バンドの練習の帰り、背中にかついだギターケースを異様に重く感じたのは、イキツケのライブハウスのレンタルスタジオを出る直前、姉のカミラからかかってきた電話のせいだった。
開口一番、感謝祭に田舎に帰らなかった不肖の愚弟を責めてきたから、オレがすかさず、
「クリスマスには顔を出すから」
と答えると、たちまちカミラは、
「さあ、……それはムリかもしれないわ」
そうガラにもなくアイマイに言葉をにごしてから、キッパリ言い放ったものだ。
「わたしたち、この村を離れる決心をしたのよ、ジャスティン」
はるか昔に渡米してきた先祖代々の古い屋敷を誰よりも大事に守ってきたのはカミラだったのに。
絶句するオレに、カミラは言った。
「先月、また村の若い人が野犬に噛み殺されたのよ。これでもう3人目よ。こんな危険な場所で、これ以上息子を育てていけないわ」
ラッシュの時間帯を過ぎたせいか、地下鉄の車両はガラ空きだった。
オレは、ドアのすぐ横のロングシートの真ん中にドサリと腰を下ろして、隣に遠慮なく相棒のレスポールを寝かせた。
向かい側の一番端のシートに、ブルーカラーの作業服姿のガタイのいい中年男が黙然とうつむいて座っているきりで、ほかに乗客はなかったからだ。
緩やかに加速する振動に身を任せながら、なにげなくカミラの一人息子の面影を頭の中に思い出す。
母親に似た貴族的な白皙と気位の高さに加えて、父親譲りのシニカルな知性を子供ながらにシッカリと受け継いだ、ヒトスジナワではいかない生意気な甥っ子コナーのことを。
来年からは、もう小学校に入学するんだそうだ。
小さな寒村を出て都会で充実した教育を受けさせるほうが、きっとコナーのためにもなるだろう。
それは、そもそもコナーの父親であるニックが、ずいぶん前からカミラに提言していたことだったらしいし。
とはいえ、顔に似合わず頑固なカミラをついに夫の意見に従わせたのが、故郷を襲ったおぞましい惨劇のせいだというのは、ひどくイヤな気分だ。
いや、この得体のしれない不穏な胸騒ぎの原因は、それだけじゃない。
オレの生まれた故郷の村に人食いの野獣が出没しはじめたのは、今年のはじめだった。
最初の犠牲者は、村の老舗のパン屋の跡継ぎで、商店街の路地裏に血まみれの死体が「散乱」していたそうだ。
2人目に森の狩猟小屋の前で見つかった新米の狩人は、野犬ばかりではなく他の野生動物のご相伴にもありつかれて、ほとんど白骨化していたという。
さらに、おととい発見された村長の息子の惨殺死体にいたっては、彼の家の寝室のベッドの上で発見されたというのだ。
……この人食いの獣は、だれ彼かまわず人間を食い殺しているわけじゃなく、確実にターゲットを選んで捕食している。
もはや、そう思えてならなくなった。
カミラには内緒にしているが、じつは先々月の半ば頃、オレは、幼なじみの葬式に出席していた。
一緒に故郷の村を出てニューヨークの大学に進み、やがてオレが売れないインディーズバンドのギタリストになり、ヤツがメディカルスクールを出て駆け出しのインターンになってからも、ときどき顔を合わせては、子供時代のイタズラ話なんかで盛り上がっていたものだった。
そんなヤツが、研修先の夜勤を終えた病院の駐車場で、血まみれの無残な死体になった。
当初は異常者によるユキズリの通り魔殺人として捜査がはじまったそうだが、最近のウワサによれば、鋭利な牙を持つ大型犬のタグイにノド笛を噛み切られたセンが濃厚だという。
北西部にある名も知れない小村に出没した人食いの野獣が、はるばる都会のド真ん中に獲物を追っかけてきたとオレが考えるのは、むしろ当然だろう。
そう信じる根拠は他にもある。野獣の嗜好が、あまりにも明確に偏っているからだ。
ヤツが晩餐に選んだのは、あの村の出身の、オレと同年代の男ばかりで、そして、幼いころに同じ秘密を分け合った悪ガキ仲間だけだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!