「逃した魚はでっかかったのにゃ! もうこんなにも、こーんにゃにも!」
シャワーでさっぱりしたカドルサムの髪をワシャワシャしながら聞き流す。
僕はカドルサムとククが湖で出会ったという主の話を「はいはい」なんて言いながら聞いていた。彼女は両手を大げさに使ってその湖の主を体現している辺り、興奮が冷めきっていない様子だ。
現に今も尚、目を見張ってきらきら輝かせている。
「にゃー、カナタにも見せてあげたかったにゃぁ。あれを獲れたら、もうすっかり街の人気者にゃのに」
「そう簡単に捕れるものなのかねー」
「やっぱヒョロガリのカナタには無理だろうにゃ」
「一言多い」
そもそもが少し体を捻っただけで、湖の泥が陸地に跳ね上がるというほどの巨体。
そんな大物を釣り上げるなんて無謀だ。まさか、そんな人がいるはずがない。
とはいってみたものの、実際には目の前にいた。
孤軍奮闘した挙げ句、釣り上げられず終いで泥んこで帰ってきた猫。
「何見てるのにゃ?」
「……いや、なんでもない」
咄嗟にごまかした。
カドルサムはぶるぶるぶるとその身にまとった水分を払う。
そして不意に窓の方に駆け寄ったかと思うと、
「いい匂いがすると思ったら、街で焼き芋売ってるみたいにゃ……」
「ああ。もうすっかり秋なんだな」
ジュルリ。
その食欲に満ちた音が俺の第六感をくすぐる。
「……買いに行こう、にゃ?」
恐ろしく早い猫なで声。
ほら、やっぱりこうなった。
♢♦︎♢♦︎
ほふほふ、パクっ。
カドルサムが焼き芋の甘みに頬を緩め、舌鼓を打つ。
実際、我が家の財布の紐は彼女が握ってるようなものだ。ここぞとばかり「節制! 節制!」と言い聞かせようとすると、武力行使に出られてしまう。
ヒリヒリ。
冬の冷え切った空気が顔の傷跡を刺激して痛い。
「食欲の秋、グータラの秋に、読書の秋……やっぱ秋って言葉はドルドルのためにある言葉に違いないにゃ……」
「お前が読書してるときなんて一度も見たこともないが」
「一言多いのにゃ」
ペシッ。猫パンチ。
あれ、このやり取りさっきも交わしたような。
まあいいか。いつのまにか街景色は秋色に染まっている。
秋の味覚風味を売り文句に出見せ屋台では、秋の食材をふんだんに用いた料理が提供されていた。が、ここは我慢我慢。節約節約。
目をそらした先、紅く染まった紅葉がヒラヒラと。
よく見てみると至るところに舞っていた。
偶然彼女の頭の上に落ちてきた、その一枚の紅葉を払ってあげた。
「なんにゃ、媚売っても焼き芋はドルドルに変わりないのにゃ」
「お前だけには言われたくない!」
「まあいいのにゃ、ちょっとぐらいはあげるのにゃ。ほれ」
「ありがと……ってちっさ!」
俺の小指の爪よりも小さいけど!
全く卑しいやつめ……パクっ。
それでも甘みが十分伝わってくるほどだった。
わあああァァァ!!
街の通りを歩いてると偶然、そこではお祭り騒ぎが起こっていた。
よく見るとここは街のギルドが立っている場所。一体、何の騒ぎだ?
そして途端に皆、釣り竿を片手に一目散に走っていったようだけど……。
「ミリアさん、何かあったんですか?」
仕方なしに当然気になるので聞いてみることにした。
ギルドのなかには汚い靴裏で踏みあったような後に、散々踏み潰された紙の書類たちに。
その近くには涙目ながらに清掃業に追われるミリアさんの姿があった。
「あぁ。カナタさん、こんにちは……」
「髪がボッサボサなのにゃ」
元からボリュームのあるミリアさんの髪はこの上なく乱れている。
いつもは十分に整った髪なのに関わらず、今ではカドルサムの手繰るおもちゃだ。変幻自在にミリアさんの髪をアレンジして遊ぶカドルサムをどけて、話を伺った。
「近くの湖で巨大な湖の主だかが出現したみたいです。近くの漁村がその被害を被ってるから退治をするよう、本部から懸賞金がかかった依頼が出されたんです」
「ああ、それであの騒ぎか」
「ククもカドルサムちゃんを遭遇したって」
「そうなのにゃー!」
遠くでククの開けた口の中に、千切った焼き芋を入れるゲームをやってたカドルサムが手を上げて反応を示す。
「みんな懸賞金とやらにがめついですね。そんな大物釣れるはずもないのに……」
「まあ100万Gも懸賞金が出されたら、そうなんじゃないでしょうか?」
待って。今なんて言った?
100万G?それって数年ほど豪遊して遊べる額だけど?
一日三食、高級ビュッフェを食べても良し。王国内に一軒家を買うのも良し。そんな額の懸賞金を?
「あーれ、空耳かなぁ。100万Gって聞こえたような……」
「はい、包み隠しようもない、100万Gです」
「…………っ!」
いや、待て。
俺はつい先ほどそんな大物を釣れるはずがないって嘲り笑ってたはずだぞ?
そんな糸もたやすくお金のために意見を翻すことなんて、まず俺のプレイドが許すはずがない。そうだそうだ、こんなことやってないでコツコツとお金を稼ぐ方が性に合っている。
フルフルフルっ……。
自分に固くそう言い聞かせた後、顔を上げた矢先入ってきたのは、
100万Gと書かれたポスターだった。
「…………いくぞ、カドルサム」
「にゃ?」
プロフェッショナル、カナタ動きます。
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