8月に入り、夏休みの勉強会が上手くいくと、風間君の評判も上がっていった。
私が死んでも、風間君はうまくやっていける。そう考えると安心してきた。
私がいなくても、ちゃんと人付き合いもうまくやっていけるはず。
色んないい人達に囲まれて、幸せに生きていけるはず。
そんなことを考えている中、ある日、帰りが遅くなった。
「菊原さん、送っていくよ」
「ありがとう」
「風間君」
「ん?」
「教えるのって、楽しいね」
「そう、だね。今まではそんなこと思わなかったけど。去年とは世界が違うように見える、っていうかさ」
「うん、私も。友達って、いいものだよ」
もっと友達を作って、幸せに生きて欲しい。
「9月の定期テスト、やっぱりクラスの成績上がるかな?」
「これで上がらなかったらもう一生勉強しない」
「はは、そうだね。・・・・・・一生、か」
「ん?」
「ううん、何でもない」
一生、という言葉。それに反応してしまう自分が嫌だった。私にとって、一生とは、あとどれくらいなのか。
あと2年半くらい、もつといいんだけど。
「風間君はさ、モテるの?」
「え、僕が?」
「うん」
「モテるわけないじゃん。ずっとクラスの隅っこで本を読んでるような男に」
「そう?風間君、モテそうだけど。明るいし、面白いし、格好いいし」
「3つとも自覚ないな・・・・・・」
風間君は自分に自信がないみたい。モテそうだけど。
「彼女、いないの?」
「いないいない。いるわけない。菊原さんこそ、モテそうだけど。優しいし、可愛いし」
「ふふ、ありがと。でも、今まで恋愛とかできなかったからなぁ・・・・・・。死ぬまでに付き合いたいな」
顔が熱い。誰を意識したんだろう、私は。誰を、意識してしまったんだろう。私が先に死んでしまうというのに。
「結婚願望はあるの?」
「んー、ない。できる気もしない。風間君は?」
「結婚したいと思える相手がいれば、したいかな」
「結婚する予定はあるの?」
「今のところ、残念ながらないよ」
「そっか」
並んで歩く。
「着いちゃった。じゃあね、風間君」
「ああ、うん、また明日」
夏休みの後半に、皆で海に行くという話が出た。
でも、私はその少し前から体調が悪くなって、病院に行かなければならなくなった。
帰ってから、風間君がお見舞いにきてくれていたことを知って、複雑な気持ちになった。
9月に入り、学校が始まり、テストがあった。
「菊原さん」
「ん?」
「テスト、どうだった?」
「んーっとね、9割ぐらいとれてたよ。風間君は?」
「9割5分くらい。追い越されそうで不安だよ」
「まったまたー。追い越される気ないくせに」
「いやいや。菊原さんなら僕なんてすぐに追い越せそうだけど」
「そうかな」
「そうでしょ」
「ふーん。まあいいや。それよりさ、面白い本見つけたんだよ」
私は南総里見八犬伝を風間君に見せる。
「それ、僕も読んだことあるよ」
「あ、そうなの?面白いよね」
「そうだね」
風間君が変な顔してる。どうしたんだろう。
「そういえばさ、さっき宮部先生に選挙に立候補したらどうか、って言われたんだけど」
「すればいいじゃん。風間君ならできるよ」
「いや、でもさ」
「生徒会長になったらさ、私を執行部に指名してね」
「いや、だからさ。生徒会長なんて無理なんだって。立候補するにしても、来年かな」
来年・・・・・・。来年か。
私はそのときまで生きていられるかな。
生きているうちに、思い出を作りたい。
「そっか。まあ、そのときでもいいからさ。私を指名して」
「うん、わかった」
「あ、もう時間だ。ごめんなさい、じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
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