菊原さんと初めて話した日の翌日。
僕は放課後、いつも通り図書室に来ていた。
読書スペースの、昨日と同じ場所に菊原さんはいた。
『人類の滅亡はいつか』
昨日と読んでいる本は違うけど、あまり人が読まない種類を読むみたいだ。
「菊原さん、隣、いいですか?」
「あ、はい」
なんとなく菊原さんの隣に座って本を読む。
「本、好きなんですか?」
菊原さんが聞いてきた。
「はい。菊原さんは?」
「私は・・・・・・どうだろう。好きでは、ないですね」
「好きではないのに、読むんですか」
「何か、習慣になっちゃって」
習慣?
「本を読む習慣ですか?」
「今まで、本を読むことぐらいしかすることがなかったので」
本を読むことぐらいしか、することがない、か。
「僕も、ずっと本を読んでますね」
「誰かと遊ぼうとか、思わないんですか?」
「人と話すことが苦手なので」
「今話してますよ?」
「何だろう・・・・・・。何というか、話しやすいんですよ」
「遠回しの告白ですか?」
「違います」
菊原さんが少し笑っている。
少し、ではあるけれど。
でも、菊原さんが笑ったのを見るのは初めてな気がする。
「今、何を読んでいるんですか?」
「太宰治の人間失格です」
「人間失格ですか。なんか、自分に言われているみたいで嫌です」
「人間失格が?違法なことでもしてるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど。・・・・・・あ、ごめんなさい、もう、時間なので」
「もうですか?」
まだ午後5時前だが。
「すみません。じゃあ、また明日」
「はい」
菊原さんが去って行く。
また明日、か。
翌日。
「ねえねえ」
「何?」
佐藤さんが朝から話しかけてきた。
面倒くさいことがおこる予感がするから、できれば離れて欲しいんだけど。
「図書委員から聞いたよ?毎日放課後、菊原さんと二人で図書室にいるんだって?」
あー、そういう類のやつか。
「それで、何が言いたいの?」
「どういう関係なの?」
「クラスメイト」
「付き合ってるの?」
「付き合ってるわけないでしょ。そもそも、まだ会ってから数日だよ?」
「ゲ、佐藤がまた読書の邪魔してる」
「うわ、鈴木来たし。面倒くさいなー」
「佐藤、人の恋路を邪魔しちゃだめだぞ。そういうイジりが邪魔になるんだ」
「え、そうなの?ごめんごめん」
「佐藤さん」
「ん?」
「菊原さん、いるよ?」
「えっ!?」
佐藤さんの後ろに菊原さんはいた。
僕の席と菊原さんの席が近いから、菊原さんが自分の席に行くと、ちょうど佐藤さんの後ろに行くことになったのだ。
「あ、あはは、気にしないでねっ!」
佐藤さんは菊原さんにそう行ってからまた僕の方へ。
「白状させてやるからね」
はぁ。
放課後。
図書室のいつもの場所に菊原さんはいた。
「隣、いいですか?」
「・・・・・・佐藤さんたちに、またイジられますよ?」
「あ、気にしてました?」
「私は別にいいです。イジられるだけなら。ただ、迷惑なんじゃないかな、って」
「迷惑なんかじゃないですよ」
「そうですか?」
「はい。ああいうのは言わせておけばいいんですよ。事実かどうかだなんてああいう人たちにとってはどうでもいいことですから、気にしてどうにかできることじゃないです」
「ふふっ」
えっと、どこに笑う要素があったんですかね。
「そういえば、もうすぐテストですね」
「そうですね」
6月中旬頃に校内の定期テストがある。
「入試トップなら、勉強しなくても楽勝ですか?」
「そんなわけないじゃないですか」
まあテスト勉強とかはしたことがないけれど。
少し間をおいて。
「勉強、教えてくれませんか?」
「ああ、はい、勿論。塾に行ってます?」
「行っていません。行ってますか?」
「僕も行ってません。なので、独学、っていうか、独自の教え方になりますけど、大丈夫ですか?」
「はい、勿論です。ところで、得意教科は何ですか?」
「数学ですかね。菊原さんは?」
「生物です。得意教科が違うなら、私が頭が良くなれば教え合えますね」
「そうですね。僕は数学以外は数学と比べると苦手なので教えてもらえると助かります」
「数学以外苦手で入試トップですか。嫌味ですか?」
「すみません、そんなつもりはなかったんですけど」
「冗談ですよ。あ、でも、場所どこにしましょうか。図書室で話すっていうのはマナー違反ですし・・・・・・」
現在図書室で話しているところですが。
「あ、家来ます?」
産まれて初めて女子の家に行くことになった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!