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「ーーへにゃ? ドルドルまさか、寝ちゃってたのにゃ?」
頬から伝う感覚から、カドルサムは自身がベンチに眠っていたことに気がつく。たちまち尖った歯が曝けるほどの大きなあくびを垂らしながら、丸まった背中を治そうと伸びをした。目がまだ完全に開き切っておらず、猫耳がピクピクと小刻みに動くその様子から、眠気がまだ残っているようだ。
「カドルサム、目が覚めたんだな。おはよう」
「おはようにゃぁ……、なんだか久しぶりに気持ちよく寝れた気がするのにゃ」
「そっか、それは良かったな。最近クエストを立て続けに受けていたしな、疲れてるのも分かる」
「ってなわけで、ドルドルはまだ寝ていたいのにゃ~。だから、おやすみにゃさいー……」
そう言い残して、すかさず俺の膝の上でゴロン。カドルサムは膝の上にどっぷりと頭を置き、ウトウトし始めた。彼女の暖かな体温が衣類を通して伝わってくるーー。
あ、この感じなんだかいいな~。心が安らぐというか、なんというか……。
……じゃなくて!!
「朝の俺とお前とで立場がまるっきり逆転していますけど!?」
彼女の首輪を掴んで、膝の上から引っ剥がすと、
店内中に首輪についていた鈴の音が心地よく響いた。
「ドルドルは眠いと言って……」
今にも途絶えてしまいそうな声で彼女は呟く。
……呆れてものも言えないとはこういうことなのだろうか?
「一刻も早く家に帰りたいって言ってたじゃん、お前。
いつまでもそうしてると、家に帰れないぞ?」
「もういいのにゃ、気が変わって今はもう寝たいという一心だけ……zzZ」
俺に首輪を掴まれ、目の前で吊るされている彼女は振り子時計のように揺れている。ああ、これはきっと駄目なんだろうなと諦めかけていたそのとき、ふと店の奥から慌ただしく階段を駆け下りる音がした。
『猫ちゃんっ、猫ちゃんが起きたんですか……!?』
息を切らしてこちらに向かって来たのはランダさんだ。両手には暖かい湯気を立てる湯呑みとクッキーが添えられたお盆を持っている。
「いえ、また眠りに就いちゃったみたいで」
『……そうなんですね、猫ちゃんにも当店一押しのお茶を味わってもらいたかったのにな』
「いろいろとすみません……ほらっ、カドルサム!! ランダさんがお前のためにお茶を淹れてきてくれたって」
せっかくの好意を無駄にしたくない、そう思った俺は目の前で眠り続ける彼女を起こそうと揺さぶるという手段に出た。風に吹かれる洗濯物みたいに彼女の体は揺れる。
「ほらっ、カドルサム!! お茶だって、お茶!!」
「……お茶かにゃ? お茶がどうしたってのにゃ?」
「ランダさんがお前のために淹れてきてくれたんだって。ランダさんが淹れてくれたお茶、とても美味しかったからお前も飲みんでみな」
「……ドルドルのために淹れてくれたのにゃ? それはありがとにゃ」
「ーで、飲むのか飲まないのかどっちなんだ?」
「……飲ませていただくのにゃ。カナタぁ、ドルドルに飲ませてー」
「どれだけ面倒くさがり屋なんだ、お前は」
そんな酷評を気にするような様子を一切見せず、カドルサムはぐでーんと口を開く。俺はその口の中に、チビチビとお茶を注いでいった。
「どうだ、美味しいだろ? この店一押しのお茶なんだってさ」
「確かに美味しいのーーにゃ"!?」
刹那。彼女の顔が真っ赤に膨れ上がった。咄嗟に手足をジタバタさせて口元に寄せられていた湯呑みを突き放すーー。
「カッ、カドルサム!? 一体どうした!?」
「ドルドルはっ、ドルドルはっ……!!!!
猫舌だったのにゃあああああ!!!!」
楽ばかりするとかえってロクなことにならない。
その身にしっかりと焼き付けたカドルサムであった。
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