殃禍の騎士と氷輪のマグス

mundi finis
个叉(かさ)
个叉(かさ)

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公開日時: 2023年6月11日(日) 00:00
更新日時: 2023年6月11日(日) 16:57
文字数:2,636

アルビオンに到着すると、流石に氷の国とあって、凍えそうな気温に加え、降りるものが少ない。

構内は閑散として、輸送ルートとして以外使われていないことが露骨にわかる。

雪山を観光としての需要も一時期考えられたようだが、寒さのレベルが違うからと敬遠された。

 

階段を昇降していると、真っ白な雪の平原が広がっている。

見渡す限りが真白の世界だ。

おそらく車窓からも見えていたのだろうが、少しでも睡眠をとろうと窓を閉めていたのが災いした。

防寒具を用意していないことに気づいたのが降りてからだった。

 

「…貨物コンテナが山になっているな」

 

輸送列車の付近に溜め込まれたコンテナが、雑然と積み重ねられている。

凸凹に、ところどころ拉げたそれが真っ白な世界を彩る、というよりは景観を損ねている。

 

「最近、アルビオンからの輸出が減っているらしい。魔獣が暴れて、貯蔵庫の需要が落ちたとからしいぜ」

「ん、どっかで聞いたような話だなぁ。あ、エラットだ。捕まったんじゃなかったっけ。熊みたいなやつ?」

 

ヴェントがコンテナを横目に呟き、シビルの吐く息が、白く広がる。

アスレイは薄く笑った。

 

「アウローラの王子は魔獣を飼っている」

「そうなの?」

「大きな狼だ」

「犯人はもしかしてその王子ですか?」

「眉唾だろう。小型保冷機器が流通してるから、っていうのが真相らしい」

 

エレージュが深刻そうな顔をすると、ヴェントが声をあげて笑った。

 

「なんだ、あれ」

 

空を、不意にシビルが指さした。

コンテナの上を黒い塊が浮遊している。

それはこちらを窺がう素振りを見せた。

どこがどうなっているのかわからないが、黒い卵のようなそれはくるりと回転して、明後日の方向へ飛んでいき、かすんだ視界の端に消えていった。

 

「輸送関係のものか?」

「さあ。見たことありません。でも私がアルビオンに来たのは一度だけですので」

「…虹の橋の管理人なのに?」

「おばあ様と共同管理人ですから。普段はおばあ様が管理されています」

「成程」

「ってか、寒すぎて限界かも。手が取れそうな位痛いんだけど」

「防暖結界は基本でしょ。おばあ様に怒られますよ、シビル」

 

寒さに怯まず進むエレージュは、震えてもいない。

シビルがポンと手を打って、エレージュに倣う。

 

「あ。ごめんなさい。アスレイったら寒そうじゃないから。今かけてあげますね」

 

アスレイの羨ましそうな目線に気づいて、慌てたエレージュがアスレイに触れる。

帽子型の魔導具、ソラスがぼんやり光り、次の瞬間アスレイから寒さが消えた。

外界の熱を遮断するような薄い結界なのか、雪を触りに行くと少しひんやりする程度だ。

 

「助かった」

「どういたしまして」

「なんかずりぃな」

 

ヴェントがもう一つ恨めしそうな顔をしているが、アスレイはそれを白々しいと一蹴する。

 

「お前は、風を循環させているだろう」

「ばれたか。けど、そのうち寒くなるから、俺にもかけてほしいんだけど」

 

降りた時からヴェントは寒そうな顔をしていなかった。

何となくヴェントの周囲の空気が、列車の中と同じようにやんわり暖かく、風の加護で自分の周りの空気を操っていることは明白だったのだ。

だが、そう長く続かないというヴェントに、エレージュが術を行使する。

 

「お、結構快適」

「…虹の回廊に急ぎましょう。あそこは暖かいですから」

 

四人は、虹の回廊へつながる昇降機を足早に目指す。

途中で案内のエレージュが後方へ遅れていったのは、ヴェントが何か言ったからのようだ。

構わず先を進むよう促され、アスレイとシビルは先へと進む。

 

「あの二人、何かあったのかな」

「どうだろうな。先に行こう」

 

元々馬が合わないようだったが、ルテオラの事件があって、二人の間に微妙な空気感がある。

アスレイもシビルも二人とはぐれてしまって、何があったのかわからない。

とはいえ、今は険悪な雰囲気が小康状態にあることに、アスレイは胸を撫でおろしている。

 

「アスレイ、マント留めが変」

「針が出ているのか?」

「金具が壊れてるね。移動の間に直しとくよ」

「頼む」

 

シビルはアスレイからそれを外してポケットにしまいながら、昇降機を目指す歩みを再開した。

 

 

アスレイとシビルの背中をゆっくりと追いかけて、ヴェントはエレージュに問いかける。

 

「なあ。ルテオラであいつに会ってただろ」

「誰のことです」

 

エレージュは躊躇いがちに応える。

戸惑ってしまうのは、ヴェントの眼差しがいつになく真剣だからだ。

 

「クリフだよ」

「クリフ…クリフォードのことですか?」

「頼む。あいつと、話がしたいんだ。連絡がつくなら、あんたの力を借りたい」

 

普段のふざけたような態度とは全く違い、ヴェントは頭を下げた。

エレージュがエラットで見たラーグスヴィズの英雄。

そこに出てくる、凶眼はアスレイなのだということしか知らないが、凶眼の他には、巨人、死神が出てきていた。

クリフは軍隊に入っていて、家族はいないが、弟みたいな存在がいたと言っていたことを、エレージュは不意に思い出した。

凶眼はアスレイ。

巨人はヴェントだろうか。

ならば死神は。

 

「私は、彼と会ったのはたったの二回です。連絡先は知りません」

「そう、なのか」

 

落胆するヴェントに、エレージュはどうしてあげることもできない。

会おうと思って会えるわけではないからだ。

保証も確証もないことを、出来るなどと言えなかった。

 

「それなら、あんたが次にあいつと会うことがあれば。俺に知らせてほしい。アスレイには内緒で、だ」

「どうして?」

 

ヴェントが口ごもる。

嫌な空気が二人の間に流れる。

アスレイは、警戒心が強い。

そのアスレイがヴェントを信頼しているのだから、ヴェントも当然アスレイの事を信頼していると、エレージュは思っていた。

そのアスレイとの間に隠し事をするなんて、エレージュには信じられなかった。

嫌悪感が勝ったエレージュは聞きたくないものを避けるように早足になる。

ヴェントがすがるように彼女の腕を掴む。

 

「アスレイは。あいつは、恨んでる。クリフはイニティウムを、女王の信頼を裏切ったから。あいつにとってそれは」

「エレージュ、この先はどう行けばいい?」

「すぐ行きます。…離してください、ヴェント」

 

遠くの方からアスレイが叫んだ。

エレージュは慌てて大声を出すと、小さな薄灰色の影がなんとなく首肯したように見えた。

振り払おうとするエレージュにヴェントは続ける。

 

「頼む。絶対じゃなくていい。出来ればでいいんだ」

「考えさせて、ください」

 

エレージュの返答に、ヴェントの力が緩む。

逃げるようにエレージュはヴェントに背を向けた。

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