殃禍の騎士と氷輪のマグス

mundi finis
个叉(かさ)
个叉(かさ)

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公開日時: 2023年6月12日(月) 00:00
文字数:2,491

 

エレージュが昇降機を動かす。

上昇した先は広い床が広がっていて、中心に不思議な球体が浮いている。

球体は透明で、キラキラと薄く虹の光を放っている。

アスレイがそれに近づこうとした時、背後で昇降機を再度起動する音が聞こえた。

 

「誰かと思えば、お前か」

 

現れたのは不遜な顔の金髪碧眼の青年で、彼は不機嫌そうに髪をかきあげた。

猫のようなはっきりした目の、整った顔立ちの男だ。

その後ろに、青い頭がちょこんと出てくる。

不思議な眼の色をした少年だ。

 

「アリストロ」

「ヴェル」

「あんた達、無事だったんだね」

「ルテオラでは大変だったらしいな。そこの大男は相変わらず阿呆なようだが」

 

ヴェルは嬉しそうに駆け寄ってきて、アスレイの腕や肩を叩いて無事を確認する。

アリストロと呼ばれた金髪碧眼の青年はふんぞり返り、大げさに腕を開いた。

 

「お前たちの後始末、誰がしたと思っている。異国で迷惑をかけるなど、イニティウムの女王は余程寛容とみえる」

「偉そうにしてるけど、いい人だよ」

 

ちょこんと、ヴェルが補足して、アリストロがうん、と咳払いをする。

 

「お城に連行された後、このお兄ちゃんが助けてくれたんだ」

 

ヴェルが話している横でアリストロの咳払いのバリエーションが増えていく。

 

「ほら、あの黒い化け物が僕のお店を潰したし、ルテオラに居にくくなってね」

「あの店が壊れたのか?」

「うん。それでヴェールで行商でもしようかと思ってたら、この人が付き添ってくれて。ここまでの運賃ももってくれたんだ」

 

アスレイとヴェルの会話の横で、盛大な嘔吐(えず)きのようなものが酷く耳に障るほどになる。

 

「なんかヤバイ病気?」

 

アリストロのよくわからない動向に、びびり半分のシビルがアスレイに訊ねる。

 

「違う!」

「恥ずかしいらしいな」

「いい人が?」

「コンプレックスなんだろう」

 

シビルには全力で否定していた青年が、アスレイの一言に唸って地べたに沈んだ。

何か小さく罵る声も聞こえるような気がして、シビルは首をひねった。

なんというか。

 

「この人知り合い?」

「アウローラの第二王子だ」

「アリストロ・アメリ・カスラーンだ。そこの男女は相変わらず無礼なようだな」

 

すん、と澄ました顔で淡々と述べるアスレイに、沈没していた金髪が活気を取り戻し、勢いよく頭をあげる。

 

「第二王子は臣下に下っていないというだけで、王位継承からは外れている」

 

アスレイによると、第二王子アリストロは、昔事件を起こしたとして王位継承から外れている。

アウローラの次期王位継承者第一位として女王になるというのは、第二王女のデイジー姫だという。

第一王子イエライも医者になりたいという理由で、最近になって継承権を放棄している。

太陽の祝福を受けたものが王位を継ぐ習わしがあるアウローラだが、禍を乗り越えた王子イエライは民衆からの支持が高く、継承放棄の件でさえ王子は余計な争いを避けたと、さらに支持を受けているらしい。

 

「お、ま、え、は。継承から外れただけで、王族であることに変わりはないんだぞ、俺は」

「だが今は王族というより外交官だろう」

「己が騎士隊長だからか、その偉そうな態度は」

 

静と動のやりあいを、シビルは沈黙で見守る。

二人が言い合いを始めた頃あたりから、何事もなかったかのようにエレージュは球体の装置の前に立ち、虹の回廊を起動させる認証作業に取りかかっていた。

ついでにメンテナンスもしているらしい。

 

「貴方も虹の回廊に?」

「ぐ。貴様、まるで無視か」

「うん。アリストロさんがここのお姫様に用があるんだって」

 

アスレイの暖簾に腕押し状態、言いたい放題にアリストロが挫けそうになる。

そこをヴェルが的確に補足していて、パッと見は会話が成り立っているような錯覚に陥りそうだ。

 

「ウィスカ姫か。なんの用事で?」

「貴様に話すと思うか。機密事項だ」

 

アリストロは意趣返しとばかりに、ふふん、と鼻をならした。

アスレイは全く取り合わない様子で、感情のない視線をぐるりと回す。

アリストロの肩が異様に跳ね、

 

「第一王子が」

 

顔が強ばり、

 

「放浪癖」

 

青くなり、

 

「をこじらせているのは知っているだろう」

「あ、ああ」

 

口元を押さえて視線を反らした。

 

「成る程な」

「な、ななな、何が成る程だ!俺をおちょくっているのか!!」

「いや。外交官は大変なんだな」

「そうか。漸く俺に敬意を示したということか。脅かすな」

 

固まって青くなったと思ったら今度は調子良さそうに回復したアリストロに、シビルは二人の関係を察した。

そしてひとつの結論に達する。

 

「めんどくさい人だな、この人」

「お前が言うか」

「僕は素直でしょ」

「正直って便利な逃げだナー」

 

ヴェントが疲れた目でエレージュを窺うと、彼女はとうに作業を終えていて、虹色のかけ橋へ続く階段が起動していた。

言い争いに一旦けりがつくと、一同は階段に足を載せる。

ゆっくりと上方へ上がっていく階段は、真四角の虹色の壁で覆われた通路で止まった。

 

「これを渡って、アウローラ側に行くんだな」

「正確には、まずアルビオンの中央、氷の城へ。その先の虹の橋がルシオラへ通じています」

 

通路の下の虹が半透明で透けていて、真っ白だが高さがわかる。

 

「う、結構高いな」

「苦手ですか?殿下」

「ぬ。なぜ急にかしこま…いや。地面が透けてるのが変な感覚だ」

 

アリストロが恐る恐る虹の橋に足をかけて歩くと、通路も同様に動いていくように思えた。

 

「開発に関わったルードスの民が、小人族ですから。少しでも楽なように設計されていて、移動するものに合わせて通路が前進します。でも」

「これ、歩く速度より速くなってない?」

「速すぎるよ?!」

 

ヴェルが叫んだのと、通路の動きが速くなり、足元が覚束なくなるのは同じぐらいだった。

耐えられず、アスレイとヴェント以外は転んでしまう。

 

「アレってさっきの黒いたまご!」

 

転んだシビルが指差した先に、輸送列車にあったコンテナにあったあの黒い影がある。

たまごのようなそれは真っ直ぐ虹の回廊、つまりこの場所を目指して突っ込んでくる。

結構な速度で眼前に迫ったそれ大きさは、たまごなんて可愛らしい大きさではなく、人一人ほどのもので。

虹の回廊の外壁にぶつかると弾けて、明滅した。

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