魔女殺しの剣を魔女が抜く

与瀬啓一
与瀬啓一

19.魔女と積み重なる嘘~2~

公開日時: 2021年1月4日(月) 12:00
文字数:2,643

 太陽が昇り始めてすぐの頃、ベラトリクスたちはサウスタルトを出発した。つまり、冒険者としての仕事の再開である。


 もちろん、道は来たときと同じ旧街道だ。


 今度は行きのときのようなことがないようにと意気込んでいるシェダルの様子が窺えた。


 しかし護衛とは言っても、こうして道中はベラトリクスもシェダルもスピカと共に馬車の中に乗っている。何も起きなければ目立った仕事はない。


 つまりはただの雑談が始まるのだ。


「セントリアってどんな場所ですか?」


 その疑問をスピカに投げかけたのはベラトリクスだった。もちろん、その意図は純粋なものではない。


「セントリアはいい街ですよ。活気があって町の人も優しいですし、物価も安いですから住むにはうってつけです。ベラトリクス様はセントリアに興味がおありで?」


「ええ、まあ、少し」


 そう返すと前に座るシェダルが「えっ」と言いたげな顔で凝視してくる。


「いっ、イーストベリーもいい所だぞ。活気ならセントリアにだって負けてないし、何より長閑のどかで平和な街だ。特に俺たちが住んでる北部なんて牧場が広がってて街の喧騒から解放されてる感じがしていいぞ」


 概ね予想通りの反応をシェダルは見せる。それにベラトリクスも乗っかる。


「そうですね。確かにイーストベリーは静かな街です。サウスタルトやセントリアとはまた違った良さがあります。そういえば、私たちがスピカさんに初めて会ったのってイーストベリーの冒険者組合町でしたよね。あの日は何をされていたんですか?」


 話題を少しずつイーストベリーに持ち込む。ベラトリクスの目的は簡単だ。スピカに「イーストベリーに住む」と言わせればいいのだ。そうすれば父に言われた通り「聖女の監視」という任務も楽に遂行できる。


「あの日はイーストベリーの教会に少し用事があって。父の友人が神父をしていらっしゃるので、そのとき体調を崩していた父の代わりに少しご挨拶に」


「そうだったんですね。どうですか? イーストベリーは」


「素敵な街だと思いました。シェダル様もおっしゃられた通り、長閑な街です。少し変な人にちょっかいを出されましたが、そこは心優しいシェダル様に助けていただけて、こうしてベラトリクス様にも出会えましたから」


「またしばらく会えなくなるのは残念ですね」


 そう言ってベラトリクスは物憂げな表情を顔に張り付け、特に理由もなく窓の外に視線を向ける。無論、全て演技だ。


「たしかにそうだな。なかなかセントリアに行くことってないし、俺たちもイーストベリーの冒険者だから基本活動範囲はイーストベリーの中だしな。今回はちょっと例外だけど」


 シェダルもベラトリクスの言葉に賛同する。ここまでは予定通りだった。あとはもう少し会話を挟んで、スピカに「イーストベリーに住む」と言わせれば――。


「……私、イーストベリーにお引越しします」


「へ」


 その間抜けな声を漏らしたのはもちろんベラトリクスだった。スピカが「引っ越す」と言ったことに驚いたのではない。思っていたよりも早く決着がついたことに驚いているのだ。


「それでいいのか?」


 純粋な疑問を抱いたシェダルがそう尋ねる。


「私も、その、大切なお友達と会えなくなるのは寂しいですし……。だっ、大丈夫です! 父は何とか説得してみせますので!」


 予想だにしない展開だった。随分と拍子抜けというか、もう少し時間が掛かると思っていたのだ。


 しかし、目的は達成された。


 これでどうにか聖女の監視も滞りなく行えそうだ。もし彼女の父がイーストベリーに引っ越すことを良しとしないのであれば「お友達」という名義を使ってこちらからも接触する必要が出てくるが。


「住むのは先ほど言われた……」


「はい、父の友人の元に住まわせていただこうかと。冒険者組合町の近くですし、冒険者のお二人にお会いすることも多いと思いますので」


 これもベラトリクスにとっては想定内の答えだ。ここまで上手くいくとは思っていなかったが、彼女の方から近づいてくるのであれば願ったり叶ったりだ。


「そういうことならそのうち俺たちの家にも遊びに来てもらわなきゃだな。アルヘナも喜ぶ」


 ベラトリクスの思惑など全く知らないシェダルは笑って白い歯を見せる。


「ええ、諸々が決まり次第、シェダル様のお宅にもお邪魔させていただきますね」


 そう言ってスピカは小さく微笑んだ。


 笑っているスピカだが、まさか自分が監視されるとは思っていないだろう。聖女なのだからそう侮っていい相手ではないのだが、考えがあってベラトリクスの思惑に乗せられているようにも見えなかった。


 彼女は本心で「友達の近くに住みたい」と思っているのだ。


「それではスピカさんがイーストベリーに住み始めたら、私たちも挨拶に行かなければなりませんね」


 まさに楽しみなように、そのときを心待ちにしているように、ベラトリクスはその思惑を塗りたくったような虚言で覆い隠した。


 そんな塗り固められた嘘を乗せて、彼女らの乗る馬車はセントリアへと向かって行く。



§



 スピカの護衛任務からちょうど一週間後。


 その日もシェダルとベラトリクスは依頼を受けるべく冒険者組合に足を延ばしていた。


「あれからスピカさん連絡ないですね」


「そうだな。手紙ぐらい出してくれてもいいかなとか思うけど」


 呟くベラトリクスにシェダルが不安の声を顕わにする。


 一週間が経った今、「イーストベリーに引っ越す」と言ったスピカからは一つも連絡がきていない。


 まさか父親に許可を貰えなかったのだろうか。もしそうであれば予定通り、セントリアのスノーフレイク教会にいるスピカの父、ベネトナシュ・スノーフレイクに直談判しに行かなければならない。


「明日になって何も連絡が無かったら一度セントリアに行きましょう」


「そうだな。俺たちからも頭下げてお願いしようぜ」


 そんな会話を繰り広げながら、冒険者組合の建物の大扉を開けて中に入る。


「シェダル様、ベラトリクス様! お待ちしておりました!」


 声と共に振り返る、一人の少女の姿がシェダルとベラトリクスの瞳に映る。


 純白の衣服に身を包んだ、癖のある銀髪の女の子。


 シェダルはもちろん、ベラトリクスもまるで放心したようにその場に硬直。直後、シェダルが叫んだ。


「スピカ!? なんでいるの!?」


 するとスピカは悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。


「お二人を驚かせようと思って、いきなり来ちゃいました。ついでに冒険者に登録しましたので、これからいろいろご教授よろしくお願いしますね!」


 改めて、ベラトリクスはこの銀髪の少女のことを心の底から苦手だと再確認した。

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