霧の中に悪魔がいる

full moon
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(12)

公開日時: 2021年6月7日(月) 11:30
文字数:1,145

客の皆の視線を感じる。


「教えてください」


私は言う。


配達員は客の皆が居る方向へ視線を向ける。


客の皆の視線が配達員に集中している。


「外はどうなっているのですか?」


私は訊ねる。


「見ての通り、濃い霧が出ているだけですよ」


配達員は答える。


「しかし、ニュースでも悪魔が町を破壊している報道がされていました」


「頭おかしいんじゃないですか? この店へ配達に町から出発した時も、いつも通りの町でしたよ」


配達員は答える。


けほけほと配達員は空咳する。


「濃霧は? 霧はこんなに続くのですか?」


私は続けて質問する。


「濃い霧が発生しやすい山なんですよ。ただ、今日の霧は珍しいですね。運転が出来なくなる程に濃い霧でした」


配達員は答える。


「悪魔を見た事は無いのですか?」


私は訊ねる。


配達員は大きく溜め息をつく。


「見た事ありませんよ。いや、あなた方が悪魔に見える」


配達員は答える。


「わかりました。一つお願いがあります。もし、外に出れるならばこのロープを解くので、人を呼んできて欲しい。誰でも構いません。大勢の人が来れば、悪魔が居ない事が証明出来るかもと思っています」


私は神妙な面持ちで言う。


「この霧だから、車を使うのは難しいかもしれないけど、やってみます」


配達員は小さく頷いて答える。


私は手足を固く縛られたロープを解いていく。


両手を縛っていたロープが解かれる。


配達員は、手首に食い込んだロープの跡をさすっている。


「おいおい、何しているんだ」


老父は大きな声で言う。


その声を聞きつけた老婆は、お手洗いから荒れた足取りで出てきた。


客の皆が私に視線を向ける。


「この者に助けをお願いします」


私は配達員の足を拘束しているロープを外しながら言う。


「ならぬ!」


老婆は恐ろしい剣幕で近づいてくる。


ロープが解かれる。


配達員は拘束から解放された。


私は配達員に一つ頷く。


その合図を受け取るように、配達員も一つ頷く。


配達員は、立ち上がる。


老父も近づいてくる。


「開けてはならぬ!」


老婆は怒鳴る。


「霧を中に入れるな!」


老父も怒鳴る。


その怒号から逃げるように、配達員は出入り口から外へ出た。


私は、小さく安堵する。


老婆と老父はその場に立ち止まり、何も話さない。


老婆は瞳を左右に大きく動かして、そわそわしているように見える。


老父はその場で腕を組んでいる。


老婆と老父は私の目の前に立ち塞がっている。


老婆と老父の攻撃的な圧力を感じ、動く事も出来ない。


妻と娘の元へ戻る事も出来ない。


早く、妻と娘の元へ戻りたい。


その時だった。


「うわっ! 誰だ、止めてくれ! 助けてくれー」


レストランの外から叫び声が聞こえた。


それは紛れも無く、配達員の声だった。


「くそっ! いっぱい居る。触れるな! 近づいてくるな」


配達員の声がレストランに反響した。


そして、それ以降、配達員の声を聞く事は無かった。

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