前回のまとめ
39歳のアラフォーが平成の始まりにタイムスリップして人生をやりなおすことになった。
酒で頭がやられているからか算数も怪しくなっており、30年と4か月ほどのタイムスリップだが31年のタイムスリップと誤認している。
皆焼鎺(ひたつら はばき)少年、人生二度目の9歳の冬が始まる。
1月8日、正式に元号が平成に改められた日。
テレビは相変わらず天皇陛下追悼特集を流している。
小学校はまだ冬休み中である。
俺の故郷は日本国内でも北の果てに近い場所にあり、本州の一般の学校より冬休み期間が長いのだ。
「鎺、ヒマなら宿題やるか、年賀状のお返事でも書いちゃいなさい。あんたまだ書いてないでしょ」
「へいへい」
お袋にそう言われて、俺は自分の部屋の学習机を確認する。
友人からもらった年賀状は机の中にいつも保管していた記憶があったからだ。
しかし、困ったことになった。
年が明ける前に、仲のいい友人数人には、年賀状をすでに送っていたはずだ。
無気力人間の俺ではあるが、子供の頃はその程度の社交性と活力があった。
そして今、年賀状を確認すると、二十数枚あった。
この中の誰にすでに俺から年賀状を出したか、そして誰にまだ返事を出してないのか、自分でもわからん。
さすがに何十年も前のことそこまで細かく覚えてねえわ……。
「これ、担任の先生か……担任には出してない気がするな」
とりあえず一枚だけ年賀状のお返しを適当に書きあげ、それをポストに投函するために俺は家の外に出た。
「さむっ。マイナス20度くらい行ってるんじゃねえか今日……?」
タイムスリップした当日、昨日はまる一日を家から出ないで過ごしたので、はじめてではないのだがはじめての外出である。自分でもよくわからない。とりあえずクソ寒い。鼻毛が凍る。
とりあえず冬休みが終わって学校が始業する前に、クラスメイトの顔と名前を思い出したり、小学校生活を不便なく送るために記憶をアジャストせねばならなかったからな。
アルバムや文集とにらめっこして教科書やノートや学校からの連絡のプリントをひたすら読み込んでいたら1日が終わっていたのだ。
その中に一人だけ、どうしても俺の記憶とアジャストしない人物がいたのだが、まあそれは後で考えるとして……。
近所の交番から大きな道路を渡った先に、文房具屋さんがある。
そこの店先に設置されている赤ポストへ年賀はがきを投函して、さて今日はどうしたものかなと考えていた矢先。
「お、おはようございます。皆焼くん。いや、今日は、明けましておめでとう、と言うんですよね」
背後から丁寧なあいさつを受け、ちょっとビビってビクってなってしまった。
いきなり来たようだぜ、俺の過去の記憶に存在しなかったはずの要素が……。
「えーと、お、はよう。弓束さん。明けましておめでとう。今年もよろしく」
そう、今俺に話しかけてきた人物、人物……?
耳が長く、金髪碧眼の抜けるように白い肌を持った、うん、どうやらエルフと言う存在らしい少女の名前は、弓束(ゆづか)フェイルさん。
北国の子供らしく毛糸の帽子をかぶっているが、そこから露出する細長く尖った耳が寒そうだ。
昨日一日かけて確認した俺の小学校生活に、本来存在しなかったはずの、異世界からのお客さんである。
連絡事項のプリントとかに頻繁に名前が出ていたし、学校行事で撮影した写真などにもこの少女の姿がいくつか写っていたので、ああ、やっぱりこの時代、この平成の俺の故郷は、俺が知ってる世界と若干違うんだな、と言うことを嫌でも強く認識させられたよ。
「今年も、よろしくお願いします。ネンガジョウ、ありがとう。うれしかったです」
「は? あ、いや、ええと、どういたしまして……」
出した記憶もない年賀状のことでエルフ娘にお礼を言われてしまった。
まあきっと「今回の俺」はこの子に年賀状を出していた、と言うことなんだろうが……。
自分の行動の引継ぎを自分で上手く処理できねえな。誰を恨めばいいんだ。あのロリ神さまか。全部あいつが悪いことにしてしまおう。考えるのが面倒臭い。
「お返事、どうやって書こうかたくさん考えて、周りの人にもいろいろ教えてもらって、やっと書けたんです。それを赤い、ポスト? に入れればちゃんと皆焼くんに届くって教えてもらったので、ここに来ました。会えたから、直接渡したほうが、いいんでしょうか?」
弓束フェイルさんの手には一枚の年賀はがきがあり、その宛名にはたどたどしい字で俺の住所氏名が書かれていた……。
「あー。そうだね。じゃあ直接貰うわ。わざわざご丁寧にどうもありがとう」
少しはにかんでほほを赤らめるフェイルさんから、はがきを受け取る。
その時だった。
「あー! ハバキがまた耳長お化けと話してるー!」
「またかよー。エルフがうつっても知らねーぞー。きゃはははは」
けたたましいガキ2人になんかバカにされた。
おお、こいつらの顔と声は覚えてるぞ。小中学校の9年間、同じ校舎で遊んだり喧嘩したり疎遠になったりと言う、よくいるタイプの同級生AとBだな。
小学校中学年の今、確かクラスは別々だったはず。クラスの集合写真にもこいつらいなかったしな。
「ご、ごめんなさい、私、もう行きます」
ガキどもに大声でからかわれるのがいたたまれなかったのか、フェイルさんはそそくさとその場から立ち去った。
「ハバキが振られたー」
「ちゃんと追いかけろよなー。ただでさえ少ない友だち同士だろー」
「あいつら付き合ってるんだってー。2組のユウタも言ってたよ? ぎゃはははは」
2組のユウタがどんな奴だったかは覚えてねえな……あとでもうちょっとアルバム詳しく見て再確認しておくか。
とりあえず俺はこの二人がムカついたので、全力で走って近いところにいた方にラリアートをぶちかました。
「のべっぷ!」
北国あるある、道路脇に高く積まれた雪の山に、俺の攻撃を無防備で喰らった少年Aが突っ込む。
「な、なにすんだよー!」
「うるせえ! こっちは色々わけわかんなくていい加減ストレスが限界なんだ! テメーらボコボコにしてうっぷん晴らしてやる!」
俺が突然攻撃を仕掛けたことに動揺している少年Bの下半身にタックルを仕掛けて、路上に転ばせる。
あとはもう子供の喧嘩らしく、マウントポジションからの殴打である。
もちろん本気で鼻とかこめかみとか顎を狙うわけではない。
相手が帽子をかぶってる頭とか、ほっぺたとかを、俺は手袋をはめた平手でベシベシと叩くだけ。
相手がただの田舎のクソガキ2人だから、人生二度目のオッサン少年としてはビビる要素などありはしない。
どう考えても精神的優位はこっちにある。
しかし俺の体は何の変哲もない、10歳にも満たない少年の物であるからして、最初に吹っ飛ばされたダメージと混乱から復活した少年Aの参戦により、俺は二人がかりで叩かれるわ、蹴られるわ、押し倒されるわの有様となった。
あーでも、子供の体&がっちり着込んだ冬服装備っていいな。本気で喧嘩しても、お互い深刻な怪我をする気配がほとんどねえわ。
「んじゃコラ! たこコラァ!!」
「おいしんしゃー、おし!」
「俺たちは1たす1で200だ! 10倍だぞ10倍!」
三者三様に意味不明な怒号を発しながら暴れること数分。
「おーい、なにやってるんだきみたちぃ~。ここが交番の前だって少しは気にしてくれよ~」
道路を挟んで目の前のところにある交番から、若いおまわりが出てきて、俺たちの喧嘩を止めた。
まあ交番の目の前だからあえて喧嘩を始めたんだけどな。
大事になる前に止めてくれるし。
交番でたっぷり怒られ、三人とも親を呼ばれた。
親同士はそれほど揉めなかった。怪我人がいなかったからと言うのもあるだろうが、田舎で子供を持つご近所さん同士、トラブルや怨恨を引きずったり拡大するのは好ましくないという判断だろうか。
俺たちガキ同士が、ふてくされた表情ながらも素直にごめんなさいを言ったので特にそれ以上の面倒事は発生しなかった。
「なにをやってるのよアンタは本当に」
「反省してまーす」
お袋に連れられ、遠くない道のりを家へと帰る。
「ねえ、鎺」
「ん」
「アンタ、最近なにかあったの……?」
「別に」
トラックに撥ねられて死んだとか、まさか言えるわけもない。
もちろん、自分の息子の中身が9歳の少年から39歳のオッサンに入れ替わってると知ってもお袋が卒倒するだけだろうから言いはしないが……。
「学校でいじめられてたりしないのかい?」
「いいや、全然」
今の俺が学校でどういう風に過ごしていたのか、全く分からないので答えようがなかった。
「でも……」
「大丈夫だって。母さん、愛してる。あと母さんの作る切干大根とキンピラゴボウと、鶏肉を生姜醤油に漬けてから焼くやつめっちゃ美味い」
「な、な、何いきなり変なこと言ってるの、この子は……!」
お袋は耳まで真っ赤にして、バシバシバシと俺の肩とか頭を激しく叩くのだった。
親孝行って難しいですね。
その日の夜飯にキンピラゴボウが出たのは偶然なのかどうなのか、お袋は何も話さないので知る由もない。
夕食の席で、クラスメイトと喧嘩をしておまわりに怒られたという話を親父にする。
「そうか。どうして喧嘩になったんだ?」
と聞かれた。
「3人ともバカだったから喧嘩になったと思う」
「まあ、そうだろうな。怪我人が出なくてよかった。あんまりカッとなってバカなことするなよ」
「うん。ごめんなさい」
「反省してるならいい」
親父はそれ以上特に突っ込んでは来なかった。
俺は腹いっぱい食って若干苦しくなりながらも、昼間に弓束フェイルと言う名のエルフ少女から貰った年賀状を確認する。
彼女は俺の家から2百メートルほどしか離れてない所に住んでいるようだ。
って言うかこの住所、小学校の隣だな。
彼女がどういう存在なのかをもう少し詳しく知らないことには、2回目の俺の小学校生活に色々と不都合があるんだよなあ。
彼女を軸にした事柄が、色々分からないことだらけだ。
思い立ったが吉日、俺はまだ冬休みが続いていることもあり、さっそく次の日に弓束フェイルさんが住んでいるところを訪ねてみた。
学校の隣にこんな立派な洋館建ってなかったぞ、と思うような、レンガ化粧壁のでかい家だ。
建物と庭をぐるっと囲む形で鉄柵と門扉がある。表札はない。
チャイムのボタンがあったのでとりあえず押す。
インターホンではなく、ただ単に家の中に音を知らせるだけの呼び鈴だ。
少し建ってから、建物の中から一人の人物が出て、俺が待つ門前まで歩いて来た。
「おや、こんにちは。フェイルのお友だちかな?」
背が高い、ボブカットの女性だった。
高い靴を履いているから余計にデカく見える。靴の分も入れて180cm近いぞ。
「同じクラスの皆焼と言います。フェイルさんのお姉さんですか?」
この人の見た目は「若々しく見える30代中ばの女性」と言うところだが、あえて母親ですかとは聞かない。
「実の姉ではないけれどそのようなものだ。それで、今日はどういったご用件で?」
なんか変な女だな、この人。俺の直感がそう告げている。まあ変な女とか、結構好きだが。
「一緒に宿題やろうと思いまして」
「ふむ? フェイルに出された宿題は、他のクラスメイトとは内容が違うから教え合ったり答え合わせができないけれど、それでもいいのかな?」
へえ、そうなんだ。異世界からの来訪者用に特別メニューになってんのかね。
フェイルさん、字を書くのもそれほど得意じゃない感じだったしな。年賀状を見る限りでは。
そもそも日本語を普通に喋れてる時点で色々謎が多い。
「僕は別にかまいませんよ。フェイルさんが僕を邪魔だと言わなければ」
「そうか。まあ入りたまえ。フェイルもちょうど宿題をやっていたところだ」
「お邪魔しまーす」
門を通り、建物の中へ。
「そうか、皆焼と書いてひたつらと読むのか……きみが年賀状の男の子だったんだな」
俺はその年賀状を出した覚えはないんだがな。
アホみたいに広い玄関から、靴を脱がずにそのまま入る。
暖炉とデカいテーブルのある、リビング? と言っていいのかわからない部屋で、フェイルさんがノートやドリルを広げて勉強していた。
どうやらこの家は俺たち日本庶民の文化とは違うらしいな……。
部屋の中は温かく、真冬だというのにフェイルさんは半袖のワンピースを着ている。
もっともこれは珍しいことではない。
この地方では、真冬に室内温度を30度前後にまで温かくして過ごす家庭がいくらでもある。
しかし彼女の姿に俺は驚いた。
その理由は、左腕と左足のほぼすべてが、白い包帯でぐるぐるに巻かれていたからだった。
「お客さんだよ、フェイル。一緒に宿題をしようと、同じクラスの皆焼くんが来てくれた。とりあえず紅茶を淹れて来ようかな?」
「あ……」
俺に気付いて驚き、固まるフェイルさん。
「え、なんかの怪我? 大丈夫なのそれ」
俺の方と言えば、彼女のそんな姿を見て疑問を投げる。
横にいた自称フェイル姉(仮)が怪訝な顔をした。
「クラスメイトなら、いやこの町に住んでいる人間なら知っているはずだと思ったけれどね。フェイルは『向こうの世界』で戦乱に巻き込まれ、体に大きな火傷を負ったと。そんな状態でこの町に飛ばされて、しばらく入院生活を送っていたことを」
「最近ちょっと記憶があいまいなことが多くて、ははは」
知らねえわそんなもん。親と話しててもそんな話題、出なかったしな。
いや、有名な話だからあえて誰も繰り返して話していなかっただけなのか?
クソ、よくよく考えれば、異世界からエルフが来たなんて大ニュースだ。
古新聞を引っ張り出して読めば、フェイルさんのこともきっとどこかに色々書いてたに違いない。
帰ったら確認してみよう。
家の古新聞が処分されていたかどうかはよくわからんが、図書館とかに行けばある程度調べられたはず。
「ところでさっきから小学生らしからぬ発言が多いね、きみは」
「背伸びしたい年頃なんです。生温かく見守ってやってください」
「ふむ。果たしてそれだけだろうか」
いかんな、なんかこの自称姉にあからさまに怪しまれてるぞ、俺。
って言うか門で出迎えられたときから、なんか試されてるような、値踏みされてるような目で見られてた気がするしな。なによりすぐに家の中に入れてくれなかったし。1月でクソ寒いってのに。
「鏃(やじり)、やめて」
俺とデカ女が微妙にギスギスした空気を出しているのを見ていたフェイルさんが、今まで見せたことのない厳しい表情で、力強く言った。
ヤジリと言うのが、このお姉さんの名前らしいな。
「皆焼くんは……私の、お友だちなの。いい人なの。だから、やめて」
「そうは言ってもな……私は心配なんだ、フェイル」
「家の中では、子ども扱いはやめてって、言ってるでしょう」
「しかしきみはまだ、この世界のことに慣れていないのだし、学校でのことだって……」
「心配いらないって、いつも言ってるわよね。私は大丈夫よ」
金髪童女に凄まれて、背の高い(おそらく)三十路女がうろたえている。
イイね、こういうシチュエーションは楽しいぜ。個人的な好みとして。
「私の方が、鏃よりも3倍も長生きしてるのよ。あなたが見ていないような地獄もたくさん見て来たの。だから、大丈夫なのよ」
「3倍!?」
聞き間違いでなければ、確かにそう言った。
三十路女の約3倍ってことは100歳弱ってことか?
あ、フェイルさんってエルフだっけ。
お約束で言うと、すごく長寿だっけか。
「来てくれて、ありがとうございます、皆焼くん。昨日はその……ごめんなさい。あの後、あの子たちにひどいことを言われなかったですか?」
「え、いやぜんぜん、超余裕。だけどその、3倍って」
「宿題、一緒にやりましょう?」
にっこり笑って話を逸らされる。有無を言わせない、年齢の話はスルーしろという強い意志を感じる。
「……少年。きみはコーヒーと紅茶、どっちが良いかね」
「酒……いや違う違う、オレンジジュース、いややっぱり、はちみつレモンあります?」
令和ではマジで見なくなったからな、はちみつレモン。
飲めるときに飲んでおかねば。
「ない……が、スーパーで買って来るよ」
いや、そこまでしなくていいよ、ヤジリ姉さん。スーパー近いけどさ。
そのあと滅茶苦茶宿題した。
フェイルさんは機嫌良さそうにニコニコしてたので良しとしよう。
しかし気になることもあったので、途中、お花を摘みにフェイルさんが席を外した時にヤジリさんに聞いてみる。
「フェイルさん、学校で上手くいってないの?」
「同じクラスで過ごしているのだから、少年の方がよく知っているはずではないのかな……まあ、その手のことに無頓着だから、こうして家まで気軽に来てくれたのかもしれないが」
深いため息をついて、ヤジリさんはこう言った。
「学校が目と鼻の先と言うところに住んで半年になるが、遊びに来たクラスメイトは少年がはじめてだよ」
「フェイルさんが美人だからみんな照れてるんだな」
俺がそう言うと、さっきまで苦い顔をしていたヤジリさんがプッと破顔した。
その後、悲しそうな顔でこう言ったんだ。
「そうであったら、どれだけ良いことだったろうか……」
とりあえず、まだまだ前途は多難らしい。
次回予告
「冬休みが長くてもそんなにしょっちゅうスキーなんか行かない」
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