霧の中に悪魔がいる

full moon
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(11)

公開日時: 2021年7月28日(水) 23:25
文字数:560

老婆のぱりぱりと硬い、ビニールのような薄い皮膚の感触が、拳に伝わる。


拳の衝撃で、その皮膚は、ぴりっと破けて、血が滲む。


ずっと抱いていた分厚い本が床に落ちた。


老婆は、脳しんとうを起こしたように、目を回して倒れ込む。


その拍子に、机の角に側頭部をぶつける。


側頭部から血が滴る。


老婆は動かない。


私は、分け目も触れずに、その足で、妻へ駆け寄る。


「さあ、行こう! もうここから出よう。外がどうなっているかわからないけど、ここに居続けて、外に出ないでじっと何もできないのは、生きていないのと変わらないよ。さあ、ここを出よう」


私は、妻の手を握り、腕を引っ張った。


しかし、力の入らない妻の体は動かない。


妻は、首を横に振った。


「どうしたの?」


私は妻に言う。


その声に、急ぐ気持ちが混ざる。


「殺して」


妻は言う。


「え?」


私は耳を疑った。


「疲れちゃった」


妻の声に、ほんの小さなため息が混ざる。


「出来ないよ」


「お願い。私を殺して」


私は、言葉を失う。


妻は、私を見ている。


その目は、はっきりとしている。


しかし、私は妻を殺めるなど出来るはずなかった。


きっと、誰もが結婚する時に、愛する人を殺める結果になるなんて想像もつかないだろう。


妻を殺める事に抵抗があるのか?


いや、私はわかっていた。


独りぼっちになるのが怖いのだ。


最後の最後まで、私は自身の事を考えていた。

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