ダンジョンが揺れている。
それは何か巨大なものが近付いて来るという合図で、ズシンズシンと足音を立てながらゆっくりと歩いて来るのは、この広大な地下空洞を揺るがす程の巨体である訳で...
理解したくないと脳が拒むが、目に映るのは次第に大きくなる巨体の姿で、まず目に付くのは全身が赤いウロコで覆われていること、その巨体に似合わぬ小さな翼が背中から生えていること、体長より長いと思われる尻尾は、強靭な筋肉の固まりに見える。
頭部には二本の角が生えており、爛々と輝く真っ赤な瞳が鋭い視線を放っている。鋭い牙が生えた口元からは炎が漏れ出している。二足歩行の足は逞しく大地を踏みしめ、それに比べて短い前足には鋭い鉤爪が生えている。
「レッドドラゴン...」
誰かが呟いた。そう、現れたのは巨大な赤いドラゴン。見上げる程の体高は10mを悠に超えているだろう。その威風堂々たる姿は畏怖の念すら抱かせる。
「グオォォォォッーーーーー!!!!!」
ドラゴンが咆哮する。その威圧でアタシ達は金縛りに遭ったように動けなくなる。圧倒的な存在を目の前にした時、人はただ恐怖し、絶望し、地にひれ伏し、命乞いをするしかないのだ、と本能が告げてる。
これはマジでヤバい...ただでさえアタシ達は全員が疲れ切っているのに、こんな怪獣みたいなのと戦える訳ない。ってかそもそも戦うイメージすら湧かない。
逃げるか? いや、さっきの通路に戻る前にきっと追い付かれるだろう。ではどうする? 迷っている内にドラゴンが後ろに仰け反るような体勢になった。
マズいっ! あの体勢は恐らくブレス攻撃の予備動作! アタシは金縛りに遭った体を叱咤し無理矢理動かしてみんなの前に出る! みんなを守らないとっ! 今この場で一番元気なアタシがみんなを守らなくてどうするっ!
「みんなっ! 私の後ろにっ!」
最大限の魔力を消費して構築した土壁にドラゴンのブレスが突き刺さる! 熱いっ! なんとか防いだが漏れ出る熱量が半端ない! 前に突き出した両腕は火傷したように痛い! 髪が焦げる匂いがする! 服からも煙が上がる! この熱風を吸い込んだらきっと肺がやられる!
アタシは呼吸することも出来ず意識が朦朧となり始めた。
「「 ミナっ! 」」
アリシアとシルベスターが両脇からアタシを支えてくれた。ありがとう、まだ頑張れるよ! アタシは意識を集中させた。長い時間に感じたけど、実際にはあっという間だったんだと思う。なんとかドラゴンのブレスを凌ぎ切った!
ホッとしたのも束の間、ドラゴンがゆっくりと飛翔し近付いて来る。長大な尻尾が揺れている。今度は物理攻撃か!? アタシは戦慄する!
「スライっ! 尻尾の攻撃が来るっ! 魔力を集中させてっ! アリシア、後ろの三人を守ってっ!」
「「 応っ! 」」
チラッと見たけど、殿下、シャロン様、エリオットの三人はまだ青い顔のまま動けずにいる。シルベスターと二人でなんとか次も凌ぎ切るつもりでいるけど、アタシ達が破られた場合、アリシアには最後の盾になって貰うしかない。
そうならないように気合いを入れる! 問題はアタシの魔力がどこまで持つかなんだけど...
巨大な尻尾が振り下ろされてきたっ! 衝撃と何よりその重みで土壁に罅が入るっ! 抑え込めなかった威力に押されてアタシ達の体が後ろに飛ばされたっ! それをアリシアが止めてくれたっ! ありがとうっ!
アタシはすぐに土壁の補強をしようと思って...そのまま膝から崩れ落ちた...魔力切れ!? こんな時に!? 次第に暗くなる視界の隅で、ドラゴンがブレスの発射体勢に入るのを見た。防がなきゃ! そう思うもののアタシの意識は段々と薄れていく。心配するみんなの声が遠く感じる。
みんな、ゴメン...アタシはここまでみたいだ...意識を手放そうとした時、
『赤き竜よ、我が愛し子に手を出すことは許さん』
そんな声と共に空洞内が虹色の光に包まれた。
「グオォォォォッーーーーー!!!!!」
光で目をやられたのか、ドラゴンが落ちて行く。眩しさに目を掠めながら見上げたアタシ達の前に、美しい天使が降臨した。白い翼をはためかせながら天使が言う。
『我が愛し子アリシアよ、よくぞここまで頑張った。加護に値することを認めよう。それと仲間達よ、特別に我が力を授ける。赤き竜を退けるが良い』
『セイントヒール』
「こ、これはっ!?」
アタシ達全員が虹色の光に包まれた! 体力も魔力も元に戻った! 怪我も治ってる! これならイケる! 戦える! ...ってか、光の精霊って天使のことなの!? そう言えばあの声、聞いたことあったわ。あの時は眠そうな声だったから、今まで気付かなかったよ。
「グオォォォォッーーーーー!!!!!」
おっと、目眩ましからドラゴンが復活した! 今度こそブレスを放つ気だ! 止めないと!
「アリシアっ! 行ける?」
「応っ!」
天使の加護を受けたアリシアは矢のようなスピードでドラゴンに接近し、今まさにブレスを放とうとしているドラゴンの顎を殴り飛ばした! アッパーカット! 今までとキレが段違いだ!
「ウリャァァァッ!」
ドラゴンが踏鞴を踏む。良し、効いてる! そのままアリシアはドラゴンのボディーにも攻撃を加える! 明らかにドラゴンが嫌がってる! 短い前足で応戦するも、アリシアには掠りもしない。
ドラゴンが飛び上がる。飛んで距離を取るつもりだろうが、そうはさせない!
「シャロン様っ!」
「させないわっ!」
皆まで言わずとも察してくれた。
『トルネードラッシュ!』
無数の小さな竜巻がドラゴンの翼に穴を開ける。ドラゴンの高度が下がってきた。ふと落下地点の方を見ると、地面に小さな窪地がある。その時、アタシに天啓が閃いた!
「スライ、エリオット、水をっ!」
アタシは窪地を指差し叫ぶ!
『『ウォーターパァドゥル!』』
やはり皆まで言わずとも察してくれた。窪地に水が溢れる。
「殿下っ! あのブレスを防げますか!?」
「任せとけっ!」
そう、これからやろうとする作戦には、アタシの魔力を防御に使ってる余裕が無い。こっちの用意が整うまでの間、少なくとも一回はドラゴンのブレスに耐える必要があるかも知れない。その為の確認だった。
ドラゴンがゆっくり降下してくる。そして窪地に降りた。水飛沫が舞う。
「スライ、エリオット、今っ!」
『『アイスプリズン!』』
瞬時に水が凍り付き、ドラゴンの下半身を拘束する! 良し、今だっ!
『グランドツリー!』
アタシは全魔力を使って植物の根をドラゴンの体に巻き付ける! 根は一本一本が直径1mを超えるような太さだ。ドラゴンの上半身と邪魔な尻尾も全て拘束する!
「グオォォォォッーーーーー!!!!!」
ドラゴンは藻掻きながらもブレスを放ってきたっ!
「殿下っ!」
『ファイアーボンバー!』
殿下の火力でドラゴンのブレスを相殺した! 良し、最後の仕上げ!
「アリシアッ~~~!!! いっけぇぇぇっ~~~!!!」
「ウォォォッ!」
アリシアが飛ぶ! アタシの作った根を使って上へ! 更に上へ! ドラゴンの頭を飛び越しもっと上へ!
そして、頂点に達したアリシアが落下しながら放つのはそう、
アリシアの必殺技、かかと落としっ!
「ウォリャャャァァァッーーー!!!」
ドラゴンの頭部に炸裂した!
「グオォォォォッーーーーー!!!!!」
ドラゴンが断末魔のような声を上げた後...ふいに消滅した。
「「「「「「 えっ!? 」」」」」」
全員の声が揃った。勝った...んだよね!? アタシ達は顔を見合わせた。
さっきまでドラゴンが居た位置には、やたらデッカイ赤く光る魔石が残されているだけだった。
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