どこまでも続く青い大気を搔き分け、少年と少女を乗せた舟が進む。
だが今、双胴のそれを動かしているのは風の力ではなかった。
「――と、まあこんな感じよ。分かったかしら」
「うん。だいたい」
空の樹を発ってすぐ、ヒタクはアヌエナから踏み櫂の扱い方を教わることになった。主船の後端から空中へ突き出した櫂を足で踏み、舟の向きや動きを制御するのだ。
「じゃ、交代」
「え?」
ヒタクが間の抜けた声を上げると、少女は唇を尖らせて指を突きつけてきた。返事がよっぽど気に入らなかったようで、腰に当てたもう片方の手には力が籠っている。
「え、じゃないわよ。え、じゃ。ずっと女の子に力仕事を任せる気?」
「ああ、うん。そうだね」
漕ぎ手を交代、今度は少年が櫂の頭を踏む。
「よいせ……っ」
帆が風を捕まえる手とするのなら、こちらは空気を蹴り出す足といったところか。少女が漕いでいるときは、まるで舟が空を泳いでいるかのようだった。だがヒタクが代わった途端、爽快に吹いていた風が淀んだ。
「ほら。櫂にもっと体重をかけるように、体全体で漕いで。脚の力だけで動かしてると、あっという間に疲れるわよ」
「う、うん。……ふっ、はっ」
舟を漕ぐ、とはいうものの『何もない宙を搔くのだから楽な仕事だろう』と思っていたが甘かった。ヒタクの足が振り動かす櫂は、確実に空気以外の何かの抵抗を受けていた。
(これ、結構きつい……)
先端に飛晶を張った櫂は、空間に満ちる重力場を搔き乱すことで舟を進ませる。
そう説明を受けた時は、絡羽と同じ原理なのだと簡単に考えた。だが現実には、ゼンマイに頼るのと自分の力で動かすのではまるで違った。なにより、体にかかる負担が半端なものではない。
「よく、こんなの、独りで、動かせた、ね」
息も絶え絶えに感心していると、あっさりとした返事が返ってきた。
「ん? ああ。この舟、帆がメインだから。風さえ吹いてれば櫂は必要ないの」
「ちょっと!」
「なによ?」
「じゃ別に、今漕がなくてもいいじゃない!」
たまらず声を荒げて抗議する少年。だが、空を生活の場とする少女の方は涼しい顔だった。無知な子供を諭すようにして笑う。
「馬鹿ね。練習よ、練習。今の内に慣れておかないと、本当に必要な時に役に立たないでしょ」
「……むう」
確かに。
もし何かアクシデントに遭遇したとき、ぶっつけ本番で櫂を任されても困る。渋々ながら納得し、ヒタクは舟の縁をつかみ直した。
「お。やる気になったようね。よしよし」
満足そうにうなづき前を見るアヌエナ。舟を先導する朱色のカラスを探して叫ぶ。
「ちょっと左にずれてるかな……。はい、面舵! 針路を変えて」
「オ、オモカジ!?」
舟を漕ぐ練習は、もうしばらく続きそうだ。
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