霧の中に悪魔がいる

full moon
full moon

(4)

公開日時: 2021年6月11日(金) 11:30
文字数:723

 私は、ギターの弦を押さえ、右手をストロークする。


ぽろろんと調和のある音が鳴った。


「これがコードというものです。次のコードはこちらです」


篠生は弦を押さえる指の位置を一つ一つ移動させていく。


私と篠生はギターの練習に夢中で、老父のお話を聞き流す。


 「どこか、悪いんですか?」


私の妻が訊ねた。


私は動作を止めて妻と老夫婦を見る。


「肝臓が悪くてね」


老婦が答える。


「これも年を取ると仕方ない事だよ。最近じゃ、腎臓も良くない」


老父は言う。


それを聞いた郷珠は、顔を老夫婦に向ける。


視力は見えていないが、耳で声の方向を認知している。


「そうですか、大変ですね。シナモンティーは、お体に良いから飲み続けているのですか?」


私の妻は更に訊ねる。


「こいつが聞くって言うんだけど、どうなんだろうね」


老父が言う。


その老婦の言葉に重ねるように老婦が話し出す。


「シナモンは、肝臓に良いって効いたのよ」


老婦の言葉は僅かに早口だった。


老婦は言い終えると、一瞬、右上に目線をちらりと向けた。


「奥様が献身的なんですね、私も見習わないと」


私の妻はそう言って、私ににこっと笑みを見せる。


もうすっかり、老父の高圧的な態度が無くなった。


老婆は突然、客の皆をぎろっと見た。


「かぐわしいシナモンと水を用意せよ。これらを用いて聖なる水を作れ。すなわち香料作りの業に倣ってそれらを混ぜ合わせ、聖なる水を作る。その水を契約の証として飲み干せよ。それはすなわち聖なる者と聖別し、最も聖なる者とする。聖なる水を飲み干す者は全て聖なる者となる。その子らにも水を飲ませ聖別し、彼らを祭司として私に仕えさせよ」


老婆は淡々と語る。


「その本にそう記してあったのか?」


老父は訊ねる。


老婆は無視して、分厚い本の内容を再び見始めた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート