオンに到着すると、流石に氷の国とあって、凍えそうな気温に加え、降りるものが少ない。
構内は閑散として、輸送ルートとして以外使われていないことが露骨にわかる。
雪山を観光としての需要も一時期考えられたようだが、寒さのレベルが違うからと敬遠された。
階段を昇降していると、真っ白な雪の平原が広がっている。
見渡す限りが真白の世界だ。
おそらく車窓からも見えていたのだろうが、少しでも睡眠をとろうと窓を閉めていたのが災いした。
防寒具を用意していないことに気づいたのが降りてからだった。
「…貨物コンテナが山になっているな」
輸送列車の付近に溜め込まれたコンテナが、雑然と積み重ねられている。
凸凹に、ところどころ拉げたそれが真っ白な世界を彩る、というよりは景観を損ねている。
「最近、アルビオンからの輸出が減っているらしい。魔獣が暴れて、貯蔵庫の需要が落ちたとからしいぜ」
「ん、どっかで聞いたような話だなぁ。あ、エラットだ。捕まったんじゃなかったっけ。熊みたいなやつ?」
ヴェントがコンテナを横目に呟き、シビルの吐く息が、白く広がる。
アスレイは薄く笑った。
「アウローラの王子は魔獣を飼っている」
「そうなの?」
「大きな狼だ」
「犯人はもしかしてその王子ですか?」
「眉唾だろう。小型保冷機器が流通してるから、っていうのが真相らしい」
エレージュが深刻そうな顔をすると、ヴェントが声をあげて笑った。
「なんだ、あれ」
空を、不意にシビルが指さした。
コンテナの上を黒い塊が浮遊している。
それはこちらを窺がう素振りを見せた。
どこがどうなっているのかわからないが、黒い卵のようなそれはくるりと回転して、明後日の方向へ飛んでいき、かすんだ視界の端に消えていった。
「輸送関係のものか?」
「さあ。見たことありません。でも私がアルビオンに来たのは一度だけですので」
「…虹の橋の管理人なのに?」
「おばあ様と共同管理人ですから。普段はおばあ様が管理されています」
「成程」
「ってか、寒すぎて限界かも。手が取れそうな位痛いんだけど」
「防暖結界は基本でしょ。おばあ様に怒られますよ、シビル」
寒さに怯まず進むエレージュは、震えてもいない。
シビルがポンと手を打って、エレージュに倣う。
「あ。ごめんなさい。アスレイったら寒そうじゃないから。今かけてあげますね」
アスレイの羨ましそうな目線に気づいて、慌てたエレージュがアスレイに触れる。
帽子型の魔導具、ソラスがぼんやり光り、次の瞬間アスレイから寒さが消えた。
外界の熱を遮断するような薄い結界なのか、雪を触りに行くと少しひんやりする程度だ。
「助かった」
「どういたしまして」
「なんかずりぃな」
ヴェントがもう一つ恨めしそうな顔をしているが、アスレイはそれを白々しいと一蹴する。
「お前は、風を循環させているだろう」
「ばれたか。けど、そのうち寒くなるから、俺にもかけてほしいんだけど」
降りた時からヴェントは寒そうな顔をしていなかった。
何となくヴェントの周囲の空気が、列車の中と同じようにやんわり暖かく、風の加護で自分の周りの空気を操っていることは明白だったのだ。
だが、そう長く続かないというヴェントに、エレージュが術を行使する。
「お、結構快適」
「…虹の回廊に急ぎましょう。あそこは暖かいですから」
四人は、虹の回廊へつながる昇降機を足早に目指す。
途中で案内のエレージュが後方へ遅れていったのは、ヴェントが何か言ったからのようだ。
構わず先を進むよう促され、アスレイとシビルは先へと進む。
「あの二人、何かあったのかな」
「どうだろうな。先に行こう」
元々馬が合わないようだったが、ルテオラの事件があって、二人の間に微妙な空気感がある。
アスレイもシビルも二人とはぐれてしまって、何があったのかわからない。
とはいえ、今は険悪な雰囲気が小康状態にあることに、アスレイは胸を撫でおろしている。
「アスレイ、マント留めが変」
「針が出ているのか?」
「金具が壊れてるね。移動の間に直しとくよ」
「頼む」
シビルはアスレイからそれを外してポケットにしまいながら、昇降機を目指す歩みを再開した。
アスレイとシビルの背中をゆっくりと追いかけて、ヴェントはエレージュに問いかける。
「なあ。ルテオラであいつに会ってただろ」
「誰のことです」
エレージュは躊躇いがちに応える。
戸惑ってしまうのは、ヴェントの眼差しがいつになく真剣だからだ。
「クリフだよ」
「クリフ…クリフォードのことですか?」
「頼む。あいつと、話がしたいんだ。連絡がつくなら、あんたの力を借りたい」
普段のふざけたような態度とは全く違い、ヴェントは頭を下げた。
エレージュがエラットで見たラーグスヴィズの英雄。
そこに出てくる、凶眼はアスレイなのだということしか知らないが、凶眼の他には、巨人、死神が出てきていた。
クリフは軍隊に入っていて、家族はいないが、弟みたいな存在がいたと言っていたことを、エレージュは不意に思い出した。
凶眼はアスレイ。
巨人はヴェントだろうか。
ならば死神は。
「私は、彼と会ったのはたったの二回です。連絡先は知りません」
「そう、なのか」
落胆するヴェントに、エレージュはどうしてあげることもできない。
会おうと思って会えるわけではないからだ。
保証も確証もないことを、出来るなどと言えなかった。
「それなら、あんたが次にあいつと会うことがあれば。俺に知らせてほしい。アスレイには内緒で、だ」
「どうして?」
ヴェントが口ごもる。
嫌な空気が二人の間に流れる。
アスレイは、警戒心が強い。
そのアスレイがヴェントを信頼しているのだから、ヴェントも当然アスレイの事を信頼していると、エレージュは思っていた。
そのアスレイとの間に隠し事をするなんて、エレージュには信じられなかった。
嫌悪感が勝ったエレージュは聞きたくないものを避けるように早足になる。
ヴェントがすがるように彼女の腕を掴む。
「アスレイは。あいつは、恨んでる。クリフはイニティウムを、女王の信頼を裏切ったから。あいつにとってそれは」
「エレージュ、この先はどう行けばいい?」
「すぐ行きます。…離してください、ヴェント」
遠くの方からアスレイが叫んだ。
エレージュは慌てて大声を出すと、小さな薄灰色の影がなんとなく首肯したように見えた。
振り払おうとするエレージュにヴェントは続ける。
「頼む。絶対じゃなくていい。出来ればでいいんだ」
「考えさせて、ください」
エレージュの返答に、ヴェントの力が緩む。
逃げるようにエレージュはヴェントに背を向けた。
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