チャイムが放った風の砲弾が暴れ熊アングにヒットし、爆風が起き、粉塵が舞う。
――おぉぉ、派手だな。
ミルクは感心した。現実にファンタジーの世界に迷い込んでしまったと錯覚しそうになる。
暴れ熊アングの頭上にあったHPバーが10分の1ほど消滅していた。
「えっ? 全然減ってないし!」
あれだけ豪快な魔法をまともに喰らったにもかかわらず、ダメージが少ないことにミルクは驚いた。
「いや、けっこう削れた方だと思いますよ? 思ったより楽に倒せそうですね」
「あぁ、そうだな」
隣でアイスが頷く。
――え、そんなもんなの?
「ほらほら先輩っ、来ますよ」
レンが腰の剣を抜くと同時、砂煙の中にあった巨体の影がのそりと起き上がる。
砂煙が晴れて、暴れ熊アングはミルクたちを発見すると、大気をつんざくような咆哮を上げた。
「――グオォォォォォオオオオオオ!!!!」
「っつぅ!?」
ミルクは耳を抑える。同時、体が石になったかのように固まって動かなくなる。
視界の端に『STUN』という文字が浮かんでいた。
咄嗟に声を上げようとしたが、口すらも硬直して声が出せない。
そんな隙を見定めてか、暴れ熊アングはミルクに狙いを定めて鋭い爪が光る剛腕を振り下ろす。
その腕撃が直撃する直前、ミルクの身体に自由が戻り、地を蹴飛ばして回避しようとした。
が、しかし――、
「ミルクちゃんは私が守ります――っ!」
バタバタとした足取りで走ってきたレンが、ミルクの行き先を塞ぐようにダイブする。
「うぉっ!?」
結果、ミルクとレンは絡まるようにぶつかって、ゴロゴロと猛烈な勢いで転がっていく。
「あぁっ、ミルクちゃんのスベスベお肌が私の顔にぃ――ぐふぎゃっ」
近くにあった大木に衝突して、潰れたカエルのような声を上げるレン。
目を回しているミルクとレンを見て、暴れ熊アングが追撃をかけようとする。
「ちょっとー? 二人とも何してるの。――『ハウ・ウィンド』」
チャイムが呆れたように言って、呪文を唱える。すると、暴れ熊アングの正面の地面に、爆風が広がって粉塵が巻き上がる。それが暴れ熊アングの視界を塞ぎ、突進を躊躇させた。
その間に、アイスが目を回して伸びているミルクとレンを救出した。
両肩に軽々と二人を担いで、アイスは何やら悩ましげな表情を浮かべる。
「ふむ、ミルクの身体がここまで軽いとは……。まるで羽を担いでいるようだ。もしや――っ、ミルクは銀狼なのではなく妖精さんなのでは!?」
この世の理を暴き出したかのように、カッと目を見開くアイス。実際、彼女が口にしているのは、どうしようもない妄言なのだが……。
「ほーら、アイスも訳わかんないこと言ってないでそこからどいて。デカイのいくよっ。――『ヴィエーチル・ハウ・ウィンド――ストレクション』」
チャイムの杖先に風で編まれた無数の刃が生成され、連続して射出される。それらの刃は一直線に突き進んで、続けて暴れ熊アングにヒットした。
暴れ熊アングのHPバーが削られ、怒りの咆哮が森に響き渡る。
ビリビリと大気を振動させるその音に、ミルクとレンは意識を取り戻す。
「あれ……? どこ、ここ」
「あぁぁっ、ミルクちゃんそんな大胆にぃぃ――はっ! ……はぁ、なんだ夢ですか」
キョロキョロと辺りを見渡すミルクと、露骨にがっかりするレン。
「お、二人とも気がついたか。なら早く陣形を立て直そう」
アイスは二人を地面に下ろして、腰の片手半剣を引き抜ぬく。そして、暴れ熊アングに肉迫すると同時、高く跳んだ。
「――『ブレードブロウ』」
アイスが両手で構えるバスターソードが淡く輝き、剣の腹が暴れ熊アングの眉間にヒットする。バスターソードと両手剣専用の打撃スキルだ。
―――Critical!!
と、文字が浮かび、暴れ熊アングの頭上に『STUN』マークが現れた。
「よし、隙を作ったぞ。行けレンっ」
「はーい了解です、行きますよっ。――『花舞ノ技・蓮華』」
レンが刀の柄に手を掛けると、刀が鞘ごと青白い光で包まれる。
レンは柄を握りしめたまま暴れ熊アングの懐に潜り込むと、一瞬、停止する。
ミルクにはその様が、まるで時が止まったかのように思えた。
そして抜刀――、レンの刀による流麗な蓮撃が、暴れ熊アングの腹部にヒットする。
――1combo‼︎
――2combo‼︎
――3combo‼︎
――4combo‼︎
レンの刀身がヒットする度、コンボ数を示すエフェクト文字が浮き上がり、消える。
そのコンボは、――12combo‼︎と表示されるまで続いたが、そこで暴れ熊アングが咆哮し、その剛腕を振り上げ、レンに直撃する。
「きゃっ」
レンの身体がフワリと宙に浮かび、それを見たミルクは慌てる。
「ちょっ、え!?」
レベルが18まで上がったことにより、格段に上昇したスピードを使い、ミルクはレンの落下地点へ駆ける。
ミルクは無事レンの落下に間に合い、キャッチに成功したと思われた。が、そもそも体格差があり、STRに一切ポイントを振っていないミルクに、勢いのついたレンの身体を受け止めきれる筈がなかった。
「う、おおっ!?」
勢い押されるようにして、ミルクはとレンはまたゴロゴロと森林地帯を転がっていく。しかし、近くにいたアイスが転がる二人を受け止めたおかげで、事なきを得た。
「ふぅ、危なかったな二人とも」
「あ、あぁ、うん。アイスありがとう。って! それよりもれんかちゃんっ! 今の大丈夫なの!?」
「ててて……、ん? へ?」
のそりと起き上がったレンは、必死の形相を浮かべているミルクを見てきょとんとする。
そして何かに納得したように、ポンと手を打った。
「あぁ、なるほど。やだなぁ先輩、ここはゲームの世界ですよ? 確かに現実で今みたいに吹っ飛ばされたら致命傷でしょうけど、ここは現実じゃありません。今の攻撃だって、痛みに似た不快感がくるだけで、大した事ありませんし、なんなら設定でその不快感をゼロにすることもできます」
すると、ミルクもまあ何かに気づいたように、「あぁ、そっか」と呟く。
あまりに感触や光景がリアルすぎるせいで一瞬忘れていたが、ここは現実じゃないのだ。
ふっとミルクの体から力が抜ける。
――心臓に悪いゲームだな。
夏雪は心の中で苦笑する。
「まぁでも本気で心配してくれるミルクちゃんが可愛かったのでオーケーです。ミルクちゃんがいじらしくて可愛すぎです」
うへへと気味の悪い笑顔を浮かべるレンに、ミルクは一歩引いた。
このキャラを世に名高い一条院家のお嬢様が操ってるとは思いたくない。
自制できなくなったのか、今が戦闘中であることも忘れてミルクに抱きつくレン。それを見たアイスが「あっ、ずるい!」と叫ぶ。
「ねぇねぇ君たち!? ちょっとは自重しようねっ!」
そんな三人の様子をうかがっていたチャイムが呆れたような、懇願するような叫びを上げる。
その時、サッとミルク、レン、アイスの元に大きな影が落ちる。ふと見上げると、そこにそしては両腕を振り上げる暴れ熊アングがいた。
「「「あ」」」
そうして、暴れ熊アングの攻撃が、三人にクリティカルヒットしたのだった。
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