霧の中に悪魔がいる

full moon
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(3)

公開日時: 2021年8月5日(木) 11:30
文字数:593

何もなければ、私の存在を証明する事は出来なかった。


とても静かだ。


ふと、何もない静寂に、物足りなさを感じた。


視界は白を映すだけで何もない。


私は耳で周囲を確認する。


霧が、私の体をじとっと湿らせて重い。


霧は、何の音も発してはくれない。


何もない環境では、死を奮起させる。


死ぬ為に、ここで悪魔を待っている。


しかし、耳の奥へ奥へ侵攻する無音の軍勢がが、死の恐怖を煽り立てる。


その無音の軍勢に、脳の守衛は反撃する。


死が怖いのは何故か!


痛いからか!


苦しいからか!


もう楽しい事を経験出来ないからか!


そうなら、お前は何故知っている。


死んだ者しか味わえない、この死を生きているお前は何故知っている。


死がどういうものかわからない以上、死が怖いものかもわからないではないか。


怯んだ無音は、耳の中で、ありもしない音を作り始めた。


その音は高音、中音、低音が混ざっている。


娘の透き通った繊細な高い声。


老父や篠生が争うような中音の声。


老婆の説得力と預言の信憑性を高める低音の声。


お互いが別々の主張をして不協和音になっている。


その一つ一つが聴こえる度に、視界に広がる霧に映像が流れる。


映像は断片的な光景を走馬灯のように現れては消える。


時折、妻と娘の光景が映ると、仄かにほっこりした。


段々と、妻と娘の光景を求めるようになり、まだかまだかと、娘の声を待ち望む。


次第に、私の中で、優劣がつき、娘の声以外に不満を感じるようになる。

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