「銀狼?」
「はい、銀狼、ミルクちゃんの種族名です」
「銀狼、か……」
夏雪は自分の犬耳、もとい狼耳を触りながら呟く。
どうやらこの耳、自らの意思で動かせるようだ。不思議な感覚である。
試しにピコピコと耳を揺らしてみると、鼻先にエサを吊るされた獣ような瞳で、れんかがその動きに釘付けになったので、夏雪は引きつった表情で一歩後ずさる。
「そ、それで? 僕はこれからどうしたらいいの」
「あ、はいっ。先輩には操作方法を覚えてもらいます。そのキャラは、元々私が使ってた奴なのでチュートリアルとかをもう受けられないんです。だから、私がしっかり教えますね」
「操作方法って、普通に動かせるけど?」
腕を回したり腰をひねったりする夏雪。そんな何気ない仕草にも、れんかが「ミルクちゃんかわいい……うへへ」と反応する。
夏雪は世界有数とも言える一条院家のお嬢様に対して、内心とはいえ「こいつやばいな……」と思った。
「こほん。まぁ、確かに身体を動かすことは問題ありません。現実とおんなじですから」
「じゃあなに?」
「それはもちろん、メニューや施設の使い方とか、スキルとか魔法の発動方法ですね。ではではっ、システム操作の基本を教えますので、草原に向かいましょうっ」
◯
「――『ソニックアタック』」
夏雪の音声が《ワールドシステム》に認識、認証され、『攻撃スキル―ソニックアタック』が発動する。
短剣を握る夏雪の脚が青い輝きを放ち、加速した。
標的は『モンスター――ブルーバル』。コロコロと緑の草原を転がる、緑色の丸い生き物だ。
一筋の光と化した夏雪は走り抜け、短剣の切っ先がルーバルを貫く。
パァンと風船でも割れるような音を立てて、ブルーバルは爆散。パラパラとポリゴンの欠片が散って、夏雪の前に半透明のウィンドウが現れた。
―――EXP:3
―――drop item:『ブルーバルの核』
と、それだけ表示されて、すぐにウィンドウは閉じられる。
「おぉおおおっ、すごいですよ! やっぱり思った通りですっ! ミルクちゃん〜っ!」
ダダッと遠くかられんかが駆け寄ってくる。
夏雪はすぐさまそれから逃げ出そうと身構えるが、その前にステンとれんかがこけた。
「ぶっ!」
「何やってるんだよ……」
草原に張り付くようにして転んだれんかを、夏雪が呆れながら起こしてやる。
れんかを起こす際に、パラパラと草の欠片が散ったことに夏雪は驚く。
――本当に現実と変わらないな。
「てて……、ありがとうございますミルク」
「あのさ、そのミルクって呼ぶのやめてくれない?」
「えー、かわいいのにー……」
「可愛いのが問題なの」
「えへへ、ありがとうございます」
「褒めてないからね?」
いやいやと手を振る夏雪。頭に手をやって照れるれんか。
夏雪はふっと吐息をこぼした。
自分の身体を見下ろすが、そこにあるのは紛うことなき女の子。
確かに可愛いことは認めるが、それが自分自身となると、何かが違う気がする。というか絶対に違う。
「まぁそれは置いておいて、先輩っ。どうでしたか?」
「なにが?」
「感想ですよ感想っ! モンスター初討伐の感想はどうですっ? 初めてとは思えないくらい鮮やかで決まってましたよ!」
グッと親指を立てるれんか。
夏雪はポリポリと頰を掻きながら、少し恥ずかしそうに顔を逸らす。
「……まぁ、正直少し楽しかった……うん」
「〜〜っ! ツンデレですか? ツンデレですかミルクたん! ついにデレたんですか! デレるのは私だけですかっ?」
「何言ってるんだよ……」
とても嬉しそうな顔でクネクネと身をよじっている変態男(中身はお嬢様)を前にして、夏雪は深く息を吐く。
「それにしてもこの身体はすごいな。こんな華奢なのに、理想以上の動き方をしてくれる」
夏雪は軽くピョンピョン飛び跳ねてから、肩を回し、指の間に挟んだ短剣をクルクルと操った。
片目を閉じて、視線の先に先程と同じモンスター『ブルーバル』を捉える。射程範囲だ。
「よっ、と」
肩から肘、指先にかけてと、しなやかな力の流れが短剣に伝わって、射出される。
――投擲。
投げナイフの要領で飛ばされた短剣は、クルクルと流麗に縦回転しながら、少し離れた位置で転がっていたブルーバルの眉間に突き刺さった。
「あ、当たった」
「当てたんですか!?」
―――critical!!
そんな表示が、ブルーバルの頭上に浮かんだかと思うと、先と同じく爆散してキラキラとポリゴンを散らした。
―――EXP:4
―――Drop Item:『ブルーバルの皮』
そしてウィンドウが閉じる――と思いきや、
「……ん?」
―――LvUp!! Lv3→Lv4
―――Congratulations!!
「パッパラーっ!」と明るいBGMがその場に響き渡る。
「お、なんかレベルが上がったみたい」
「す、すごいですね。そのキャラでそんな芸当ができるのは、ホントにすごいです」
「そんなにすごいの?」
「ええっ、性能の良いキャラが扱いやすかったら公平じゃありませんからね。だからこそ私は先輩にこれをやって欲しかったわけですが。
正直言って予想以上です! 普通、始めて一時間も経たずにここまでできませんよ! さすがっ私のミルクちゃんですー!」
ガバッとれんかが夏雪を抱きしめようとするが、夏雪はひらりと抱擁を躱す。
空を掴んで、顔面から草原と出会いを果たしたれんか。
顔を抑えて「うぅぅ……っ」と唸ってから、れんかはガバッと起き上がる。
「痛いですよ!」
「僕は何もしてないだろ」
「そうですけど、うーっ。ちょっとぐらいドジしてくれる方が、属性的にもいいと思うんです。ツンデレドジっ子でちょっと恥ずかしがり屋さんとか! 恥ずかしがり屋さんとか! 私の大好物ですっ! うへへ……」
「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」
「でも既にケモ耳もついてますからね、流石にちょっと盛り過ぎかもしれません。うー、難しいところですね。先輩はどう思います?」
「明日も晴れますかね?」
そんな、まるで天気のことでも聞くような軽い調子で、れんかは夏雪に問いかけた。
「うん、だから何言ってるのか分かりません」
「え? じゃあもう一回説明しますけど」
「や、やっぱりもういいよ。れんかちゃんの
気持ちはよくわかったから、うん」
「あ、先輩。名前のことなんですけど」
何かを思い出したようにれんかは言った。
「この世界では、私のことは『れんか』じゃなくて、『レン』って呼んでください。それがここでの『私』です。
私も先輩のことは、絶対に本名では呼びませんので。まぁ、使ったとしても『先輩』がギリギリですかね」
「えー、つまり、レンちゃんって呼べばいいの?」
「いや、流石にそれは違和感があるので」
――確かにそうだな。
それを言えば、この姿で、れんかが夏雪を『先輩』と呼ぶのも違和感があるが。
「だから普通に『レン』って呼び捨ててください。別に本名にも付けなくてもいいんですけど」
「まぁそういうことなら、分かったよレン」
「はいっ、よろしくですミルク」
「だからミルクはやめてくれ……」
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