『暴れ熊アング』を討伐するためにれんかと少し買い物をしてから、街の東にある英雄像の前にやってきた夏雪。
「もしかしてレンのフレンドってあれ?」
人影が見えたので、ミルクがその方向を指差した。
「あっ、あの二人です。おーいっ」
レンがブンブン手を振ると、向こうの二人も振り返してくる。どうやら二人とも(少なくとも見た目は)女性のようであった。
「ん?」
近づくにつれて、次第に違和感を覚えるミルク。
「ん?」
どうやら向こうも気付いた様子だ。
やがて違和感はある種の確信に変わり、ミルクはレンと視線を合わせる。
「アイスさんですよね?」
「もしやレンの新しいフレンドというのはミルクのことなのか」
そこにいた二人のうちの片方は、なんと先日ミルクと交流した女騎士のアイスであった。
「え、お二人って知り合いなんですか?」
レンが驚いたように目を丸くする。
「あぁ、少し縁があってな。既にフレンドも登録済みだ」
アイスは腕を組みながらそう言って、ミルクとレンを交互に見やった。
「なるほど、世界で一番かわいいと言っていたからどんなプレイヤーなのかと思っていたが、少し納得だな」
――納得しないでくれ……。
真顔でウンウンと頷いているアイスに、ミルクはげんなりとした気持ちになる。
「どういうことです? 先輩」
少し体をかがめて、レンがミルクの耳 (獣耳)に囁く。
「巨大グマに追われてれんかちゃ……、レンとはぐれた時に会ったんだよ」
「ふむふむ、なるほど」
納得するレン。
「しかし意外でしたっ、まさかアイスと先輩が既に知り合いだったとは。色々心配してましたけど、杞憂だったみたいですね」
「……?」
意味不明とでも言いたげに首を傾げるアイス。
れんかの懸念とは、アイスの男嫌いのことであろう。
そのことに気づいたミルクは、愛想笑いを浮かべることしかできない。
「ちょっと、ちょっとー、ボクを無視しないでくれないかい?」
アイスの隣に立つ、トンガリ帽子を被ったショートカットの少女が、手に持った杖をフリフリと揺らしながら声を上げた。
黒色のローブを纏うボーイッシュな少女だ。よく見ると、耳が長く尖っていた。
「はーい、じゃあ紹介しますね。先輩、この子は『チャイム』、私のフレンドで魔術師です。あと種族はエルフです」
チャイムと呼ばれた少女が、ミルクに笑いかける。
「よろしくー、ミルクでいいよね。魔法に関してはボクに任せてね。攻撃、バフ、デバフはある程度こなすよ。その代わり、あんま火力は出せないけど」
「よろしくお願いします、み、ミルクです」
ぺこりと頭を下げるミルク。もふもふの耳が揺れ、レンとアイスの視線が吸い寄せられる。
「のーのー、敬語は禁止。気軽にいこうよ」
チッチッチと指を振るチャイム。
「あー、でも、レンは敬語みたいだけど?」
チラリとミルクがレンを見上げた。
「レンの敬語は軽いからね。あんまり気にならない」
「わかった、じゃあよろしく」
「私にも敬語はいらないぞ」
アイスが手を上げて主張した。
「うん、よろしくね」
微笑みをたたえて、ミルクがアイスを見る。
「はうっ」と声を上げてアイスが胸を押さえた。
「さてさて、それではさっそく行きましょうか」
レンがパンと手を叩いて注意を寄せ、フェアリスの森がある方角を指差した。
◯
レンを先頭に、森の中を探索していく四人。
レンの後ろにチャイムとミルクが並び、その後ろにアイスが付く。
ひし形のような陣形で進んでいた。
「その暴れ熊アングとやらは何処で見かけたんだ?」
「えっとですね、鬼畜のサービスエリアのすぐ側です」
「まさか花玉を取ろうとしたのか? レンに取れるはずがないだろうに」
「む、それは私をバカにしてますか? 私だって無理なのはわかってますよ。でも先輩にとって貰えたから大丈夫です」
「なにっ? ミルクはアレを取れたのか?」
驚きの目でアイスがミルクを見る。
「うん、取れたよ」
「へー、それは本当にすごいね。ミルクってまだ始めたばっかりなんだよね。あ、でも、種族は銀狼なんだっけ?」
あ、知ってたんだ、とミルクは思った。レンが予めミルクのことについて話していたのだろう。
「銀狼なんて種族、レンから聞いて初めて知ったよ。種族補正の内容も聞いたけど、すごい極端だよね」
「うーん、そうなのかな」
曖昧な返事をするミルク。彼は意味に自分のステータスがどの程度なのか、よく理解していなかった。
「たしかにかなり珍しい種族だと思うけど、もしボクがそれを当てても見送るかな。相当使いにくそう」
レンに事前に聞いていたように、やはり銀狼とは扱い難い種族という認識らしい。
でも夏雪は、ミルクとしてプレイをしていて不自由だと感じたことはない。
まだ始めて間もないからだろうか。
「あ、みなさん。敵ですよ」
レンが前方を指差す。ガサガサと茂みが揺れて、シカのようなモンスターが現れた。
頭上には『グリーンディア』という文字が浮かんでいる。
グリーンディアはミルクたちを視界に捉えると、大きなツノを振り回しながら突進してくる。
「とりあえずボクがやるよ。――『ウィンド』」
チャイムが一歩前に出て杖を正面に向けると、小さな風の刃がグリーンディアを切り裂いた。
一撃で敵のHPは無くなり、グリーンディアはポリゴンのカケラとなって散る。
するとミルクの視界に経験値獲得のメッセージが、EXPバーのメモリが増えた。
「あれ、経験値がもらえたんだけど」
ミルクの疑問にレンが答える。
「森に入る前に私たちでパーティーつくりましたよね。パーティーメンバーが敵を倒すと、経験値の何割かが分配されるんです。アイテムは倒したプレイヤーのとこに行きますけどね」
「へー、そうなんだ」
「あと、パーティーを組んでいるとマップにパーティーメンバーの位置が表示されるから、連携がしやすくなるぞ」
「パーティー専用チャットとかも使えるしね」
レンに言われるままに操作してパーティーに加入したのだが、ちゃんとした意味があったようだ。
そのまま、モンスターが現れた時は倒しながら、森の中、目的の暴れ熊アングを求めて探索を続ける。
分配された経験値は、ダメージを与えた量によって分配量が変わるらしいので、サポートを受けながらミルクが中心にモンスターを倒した。
ミルクを除く三人にとって、この辺りのモンスターの経験値はあってないようなものだからだ。
お陰でミルクのレベルが18にまで上がった。
「うーむ、いませんねー。もう誰かに倒されちゃったんでしょうか」
レンが呟いた。
「まぁ、ネームドだしね。人目のつくところに出てきたら割とすぐやられるから。レンがそれを見たのって二日前でしょ?」
チャイムがレンに訊く。
「そうですね。やっぱり私の認識が甘かったですかねー」
少し残念そうにレンが言った。その時、後方のアイスが何かに気付いたような声を上げた。
「おい、あそこを見てみろ」
アイスがある方向を指差した。皆がそちらへ視線を向ける。
よく見ないとわからないが、茂みの向こうに大きな穴がぽっかりと空いていた。どうやら洞窟があるようだ。
「怪しくないか?」
「ほー、あんなところに洞窟なんてあったんですね。初めて気付きました。怪しいです。行ってみましょう」
茂みを掻き分けるようにして、四人は洞窟の方へ近づいていく。
その途中で、ミルクはある音を聞いた。自然、ピクピクと獣耳が動く。
「ちょっとみんな待って」
ミルクが抑えた声で呼びかけた。
皆の視線が集まる。
「なんか洞窟の方から音が聞こえる。寝息みたいな音」
「ほんとですか?」
「うん、聞こえる」
「獣人種の補正で聴力も高まってるんだと思います。ということはあの中に何かがいることは確かですね。皆さん警戒して行きましょう」
「了解だ」
「おっけー」
洞窟の近くまで寄ると、まずはレンが覗き込むように穴の奥を見る。
そこは巨大な洞穴になっていて、一番奥に巨大な毛玉があった。大きな熊が丸まって眠っているのだ。
「あ、いました。暴れ熊アングです。寝てますよ」
「おー、まだ取られてなかったんだ。運いいね。よしやろう。寝てるんなら初手はボクに任せてよ」
忍び足で、音を立てないように移動して、全員が暴れ熊アングを視界に捉えた。
「あ、その前にみんなのステあげとくね。――『アタバイド』『ガーディン』『スティード』」
チャイムが杖をふると、
――STRUP
――VITUP
――AGIUP
という文字が、ミルクの視界の端に現れる。
次にチャイムは暴れ熊アングのほうに杖をむけて、呪文を唱える。
「――『マジックブースト』」
チャイムの身体を青白いオーラが包み、彼女の正面に同じ色の巨大魔法陣が展開される。
「――『ヴァン・ヴィエーチル・ハウ・ウィンド』」
彼女が早口にそう言った瞬間、魔法陣にパッと光が灯って、魔法陣から爆音と共に風の砲弾が射出された。まるで風の大砲である。
風で出来た巨大な砲弾は暴れ熊アングの顔にクリーンヒットし、爆風が広がった。
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