霧の中に悪魔がいる

full moon
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(26)

公開日時: 2021年7月17日(土) 02:09
文字数:521

しかし、こうして、私は、誰一人として守る事が出来なかった。


そして、今も、一緒に死のうと、妻に言えない私が居る。


私はただ、死ぬ事の怖さから逃れようとしているだけだ。


「よく考えて。もう私達は、濃厚接触しているから、いつかは悪魔になるの。ならば、悪魔になる前に、この子の為に、死にたいの」


私は返す言葉が見つからなかった。


「それはいけません」


郷珠が私達の背後に来て言う。


「郷珠さんに何がわかるの? この子の事を何もわからないのに、簡単に言わないでください」


妻は言う。


郷珠は、言葉を返さずに立ち止まる。


老婆は、何やら呟いている。


その声が微かに耳の中へ入る。


「アー、早く来てちょうだい。アー、私はここだよ。もう私はおかしくなりそうだよ、早く、愛しきアー」


老婆は繰り返し呟いていた。


「ねえ、早く!」


妻は私に強く言う。


妻の声が耳の中を満たす。


思考よりも先に、私は、両手の指に力を加え始めていた。


その指が、妻の首にめり込む。


思考では、いけない事だと認知しているが、それを止める理由が浮かばない。


妻の頸動脈の脈動が、指に伝わる。


強く脈打ち、勇ましささえ感じる。


妻の首から、人肌の温もりが指から浸透して、脳に伝わる。


その妻の温もりと共に、妻との思い出が断片的に蘇る。

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