5月。
「皆さん、ちょっと聞いて下さい。昨日まで、家庭の事情で休んでいた菊原さんです。今日からは登校できるということなので、仲良くしてあげてください」
「・・・・・・菊原です、よろしくお願いします」
暗い子。
それが第一印象だった。
朝のホームルームで教室に入ってきた見覚えのない女子は先生に紹介された。僕はいつもそんな紹介なんて聞き流しているのだけど、何故か菊原さんの紹介を聞いていた。
暗い声で自分の名前を告げた菊原さんは席につく。
そして菊原さんは本を読み始めた。
・・・・・・一応、ホームルーム中なんだけど。
それからしばらくの間は、僕は4月と同じように生活した。
時々話しかけてくる人もいたけれど、少し話して僕から離れていく。
これでいい。
僕は人と話すのが苦手だから。
「いつも一人だよね。寂しくない?」
また誰かが話しかけてきた。
えっと・・・・・・確か・・・・・・
「あ、もしかして、名前思い出せない?私、佐藤怜有。自己紹介したはずだけど・・・・・・聞き流してたみたいだしね」
バレてたか。
佐藤、といえば、確か日本で一番多い名字だったっけ。
「それで、寂しくないの?」
「寂しくないです」
「何で?」
何で?理由なんて聞かれても。
「逆に聞きますけど、何で寂しいんですか?」
「敬語なんてやめてよ。何で寂しいか、かぁ。そうだなぁ、何でだろう。そういうものなんじゃないの、人間って」
じゃあ僕は人間じゃないのだろうか。
「もっと友だちづきあいとかしたら?」
「面倒くさい」
「うーん、わかる、わかるよ。でもさ、将来後悔するかもよ?」
「将来の人脈は将来また作ればいいから」
「ふーん」
「おい佐藤。読書の邪魔したら駄目だぞ」
「えー、ちょっとくらいいじゃん」
あの人は・・・・・・誰だっけ。
自己紹介のときの記憶を呼び起こす。
あー、そうだ、鈴木君だ。
日本で多い名字の一位と二位がいて珍しいな、って思った気がする。
「あ、じゃあ鈴木が友達になってあげなよ」
「はぁ?」
「いや、そういうのいいから」
本に目を落とす。
こうしておけば、鈴木君が佐藤さんをどこかに連れて行ってくれるだろう。
「ほら、本読みたいみたいだぞ」
「あー、うん、そうだね」
2人が離れてくれた。
放課後の図書室。
僕は毎日この時間にここに来ている。
勿論本を読み、借り、返すために。
この学校は図書室の利用者数が少ない。
いや、放課後の利用者数が少ないのだ。
基本的に昼休みなんかに図書室に来る。
放課後は部活。
僕は部活には入っていない。入る意味も感じない。
運動不足になっていることは否めないけれど、登下校だけでも僕にとっては十分な運動。
図書委員ぐらいしか見当たらない図書室の中を歩く。
読書スペースで本を読もうと思って。
読書スペースには菊原さんがいた。
菊原さんが読んでいる本の題名をちらりと見てみる。
『友達の作り方』
・・・・・・。なんといえばいいんだろう。
気付かなかったふりをして歩き去るべきかな。
そう思ったけど、僕は菊原さんに興味を持った。
だから、話しかけてみることにした。
「菊原さん」
「あ、はい?私ですか?」
「はい」
菊原さんが、題名が見えないようにして本を閉じる。
「友達、欲しいんですか?」
「・・・・・・見られちゃったんですね。まあ、欲しくないといえば嘘になります。でも、欲しいといっても嘘になります」
「どういうことですか?」
「自分でもよくわかりません」
友達が欲しいわけでもなく欲しくないわけでもない。
よくわからないな。
「でも、欲しいからそんな本を読んでいるんじゃないんですか?」
「うーん、どうなんでしょう。どう友達を作っていいのかわからなくて。そもそも友達を作っていいのかわからなくって」
作っていいのかわからない?
「友達を作っていいのか分からない、っていうのは?」
「・・・・・・ごめんなさい、話したくないです」
「あ、いえ、話したくないならいいですよ。気にしないで下さい」
菊原さんが腕時計を見る。
「ごめんなさい、もう時間なので」
「いえ」
「それでは失礼します」
菊原さんが去って行く。
僕から話しかけようと思ったことは初めてかもしれない。
彼女のことは、よくわからない。彼女も自分のことを隠そうとしているように思える。
まあいいや。
とりあえずいつも通り本を読もう。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!