青く輝く惑星(ほし)で

朝倉 畝火
朝倉 畝火

7-3 鋼鉄の案内人

公開日時: 2023年8月11日(金) 07:00
文字数:1,846

 これからどうするべきか。


 ヒタクがそう考えようとしたところで扉が開いた。静かに音を立てながら、車輪を束ねた足に筒状の胴体を乗せた人形がやってくる。丸い頭部に赤いレンズの目を備えたそれは、挨拶でもするように細い腕を上げながら無機質な声を発した。


「おかげんハ、いかがデスカ」


「あ、うん。さっき気が付いたとこ」


「……なに、これ?」


 少年と普通に言葉を交わす奇妙な物体に、アヌエナがいぶかしげな視線を向けた。ヒタクも困惑顔を浮かべながら、じっと彼女を見つめる相手の紹介に移る。


「フソウを管理してる自律型ロボット? だって。ヤタが連れてきてくれたんだ。気を失った君をここまで運んでくれたのも、彼? だよ」


「ろぼっと、ってなによ?」


「僕に聞かれても……。本人がそう名乗ってたから、そうなんじゃない?」


「それ、何の答えにもなってない……。そもそも『ここ』ってどこなのよ」


「え? ああ、フソウの中だよ」


「ええっ!? 世界樹の……きゃ!」


 ロボットが突然、二人の間に割り込んできた。赤く透き通る瞳を少女の顔に近づけながら、平坦へいたんな声で告げる。


「マダすこシ、ねつガアルヨウデスネ」


「やっぱり無理しない方が……」


「だから、心配しなくてもいいってば!」


「クァッ!」


 混沌こんとんとしてきた会話を、鋭い一鳴きが断ち切った。朝焼け色のカラスが、説教でもするかのように大きく翼をはためかせる。


「クァクァークワァー」


「デスガ、にんげんノけんこうじょうたいハ……」


「クヮ」


「わカリマシタ。コノママ、ようすヲみルヨウニシマス」


「クァ」


「う、うん」


 人の言葉を発せないくちばしは最後、続きを促すようにつついてきた。きまり悪い思いを抱きながら、ヒタクは改めてアヌエナと向き合う。


「ええと、どこまで話したっけ」


「カラスに仕切られた……」


「まあまあ。それで――そうそう。君が雪の上で気を失ったすぐ後かな。ヤタが彼を連れてきてくれたんだ」


「世界樹を管理してるんですって? でもそれは、カグヤさんの役目じゃなかったの」


「うん。なんていうか、姉さんは全体のまとめ役みたい。緊急時には指示を出すけど、普段は任せきりが基本なんだって。フソウの中にはこの子と同じようなロボットがたくさんいて、整備とか点検をしてるそうだよ。それで、ぼくたちのことも助けてくれたんだ」


「ふーん」


 自分たちが今置かれている状況を説明すると、空を渡る娘は静かな相槌あいづちを打った。そして目に力を込め、改めて少年に問う。


「で? 結局ここ――世界樹って、フソウって何なの?」


「天人が空に降りるときに建てた柱、みたい」


「イイエ、はしらデハアリマセン。しょうこうきデス」


「――そっか」


 ロボットに訂正されたが、彼女にとってそこは重要ではなかったようだ。アヌエナは肩を落とすと、あらぬ方を眺めながら小さく口を開いた。


「そっか。木じゃなかったんだ」


「え?」


「そうよね。空のど真ん中に木が生えてるって、おかしいわよね」


「アヌエナ?」


「――ううん。なんでもない」


「コレカラ、ドウシマスカ」


 力なく首を振る少女に替わって、今度はロボットが問い掛けてきた。彼女の様子は気になったものの、今は時間が貴重だ。ヒタクは勢い込んで己の望みを告げた。


「フソウの天辺てっぺんへ! 姉さんの後を追いかけたいんだっ!」


「もうしわけアリマセン。ココカラむカウことガデキルノハ、きどうすてーしょんマデデス。さいじょうかいノすぺーすぽーとハげんざい、へいさサレテいマス」


「そんな……」


 あっさりと願いを否定され、少年の全身から血の気が引いた。だがその耳に、思いのほか落ち着いた声が届く。


「や。別にカグヤさんたちが最上階に向かったとは限らないでしょ。あんたのお兄さんが、調査隊を連れて何をする気なのかも分かんないんだし」


「あ! そっか」


「なんにせよ、ここにいても仕方ないのははっきりしてるわ。とりあえずはその、なんとかステーションまで行ってみましょうよ。そこで何か分かるかも」


「うん。そうだね」


 ショックを受けているような暇はない。ヒタクはアヌエナの言葉に心を奮い立たせ、彼女と共に休憩室の出口へ視線を向ける。すると、二人に先んじるようにロボットが動いた。


「デハ、さんばんほーむニ、けーじヲごよういシマス。ドウゾコチラヘ」


「ほーむ? けーじ?」


「いや、こっち見られても……」


 告げられた言葉の意味が分からず顔を見合わせる。だが彼は、特に気にした様子もなく外へと進み出す。扉が自動で開き、丸みを帯びた背中がゆっくりと遠ざかっていく。そのまま見送るわけにもいかず、ヒタクたちは慌てて後を追った。

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