菊原さんは何を考えているのかよくわからない。

herpro
herpro

2

公開日時: 2021年1月1日(金) 01:17
文字数:1,723

5月。


「皆さん、ちょっと聞いて下さい。昨日まで、家庭の事情で休んでいた菊原さんです。今日からは登校できるということなので、仲良くしてあげてください」

「・・・・・・菊原です、よろしくお願いします」

暗い子。

それが第一印象だった。


朝のホームルームで教室に入ってきた見覚えのない女子は先生に紹介された。僕はいつもそんな紹介なんて聞き流しているのだけど、何故か菊原さんの紹介を聞いていた。


暗い声で自分の名前を告げた菊原さんは席につく。

そして菊原さんは本を読み始めた。

・・・・・・一応、ホームルーム中なんだけど。



それからしばらくの間は、僕は4月と同じように生活した。

時々話しかけてくる人もいたけれど、少し話して僕から離れていく。

これでいい。

僕は人と話すのが苦手だから。


「いつも一人だよね。寂しくない?」

また誰かが話しかけてきた。

えっと・・・・・・確か・・・・・・

「あ、もしかして、名前思い出せない?私、佐藤怜有。自己紹介したはずだけど・・・・・・聞き流してたみたいだしね」

バレてたか。

佐藤、といえば、確か日本で一番多い名字だったっけ。

「それで、寂しくないの?」

「寂しくないです」

「何で?」

何で?理由なんて聞かれても。

「逆に聞きますけど、何で寂しいんですか?」

「敬語なんてやめてよ。何で寂しいか、かぁ。そうだなぁ、何でだろう。そういうものなんじゃないの、人間って」

じゃあ僕は人間じゃないのだろうか。

「もっと友だちづきあいとかしたら?」

「面倒くさい」

「うーん、わかる、わかるよ。でもさ、将来後悔するかもよ?」

「将来の人脈は将来また作ればいいから」

「ふーん」

「おい佐藤。読書の邪魔したら駄目だぞ」

「えー、ちょっとくらいいじゃん」

あの人は・・・・・・誰だっけ。

自己紹介のときの記憶を呼び起こす。

あー、そうだ、鈴木君だ。

日本で多い名字の一位と二位がいて珍しいな、って思った気がする。

「あ、じゃあ鈴木が友達になってあげなよ」

「はぁ?」

「いや、そういうのいいから」

本に目を落とす。

こうしておけば、鈴木君が佐藤さんをどこかに連れて行ってくれるだろう。

「ほら、本読みたいみたいだぞ」

「あー、うん、そうだね」

2人が離れてくれた。



放課後の図書室。

僕は毎日この時間にここに来ている。

勿論本を読み、借り、返すために。

この学校は図書室の利用者数が少ない。

いや、放課後の利用者数が少ないのだ。

基本的に昼休みなんかに図書室に来る。

放課後は部活。

僕は部活には入っていない。入る意味も感じない。

運動不足になっていることは否めないけれど、登下校だけでも僕にとっては十分な運動。


図書委員ぐらいしか見当たらない図書室の中を歩く。

読書スペースで本を読もうと思って。


読書スペースには菊原さんがいた。

菊原さんが読んでいる本の題名をちらりと見てみる。


『友達の作り方』


・・・・・・。なんといえばいいんだろう。

気付かなかったふりをして歩き去るべきかな。

そう思ったけど、僕は菊原さんに興味を持った。

だから、話しかけてみることにした。

「菊原さん」

「あ、はい?私ですか?」

「はい」

菊原さんが、題名が見えないようにして本を閉じる。

「友達、欲しいんですか?」

「・・・・・・見られちゃったんですね。まあ、欲しくないといえば嘘になります。でも、欲しいといっても嘘になります」

「どういうことですか?」

「自分でもよくわかりません」

友達が欲しいわけでもなく欲しくないわけでもない。

よくわからないな。

「でも、欲しいからそんな本を読んでいるんじゃないんですか?」

「うーん、どうなんでしょう。どう友達を作っていいのかわからなくて。そもそも友達を作っていいのかわからなくって」

作っていいのかわからない?

「友達を作っていいのか分からない、っていうのは?」

「・・・・・・ごめんなさい、話したくないです」

「あ、いえ、話したくないならいいですよ。気にしないで下さい」

菊原さんが腕時計を見る。

「ごめんなさい、もう時間なので」

「いえ」

「それでは失礼します」

菊原さんが去って行く。

僕から話しかけようと思ったことは初めてかもしれない。

彼女のことは、よくわからない。彼女も自分のことを隠そうとしているように思える。


まあいいや。

とりあえずいつも通り本を読もう。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート