完結済 短編 現代世界 / 日常
公開日時:2025年4月26日(土) 09:34更新日時:2025年4月26日(土) 09:34
話数:1文字数:2,851
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おなかすいたな。

いつだってわたしは空腹だ。今もそう。とてもおなかがすいている。

でもわたしの食に対する興味は前よりは確実に薄くなっていた。ひとえにダイエットのためである。

「そういう痩せ方はよくない」

彼はそういった。ちゃんと運動なりして痩せなさい、と。

わたしはそれを聞くといつもぶーたれる。

運動なんて大嫌いだ。食べなくて痩せれるならわたしは喜んで食べない。

だからわたしは彼の前で、「おなかすいた」なんて決して言わないようにしている。

「ほら言わんこっちゃない」と言われるのがオチだからである。



その日もわたしは相も変わらず空腹だった。「眠眠打破」みたいな、「食欲打破」っていう飲み物があったらいいのに、そう思っていた。

テレビはつけない。テレビをつけると食べ物ばかり出てきて、わたしは耐えられなくなってしまうからだ。

ひとりパソコンに向かいネットをふわふわ漂っていた。

なんとなーくダイエット関係のサイトを徘徊していた。

するとあるではないか、食欲を抑えるスプレーというものが。

それは口の中にスプレーすると食欲を抑えられるというアメリカの製品だった。

わたしはクレジットカードの準備をした。買うのだ。個人輸入するのだ。

わたしは慎重に製品をカートへ入れ、即様お会計に進んだ。

住所をローマ字で入力し、またしても慎重にクレジットカードの情報を入力し、清算ボタンを押した。

完了。

ふう、とわたしは息をついた。これでじきにわたしは食欲から逃れられる。

食への興味が薄れたとはいえ、人間矢張りおなかがすくのであり、それは耐え難いものだった。

ただ何かを食べてもさほど美味しいとは思わず、食べ終わることだけを目標として食べる、そういう意味で興味が薄れているのだった。

何かを食べていても、これを食べたら太ってしまう、と思ってしまい、美味しくものをいただけなくなっていたのである。

でも逆に、あれがどうしても食べたい!!と思うこともなくなり、わたしはもう半年くらいラーメンを食べていなかった。

ラーメンはわたしの大好物である。

昔からよく美味しいラーメン屋さんを発掘していたりしていたのである。

それがもう半年も、ラーをしばいていないのだ。驚異である。

それもこれも全部この太った体の所為よ・・・。わたしは常々そう思っていた。

彼にはちょうどよいといわれているが、わたしは納得しなかった。痩せたい。その一心で今生活している。


数日後、海外から便が届いた。

例のスプレーである。

わたしはいそいそと箱を空け、スプレーを出してみた。

外人さんが口の中にそのスプレーを吹きかけている様子がパッケージに描かれている。

わたしはキャップを取り、早速口の中にスプレーをしてみた。

シュッ

瞬間、苦味が口いっぱいに拡がる。

まずい・・・。

これじゃあ別の意味で食欲なくなるよ、そう思った。しかしどうであろう、数分後、わたしの空腹は消え去っていた。

わたしは最初そのことに気づかなかった。

いつものようにパソコンでネットをふわふわ徘徊していたのだが、その時AD広告で、美味しそうなお肉が目に入った。

だが、わたしは何も感じなかった。そこで、わたし、今おなかすいてない!ということに気づいたのだった。

わたしはスプレーをもう一度しげしげと見つめた。

これ、もしかしてすごいんじゃない・・・?すごいの手に入れちゃったんじゃない・・・?

多少まずいけれど、こんなに効果があるなら我慢も出来る、そう思った。



それ以来わたしは空腹を感じるたびにスプレーを口内に噴射し、おえっとまずい顔をしていた。

食事は一切とらなくなった。

わたしはみるみる痩せた。

「ちょっと、変な痩せかたしてるんじゃないの?」

彼はそういって眉をひそめた。

「そこまで変ではない」

わたしはそう答えた。

十分変である。なんだかよくわからないスプレーを口に噴射して何も食べていないのだから。

だが、自炊もしなくてよいからキッチンも汚れない。家事が減った。楽である。

いちいちおなかがすいた、なんてひもじい思いをしなくて済む。精神的に楽である。

ただ口の中にまずくはあるがスプレーを噴射するだけである。楽である。

こうしてお手軽に、わたしはどんどんや痩せていった。



目標体重も切ったころ、そろそろこのスプレーともお別れしなければならないな、と考えていた。

わたしはいくら痩せたいとはいえ、病的に見えるほど痩せたいとは思っていなかったのだ。

あくまで美容体重になれれば、それでいいと思っていた。

ちょうどスプレーも残り僅かだ。これをすべて使い切ったら、食事を元に戻そう。

そう思っていた。

そしてついにスプレーはなくなった。

わたしは名残惜しい気持ちで空になった容器をゴミ箱へ捨てた。

これのおかげでわたしは3ヶ月で10kgは痩せていた。劇的変化がわたしに訪れた。

着るお洋服のサイズからデザインからおしゃれを楽しむ気持ちから、何から何まで変化したのだ。

素晴らしい製品だったな、そう思った。



さて、久しぶりに何かを食べるとしよう。

胃に優しいものがいいかな。おかゆかな。

そう思ってわたしはおかゆを作り始めた。

久しぶりの自炊は楽しかった。ご飯のいいにおいも心地よかった。

おだしで味をつけた、たまご粥が完成した。

スプレーはもうしていないから、おなかはすいている。胃が早く粥をくれと言っていた。

それでは

そうひとりごちておかゆを口にした。

途端にわたしはそれを口から出した。

苦い。

信じられないご飯の味だった。

なにこれ。

もう一口食べてみる。

同じ味だった。

こんな味なはずないのに。そう思ってお醤油を足してみた。

食べてみる。同じ味である。

まじで、やばい、と思い、パソコンデスクに置いてあるチュッパチャップスの包み紙をむいた。

急いでむくその手は震えていた。

口にしてみる。

同じ味である。

おかゆとチュッパチャップスが同じ味なわけがない。

これはわたしの舌がおかしくなっているんだ。

それに気づき、わたしは愕然とした。

何を食べてもこの味なのか・・・?もうずっと・・・?

胃は何かくれと言っている、つまりおなかがすいているのだ。

しかし何を食べてもこの苦虫をすり潰したような味しかしない。

何も食べられない。

わたしはおいしそうに出来上がったおかゆのまえで呆然とした。

わたしは味を失ってしまった。

わたしは思い立って、あのスプレーの製品ページをもう一度見てみた。

すると

【あなたの食欲を永遠になくします!!】

と書いてあった。

わたしはこれに惹かれたのだった。そして購入し、愛用してしまったのだった。

そして永遠に食欲を失ってしまった。

とんでもないことをしてしまったと後悔した。

わたしはもう何も食べられない。

涙が出てきた。

おなかがすいてひもじい思いが一気に押し寄せてきた。

何か食べたい。

そう思って製品ページをもう一度見たら、

【姉妹品:食欲をもう一度取り戻したいあなたへ!!】

とあった。

わたしは神にもすがる思いでクリックした。

スプレーだった。

わたしはクレジットカードの準備をした。

【あなたの食欲は永遠に約束されます!!】

という文字を見逃して。

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