小悪魔系変態ロリコン後輩とVRMMOやることになった

VRゲームでラブコメとかありですか?
ルーシ
ルーシ

1話――キッカケは突然ということです。

公開日時: 2020年11月8日(日) 16:14
文字数:6,391





 夕刻。

 空には、どんよりとした雲が広がっていた。


 立花夏雪は、肩からずり落ちそうになった鞄を掛け直して、ゆったりと歩みを進める。


「天気予報では晴れって言ってたんだけどな……」


 視線だけを上に向けて呟いた。

 今にも抱えきれなくなった雨粒がこぼれてきそうである。


 背後から車の迫る音が聞こえ、すぐ隣を走り抜けていく。

 夏雪は、車道沿いの歩道を歩いていた。

 

 学校からの帰り道、夏雪は毎日ここを通る。

 それは今日とて何も変わりなく、学生の本分べんきょうを全うし、現在部活にも入っていない彼は、帰宅の中途にいた。


 自転車に乗った数人の少年たちが、わーわーと賑やかに騒ぎながら、夏雪を追い抜かして行く。

 その時、少年たちの会話から『ゲーム』という単語が聞こえてきた。


 ――中学生かな? 随分と楽しそうだけど、ゲームか……。


 少年たちの背後を夏雪は見送る。


 ――ゲームなんて最後にやったのいつだっけなぁ……。そういえば、去年くらいにVRバーチャル技術を搭載したゲームが発売されたとか何とかですごい話題になってたっけ。


 うろ覚えの記憶を探りつつ、夏雪は首を傾ける。

 ちょうどそれと同じ時期だったか。夏雪が娯楽などにあまり目を向けず、勉強に一心するようになったのは。

 そのせいか、世間では大きな騒ぎになった事柄でも、あまり彼の記憶には残っていなかった。


 ――ま、僕がゲームなんてものをやるとしても、大学に合格してからだろうな。


 夏雪は自分の足元に目を落とした。


 興味がないわけではないが、ひとまず今やるべきは勉強だろう。ゲームなんてものいつだってできるのだから。


 バ――ッと黒い影が夏雪の側を横切ったのはその時だった。


 ダメ――っッ! と、どこからか、そんな声が聞こえた気がした。


「っ!?」


 それは、猫だった。


 一体どこから現れたのか、黒い猫が夏雪の足元をくぐり抜け、走り去る。


 ――危ないっ!


 夏雪は焦った。


 何せ、猫が飛び出したのは、今も高速の車が行き交う車道の真ん中だったのだから。


 そして運の悪いことに、それとほぼ同じタイミングで、積み荷を乗せたトラックが迫ってきていた。


「っ!」


 ダンッと音を立て、顔をしかめながら夏雪はコンクリートを蹴る。

 黒猫を抱きすくめるのと、わずか数センチ隣をトラックが走り抜けたのは同じタイミングだった。


 うまい具合にトラックの死角に入っていたためか、当のトラックは何事もなかったかのようにその場を走り抜けた。


 ホッと夏雪は安堵するが、それもつかの間。


 ――げ……っ!


 久しく全力で身体を動かしたためか、勢い余った夏雪は自分自身に振り回されて、すぐ近くにあった電柱に頭から衝突する。


 ガンッ! と響く鈍い音。


 視界の端で星が飛び散って、意識が点滅した。


 道路上に転がって倒れ込む夏雪。

 「ニャアっ」という、怒ったような鳴き声を残して、猫が腕からすり抜けていく。


 意識が完全に飛んだ訳でなかったが、まともに身体を動かせる気がしなかった。


 ――や、ばい……、っ。これは、……どうすんだよこれ…………っ。


 朦朧とする意識。

 頭から血が流れて、視界を赤く染めた。同時、景色がかすみ始める。


 血を流しても、全く痛みを感じない。


 ――あ、割とマジでやばいかも……。


 やけにハッキリとした思考で夏雪は思った。


 次の瞬間、彼は意識を失い。思考は闇の底へと落ちていったのだった。

 


 ◯



 気付いた時、夏雪はベッドに寝かされていた。

 ふかふかで、やけに寝心地の良いベッドだった。


 ――これ、絶対高いやつだ……。


 意識を戻して最初に思ったことがそれだった。


 ――これ、もしかして天蓋付きベッドってやつ?


 次にそう思った。

 視線の先に、やけに豪奢な装飾の付いた覆いがあったのだ。まるで中世西洋の王宮にでも備え付けられてそうだ。


 ――で、なんで僕はこんなとこに寝かされてるんだ?


 何より先に考えるべきだった疑問に行き着いて、夏雪は身体を起こそうとする。


「……ん、ん?」


 ギシッと何かに押さえつけられる感覚。


「……は?」


 かすれた声が口から漏れる。


 夏雪は、この豪華なベッドに、何故かホームセンターで売っていそうな安っぽいロープでグルグル巻きで固定されていた。


「は!? ……え? いや、いやいやいや」


 思考がまとまらない。

 まさに意味不明だ。


 ――なんだっ、一体なにが起こった? 


 一旦落ち着いて、夏雪は意識を失う前の記憶を呼び戻す。


 ――確か僕は、学校から家に帰る途中で、車に轢かれそうになった猫を助けて、でも、その時に電柱に頭をぶつけたんだっけ……。それで、それからは、えーっと……。


 ダメだ。この珍妙過ぎる状況と結びつく気がしない。


 しかし、夏雪は治療されていた。

 頭には、包帯のようなものが巻かれていた。

 服装は学生服のまま。

 あれからそれほど時間は経っていないと考えて良さそうだ。


「――あ、目を覚ましたんですね。よかったです」


 ビクッと夏雪は身体を震わせる。


「え、えーと、どちら様ですか……?」


 声の聞こえた方へ顔を向けると、部屋の入り口に、一人の少女が立っていた。

 薄い色の髪を肩のあたりで切り揃えた、目の覚めるように可愛い子だった。

 俗に言う美少女。

 小柄な体型と、太陽の光を浴びたことのないような白い肌。

 しかし、それよりも夏雪は、彼女が同じ学校の制服を着ていることが気になった。

 

「やっと落ち着いて話すことができますねっ」


 少女は弾むように歩み寄って、夏雪が固定されるベッドの端に腰かけた。その顔は、とても楽しそうだ。


「あの、どこかで会いましたっけ?」


 「どこが落ち着く状況だ!」という突っ込みを呑み込んで、夏雪は言った。


「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。私は、白鷺学園高等部一年生の一条院いちじょういんれんかです」


 ――一年って、後輩かよ……。ん? 一条院……?


 一条院。聞き覚えのある名前だ。

 しかし、このような美少女との面識は覚えがない。


 そのあと数秒ほど考え込んで、夏雪はハッと思い出す。


「一条院って、まさか……」


 震えた声の夏雪。


「はい、多分夏雪先輩が思ってる通りだと思いますよ?」


 ベッドの端に座るれんかが、からかうように微笑んだ。


 一条院グループ。

 戦前より日本に存在し、戦後から飛躍的な勢いでその規模を拡大させた総合企業グループだ。現在の日本に与える影響は生半可ではない。

 日常の生活にあっても、テレビのCMや、スーパーで買う食品、日用品などに何度も『一条院』の名前を目にする。


 思えば、一条院家のお嬢様が、同じ学園高等部の一年にいるという噂は何度も聞いたことがあった。


 が、しかし、だからと言ってそれがこの奇怪な現状の説明にはならない。


「そ、それで、どうして僕が、こんなことになってるんですか……」


 後輩と知ってなお、一条院家のお嬢様と知って、夏雪はほとんど無意識に蓮香に敬語を使っていた。

 まさに彼女と自分では、暮らす世界、生きる次元が違うのだ。

 

「だから別に畏まらなくてもいいですよ? 確かに私はすごいとこのお嬢様ですけど、その前に夏雪先輩の後輩です」


「はぁ、まぁそれなら僕もそっちの方がいいんだけど……」


 流石に歳下の少女に敬語を使うのには抵抗があったので、夏雪は気を抜いて、改めてれんかを見た。


 気になるのは、まるで彼女が以前から夏雪のことを知っていたような言い方をしていること。


 しかし――、


「君って、今までに僕と会ったことはないよね?」


「はい、ないですよ? 私が一方的に気にしていただけです」


 ますます意味不明である。

 

 ――なんで僕がこんな子に……。


 とまぁ、各々の疑問は置いといて、最も気になることを夏雪は訊ねる。


 というより、これを最初に訊くべきだった。


「あの、一つ訊いていいかな?」


「なんですか?」


「なんで僕は縛られてるの?」


「あ、それは、逃げられたら困るので」


「……は?」


「あ、間違えました。先輩は今の所安静にしないとダメなので。兄さんにそう言われているのです」


 ――なんか、すごい不穏な返答が返ってきた気がしたけど、気のせいだよな……,。


 気のせいではない。

 分かっていたが、敢えて夏雪は聞き流した。


「兄さんって?」


「はい、私の兄って、医師免許持ってるんです。さっきまで先輩のこと見てもらってたんですよ?」


「あぁ、じゃあやっぱり僕を助けてくれたのは君ってことか」


「はい、ほんとにもうびっくりしました。まさに私たちがあの場所を通ったのは、神がかってましたね。運命と言っても過言じゃありませんっ」


「そうなのか……。ありがとう、助かったよ。本当に」


 夏雪は頭を下げようとしたが、仰向けのまま縛られているため、それは叶わなかった。


「…………」


 ベッドにロープでグルグル巻きにされたまま学校の後輩と会話する。

 中々にシュールな光景である。


 ――ほんと何なんだよこの状況……。


「いえいえ、困った時はお互い様です。と、いう訳で、私から一つお願いがあるのですが」


 ピョイッとれんかがベッドから降りて、夏雪の顔を覗き込む。この上なく楽しそうで、嬉しそうな表情。

 それはまるで、新しいオモチャを買ってもらった時の子供のようだ。


 年下の可愛らしい女の子の顔が間近に迫って、夏雪の胸は跳ね上がる。

 ドクドクと震える心臓を抑えることも出来ずに、夏雪はただドギマギするしかなかった。顔が熱い。


「なっ、い、いきなりなに……?」


「つまりですね。私は先輩からお礼が欲しいんです」


「お礼?」


「はい、お礼です」


「まぁ、別に、危ないところを助けてもらった訳だし、大抵のことなら……」


「ほんとですかっ?」


 パッと顔を輝かせ、れんかがずいっと鼻先を寄せてくる。

 間数センチしかない距離感。


「ちょっ、近……っ!」


「それでは夏雪先輩、私と一緒にゲームしてくれませんかっ」


「…………は? え、ゲーム?」


「はいっ、ゲームですっ。知ってますか? FW――Fantastic Worldって」


「なんだそれ」


「VRMMORPG。バーチャルゲームですっ」


「……」


「知りませんか?」


「いや、知ってることは知ってる。……でも、僕にはそんなことやってる時間はない。……悪いけど、他を当たってほしい」


 敢えて突き放すように夏雪は言った。

 

「えーっ! なんでですか!」


 心底驚いた顔のれんか。まさか断られるとは考えてもなかったようだ。


「すっっごく面白いんですよっ?」


「そうかもしれないけど、僕には関係ないことだよ。第一なんで僕なんだよ。友達とかいないの?」


「し、失礼なっ、友達くらいいます!」


「じゃあその友達でも誘ったらいいだろ。なんでわざわざ知り合いですらない僕にそんなことを頼むの」


「だって、先輩じゃなきゃダメなんです」


 相変わらず意味不明だ。

 夏雪は何かを言い返そうとしたが、れんかの真剣極まりない瞳を見て、口をつぐんだ。


「VRゲームはただのゲームじゃありません。完全没入フルダイブなんです。VRの世界は、現実《リアル》とほとんど変わりないです。むしろ、リアルよりずっとずっとすごい所ですよ。

 『セカンドリアル』には、夢があります」


 そう語るれんかの口調からは、『それが好きで堪らない』という想いが、無邪気にあふれて出ていた。


「だからVRゲームでは、プレイヤースキルがすっごく大事なんです。例えば、現実で運動神経のいい人はVR世界でも上手く動ける場合が多いです。もちろん、その逆もあったりするんですけど。

 あ、ちなみに私はどっちもダメなタイプです」


 少し恥ずかしそうに、れんかはそう付け足した。


「だから夏雪先輩にやってほしいですっ。きっと先輩ならアレを上手く扱ってくれます。

 実はずっと前から気になってたんですよ、夏雪先輩のこと。今日のことだって、すごかったです。あんな場面で咄嗟に動いて、猫を助けられるなんて誰にでもできることじゃないと思います」


「まぁその後、電柱に頭ぶつけたんだけど」


「そこはご愛嬌ですね」


 ――愛嬌なのか……。


「というか、どの道そんなこと言われても無理だよ。運動神経って、……もしかしたらサッカーのこと言ってるのかもしれないけど。今はもうやってないし」


 夏雪は以前サッカーをやっていたことがあり、それで少し有名だった時期がある。

 れんかは、そこで夏雪を知ったのだろうか。


 が、もしそうなのだとしたら、それは期待はずれだ。


「えーっ、ずるいですよっ。私のお願い聞いてくれるって言ったのに!」


 れんかは頰を膨らませる。


 少し申し訳なく思いながらも、夏雪は顔色を変えなかった。


「なんでも聞くとは言ってない」


「卑怯です!」


 「うーっ」と唸って、タンタンと床を鳴らすれんか。


「なんとでも言ってくれ」


 勉強が大事なこの時期に、そのような遊びにかまけるくらいなら、この後輩に嫌われてもいいと夏雪は思った。

 そもそも、夏雪はれんかと何の関わりもなかったのだから。


「むぅ……、でも先輩。今の自分の状況って分かってますか?」


 少し拗ねたような声を出すれんか。


「え?」


 そこで夏雪は、ほとんど身動きの取れない自分を再度認識した。


「もういいです分かりました。先輩が私とゲームするって言うまで、ここから出して上げませんから」


「はっ? なっ、それはおかしいだろ!」


 ギシギシとロープを鳴らすが、全くほどける気配がない。

 急に必死な顔を見せた夏雪に、れんかは「ふふっ」といたずらっぽく笑った。


「さぁどうします?」


「断る! 普通に犯罪だろこれ!」


「そんなの知りません。約束破った先輩が悪いんですー」


 ふいっとそっぽを向くれんか。


 ――まさかこいつ、これを予測して僕を縛ったのか……っ。


 恐ろしいことだ。

 夏雪は一度落ち着いて、息を整えた。


「ちょ、ちょっと一条院さん? いい? よく考えて」


 子供に言い聞かせるように言う。


「なんです?」


「まず僕はゲームなんてまともにやったことない」


「私が教えるので問題ないです」


「僕なんかと一緒にやっても楽しくない」


「そんなのやってみないと誰にも分からないです」


「あと、僕に圧倒的にやる気がない」


「一回やってみれば絶対にハマりますよ!」


「…………」


「ねーっ、いいじゃないですかっ。やりましょうよー、コネクターなんかは全部私が持っているものを貸しますのでっ。

 先輩がアレを使ったら絶対FWのトッププレイヤーになれますよ。

 先輩が私に助けられたのは、運命だったんです!」


 ゆっさゆっさと夏雪の身体を揺さぶるれんか。

 ロープで固定される夏雪には、抵抗する術がない。


「ちょっ、酔うからやめてっ……ていうかおい! 僕って安静にしてなきゃダメなんじゃなかったのか!」


「あ、そうでした。……すみません」


 思わず怒鳴った夏雪に、しゅんと小さくなるれんか。

 親猫にしかられた子猫のようであった。


 小さくなるれんかに、夏雪はしょうがないという気持ちになった。


「…………。じゃあ君は、僕が一緒にゲームをやってくれたらそれだけでいいの?」


「いいんですかっ?」


 ガバッと顔を上げて、顔を輝かせるれんか。


「まぁ、うん。……とりあえず一回だけなら。

 言っとくけど、僕はホントにゲームなんてまともにやったことはないから」


「わーっ! 夏雪先輩っ、ありがとうございますっ。あっ、もう今の取り消しませんからね。ちゃんと聞きましたから」


 そんな嬉しそうな顔を見せられては、断るものも断れまい。

 危ないところを救われたのは事実であるし、可愛い後輩のためなら少しくらい骨を折ってもいいと夏雪は思えた。

 ほんの少し付き合いだけなら、勉強に支障も出ないだろう。


 と、ひとまずはそんなところで締めくくっておこう。

 

 そして夏雪は、この瞬間における最重要超優先事項を処理するために、落ち着いて口を開く。


「――あのさ、一条院さん」


「はいっ、なんですかっ? あっ、私のことはれんかって呼んでくださいっ」


「じゃあ、れんかちゃん。話はまとまった訳だしロープほどいてくれないかな」


「はーいっ、了解ですっ」


 聞くからにご機嫌な声で、れんかはロープに手をかける。


「……むっ、結構かたいですね、これ。ここのとこ、中々……あれ?」


「できれば早くしてください。……トイレに行きたいんで」


「……」


「…………」


「ハサミ持ってきますね」


「うん、お願い」

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