この『Fantastic World』というVRゲームにおける基本ステータスには、大きく分けて四つの要素が関わる。
一つ目は『基礎能力』。まとめてステータスと呼ばれることもあるそれは、
STR(筋力)
VIT(体力)
INT(知力)
MND (精神力)
AGI(機動力)
DEX(器用さ)
以上の六種類に分けられる。
これらの基礎能力を上げる方法はただ一つ。
主にレベルアップの際に5ずつ手に入るBPを消費することだ。
また、基礎能力の初期値は、オール25である。
二つ目が装備や装飾品、加護等による付与効果。
三つ目は『職業』。
選択する職業によって、以上二つで定められたステータスに補正がかかるのだ。
もちろんプラスの補正だけでなく、マイナス補正がかかることもある。
職業のランクを上げたり、上位職につくことで、より効果の高いプラス補正が得られるのだ。
なお一度ついたことのかる職業であれば、教会に行けば自由に変更が可能だ。
そして四つ目が『種族』。
ゲームスタート時に自由に選択できるこれによっても、ステータスに様々な補正がかかる。
職業と違い、種族は変更不可なので、選択は慎重にすべきである。
◯
夏雪の種族は『銀狼』である。
これは隠れ種族と呼ばれるものの一つであり、最初の職業選択において、ランダムを選ばない限りなることができない。もちろん運任せである。
銀狼種族による基礎能力補正は、良くも悪くも極端だ。
具体的に説明するのなら、それは次のようになる。
【マイナス補正】
STR(筋力)80%
VIT(体力)30%
INT(知力)30%
MND (精神力)20%
【プラス補正】
AGI(機動力)――280%
DEX(器用さ)――180%
ちなみに夏雪はれんかに進められるまま、レベルアップで得たBPを全てAGIとDEXに7:3の割合で振っている。
◯
「はい、とれたよ」
「えぇ……まさかそんな簡単に……」
『鬼畜のサービスエリア』に挑戦し、いとも容易く花玉を手に入れてきた夏雪。
遠慮など一切なく、無数に襲いかかってくる枝々の弾幕の中を、まるで人混みでも避けるように進んで行った夏雪。
間近でその様子を見ていたれんかは、この『鬼畜のサービスエリア』が、自分でも簡単に突破できそうな錯覚に陥った。
それほど、夏雪は涼しい顔で帰ってきたのだ。
実際は、簡単であるはずないのだが。
でなければ、『鬼畜』などと言う名前が付けられることはない。
これには流石のれんかも動揺を隠しきれなかった。
夏雪は何気なく花玉を差し出す。
「ほら、これが欲しかったんでしょ」
しかし、楽観的にもすぐに調子を戻した彼女は、突如として夏雪のことを抱きしめる。
「っ!?」
突然すぎるその動きには、夏雪も反応しきれなかった。
そもそもとして、彼女と彼の間には、大きなステータス差がある。
自分より十倍以上高いSTR(筋力)に抱きしめられて、夏雪は身動きができなくなる。
「うーっ、やっぱりミルクちゃんは可愛いし先輩はすごいですっ」
「……どっちも僕なんだけど」
「ふふっ、そうですねっ」
抱きしめられて苦しそうな声を出す夏雪と、嬉しそうに笑うれんか。
そんな時、ガサガサと、茂みが大きく揺らぐ音がした。
位置的には、ちょうどれんかの真後ろ、夏雪の正面である。
「…………ちょ、ちょっと、れんかちゃん」
「あっ、こら先輩。だからこの世界では私はレン――あれ?」
巨大なクマ。
言葉で言ってしまえばそれだけだが、実際に全長四メートルを越すクマを目の前で見る迫力は、想像を遥かに越す。
突如として現れた巨大グマの頭上には、赤色で『暴れ熊アング』という文字が浮かんでいた。
『ネームド』――名前付モンスターである。
『ネームド』は、別名ユニークモンスターとも呼ばれる。
その名の通り、通常のモンスターと違い、固有の名前を持っており、この世界における唯一の存在だ。
倒せば必ずユニークドロップをすることで、多くのFWのプレイヤーが血眼になって探すモンスターである。
とある所では、『友情破壊モンスター』と呼ばれることもあるらしい。
そう、いくつかの例外を除いて、『ネームド』は多人数PTで倒すべき相手なのだ。
どうあっても、初心者を含める二人で倒せる相手ではない。
それを確認したれんかは、無言で夏雪の背後に回ると、「よいしょ」と夏雪の背中にしがみついた。
かなり無理がある体勢である。
「お、おい、ちょっと……? れんか……じゃなくてレンさん?」
「これはドジっ子の私には無理ですね。先輩、お願いします」
「待って、かなり重たいんだけど。ていうかこれ無理があるって」
「乙女にそんなこと言うなんて失礼ですねっ」
「今の君は乙女じゃないでしょ」
むしろ今の夏雪が乙女――というか少女だ。
長身の男が少女の背中にしがみつくこの光景。
何も知らない人がこれを見たら、ギョッとすることであろう。
「グルゥゥゥゥ……っ」
低いうなり声を上げ、夏雪たちを威嚇する暴れ熊アング。
――あ、これもうヤバイな。
夏雪は思った。
「はーっ、途中で落としても知らないからなっ」
「はーい」
そう言うと夏雪は、れんかを背負い直すと、地面を蹴飛ばした。
同時、暴れ熊アングもスタートを切って、決死のレースが始まった。
◯
その後、暴れ熊アングから逃げ続けた夏雪はれんかと共に崖から落ちた。
なんとか持ち前の身体能力を生かして、落下ダメージで死ぬことは免れたが、れんかと離れ離れになってしまったのである。
◯
れんかと離れたことでひとりになった初心者夏雪は、比較的気楽な気持ちで森の中をさまよっていた。
これがリアルならそうもいかないだろうが、ここは仮想世界。
命の危険がない分、楽観的にもなれるものだ。
だというのに眼に映る景色全ては現実そのもの。
臨場感などという言葉には収まらない。なるほど、セカンドリアルとはこういうことか。
VRゲームというものが世間で大流行りしている理由がよく理解できた。
「なんか気持ちいなこれ」
壮大な自然に囲まれて、夏雪は思い切り伸びをする。
「ギギィッ!」
その時、夏雪の前に二匹のモンスターが飛び出してきた。
名前は『キラービー』。一見して蜂のようなモンスター。大きさは、八十センチ程だ。
いきなり現れた巨大バチに、夏雪は一瞬ビビるが、すぐに腰から短剣を抜く。
そろそろこの動作にも慣れてきた。
「よっ、と」
夏雪は軽く地面を蹴って、二匹のキラービーの間に突っ込む。
「「ギギィィイイッッ!」」
格好の的と化した夏雪に、キラービーは嬉々として襲いかかった。
が、その刹那。
一切の前触れなく静止し、バックステップで距離を取る夏雪。
完全にペースを崩されたキラービーたちが惑ったその間隙を付いて、短剣を振るった。
その刃は、交互に二度ずつ敵の顔面を捉える。
―――critical!!
の文字が連続で浮かび上がって、キラービーたちは爆散した。
―――EXP:87
―――Drop Item:『緑の蟲魔石』、『キラービーの片羽』
―――LvUp!! Lv8→Lv9
―――Congratulations!!
「お、よっしレベルアップ」
短剣を腰に収めながら、夏雪は呟いた。
「ひゃぁぁぁぁぁっっ!!」
茂みから一人の女性が飛び出してきたのは、ちょうどそんなタイミングだった。
「ん?」
そしてその女性の背後には、大量の蟲系モンスターがうじゃうじゃと引き連れられていた。
「……げ」
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