♢♦︎♢♦︎
「なんだか薄暗くて不気味なところにゃ……」
カドルサムは俺の足をぎゅうっとしがみつき、獣道の脇に所狭しと生い茂る木々を見渡しながら言った。彼女の言うとおり、森は立ち並ぶ木々に光を遮られていて薄暗い。そんな光が一切届かない環境に適応して生まれたのか、色白なキノコや水っ気多いカビなどの変わった植物も多く見られた。
そうした慣れない風景は彼女にとって恐怖でしかなかったのだろう。森に立ち入って以来ずっと、彼女の尻尾はしんなりしたままである。
「……足にくっつかれると重くて歩きづらいんだけど」
「そっ、そんなことを言われても……!!」
「怖いとかなら先に帰ってても大丈夫だよ?
近くの村にちょっと届け物をしにいくだけなんだから」
「こっ、ここ、別に怖がってなんかないのにゃ!!
たまたま足元にしがみついたら居心地が良かっただけで……!!
要するに『住めば都』ってことにゃ!!」
「ーーどんだけアットホームなやつなんだよお前は」
「その反応はいったいなんなのにゃ!?
ドルドルは別に怖がっているとかそういうわけじゃーーへにゃっ!? クモ!?」
カドルサムは腹いせに俺の足を引っ掻こうとでもしたのだろう。指先から爪を構えた彼女であったが、その驚きのあまり肩をすくめてしまった。
「……枝が落っこちてきただけだぞ」
恐怖に苛まれ、全身に震えが走る彼女の姿は、まるで生まれたての小鹿のようである。
思え返せば数時間前の出来事。あの後もギルドでは終始喧騒が絶えることはなかったが、ミリアさんの勧めもあって俺達は依頼を引き受けることになった。
"森を抜けた先にある村に届け物をしてくる"
という至ってシンプルかつ簡単な依頼だ。カドルサムが望んでいた依頼 (達成難易度が低くて、ほんの数十分で終わって、そんなに歩かないで済むようなやつ)は結局叶わず終いで終わってしまたものの、これが一番達成難易度が低い依頼だったのである。
見ての通りかなり臆病な彼女にとってこの依頼は不幸そのものでしかなかったことだろう。
「……まったく。驚かせるのはやめてほしいにゃ、」
自身の傍らに落ちてきたものが枝だということを今一度確認して、彼女は俺の体をヨジヨジ登っていく。そうして背中まで辿り着き、俺に背負われている体制を取ると、
「なんだか色々と話し込んだら疲れてきちゃったのにゃ……。
さーて、ドーナツでも食べて一旦リラックスでもするかにゃー」
と自身の尻尾に巻き付けてあったドーナツを俺の頭の上で頬張り始めた。俺の目の前でドーナツの食べかすがポロポロと落ちていくのがはっきりと分かる。
「お前ってホントにお気楽なやつでいいよな……」
「まぁにゃー、猫っていうのはそういうものだからにゃ♪」
「それってお前が言うことか?」
溜め息混じりに軽く捨て台詞を吐いて俺は、森を抜けた先にある村を目指して一人歩いて行った。
♢♦︎♢♦︎
「……分かれ道みたいにゃ」
森を歩き続け、しばらく経ってからの出来事。俺達の目の前には大きく二手に別れた"分かれ道"が広がっていた。近くには、道しるべになる看板のようなものは立っていない。つまり俺達は手探りでこの先、進む道を決めるしかないのである。
「どっちが正解の道なんだ……?」
「うーん、どっちなんだろうにゃー」
俺の頭の上からほんの僅かに身を乗り出して高く見渡すように言う。
「そうだなぁ……よし、カドルサム!!
今回ばかりはどっちの道へ進むかお前が決めてくれ」
「にゃ!? 本当かにゃ!?
ドルドルがどっちに進むのか、決めていいのかにゃ!?」
俺が彼女に向かってコクリと頷くと、彼女は尖った前歯を曝け出して朗らかに笑った。湧き上がる喜びのあまり、目をキラキラ輝かせている。
「そ、それじゃあ『右』に進むべきにゃ!!
ドルドルの野生の勘なる尻尾がそうすべきといっているにゃ」
彼女の言うとおり、尻尾は右の道をしっかりと指していた。分かれ道を前に木の棒を使ってどっちに進むか決めるのと同じ理論である。なんだか、俺がいうのもアレだけど心配になってきたなぁ……
「じ、じゃあその反対の『左』に……」
「にゃ!? まさかドルドルの尻尾が信用できないのにゃ!?
人に判断を任せるとかいっておいてその反応はなんにゃのにゃ!?」
「痛い痛い、痛いっ……!! 爪で引っ掻くのはやめてくれっ!!」
「それってドルドルがバカ猫ってことだからにゃ!?
だから信用もできないってことなのにゃ!?」
「ーーお前、まだそれ気にしていたのか……!!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!