身の毛もよだつような数の蟲系モンスターが、うじゃうじゃと行進してくる。
そんな蟲たちを先導しているのは、一人の女性だった。
堅牢そうな鎧に身を包み、綺麗な白髪をした女性だ。
「ひゃ、ひゃぁぁぁああ、あぁっ、そこの君っ、助けてくれないか!?」
「ちょ、ちょっと待った!」
流石の夏雪も、この蟲の集団は遠慮したかった。
怖いとか戦う以前に気持ちが悪い。虫嫌いの人が見れば、軽くトラウマものだ。
「お願いだっ!」
必死の顔で夏雪に言う女性。
「ごめんなさい無理です」
夏雪は即答すると、踵を返してスタートダッシュを切ろうとする。
が、逃げられると踏んだのか白髪の女性が決死のダイブで夏雪を捕獲する。
ガシッと腰にしがみつかれた。
STR(筋力)が初期値以下の夏雪に、振りほどけるはずもない。
「あっ! ちょっと、何やってるの!」
「後生だっ、全部どうにかしてくれ!」
「丸投げ!? わぁぁっ! めっちゃ来てる!」
もはや蟲の波と表現しても良さそうだった。
このままでは、あと十数秒で呑み込まれる。
「一体なにやったんですか!」
「よく分からんが、ある蟲モンスターと戦闘した時、蟲を引きつける効果のある液体をかけられてしまったらしい」
よくよく注意すると、確かに彼女の身体は何かの液体でベットリと濡れていた。
「ってえぇっ、僕にも付いてるんだけどっ!?」
もうこうなっては仕方がない。
夏雪は腰の短剣を抜くと、蟲の大群に立ち向かった。
「うおぉぉぉおおお!」
◯
「やっぱり無理があった」
いくら才能があろうとも、低レベルかつ初心者の夏雪の敵う数ではなかった。
鎧をストレージにしまって身軽になった女性を背負って、現在夏雪を森の中を駆け巡っている。もちろん背後には蟲の大群だ。
非常にデジャヴを感じる光景である。
というかさっきも同じことをした。
今度は背負うのが女性であり、背後の蟲たちもそこまで速くないので、いくらかマシであるが。
「おぉ、すごいな君は。とても器用だ」
「それはどうも!」
「それに……とても、可愛い」
「あ、あの、ちょっと髪触らないでくれます?」
背中に乗った女性が、サラサラと夏雪の銀髪をサラサラと撫で回す。
「うむ、本当に可愛いぞ。ここまで可愛らしいアバターを作れるということは、現実(リアル)でも相当な美人なのだろうな」
――ん? どういうことだ。
首をひねる夏雪。
「おっとすまない。リアルの話をするのはマナー違反だったな。忘れてくれ」
なおもサラサラと髪の毛を撫で回す女性。
「あの、いやだから、髪を触らないで……」
「すまない、つい勝手に手が動いてしまうんだ」
結局、蟲の大群を振り切って落ち着くまで、夏雪は髪を触られ続けた。
◯
ひたすら逃げ続け森エリアを抜けて、広い草原がうかがえる所にたどり着くと、蟲たちは追ってこなくなった。
そこで落ち着くことができたので、二人はようやくまともな会話を交わす。
「申し遅れたな。私はアイス。種族は人間、職は騎士だ。よろしく頼む」
「えーと、僕は……なつ、えー、み、ミルクです。職業は冒険者です」
名前を言うのは躊躇われたが、どうせ頭の上を見られたら分かるのだから、素直に答える。
種族に関しては、事前にれんかに言われていた通りに伏せる。
もし言わざるを得ない状況なら『狼族』と答えるように忠告されていたが、わざわざ嘘をつくこともないだろう。
「冒険者か。もしかしてミルクは初心者なのか?」
ミルクと呼ばれた際、夏雪の顔が引きつったが、なんとか堪えた。
「え、えぇ、そうです」
「それはすごいな。初心者であそこまでの動きができるとは。てっきり練達かと思ったぞ」
感心したようなアイス。
「それにしても、本当に助かった。私は虫が大嫌いなのだ。それこそ、男の次くらいにな」
「…………え? えーと、アイスさんは男の人が嫌いなんですか?」
「あぁ、嫌いだ。少し訳ありでな。男など触れたくもない」
――いやいや僕男なんだけど……。
吐き捨てるようにそう言ったアイスに、夏雪の心臓はドキドキと震える。
「えー、でも、この世界って、見た目と中身の性別が逆転してることも結構あると思うんですけど?」
「あぁ、確かにそう言った輩もいる。だが私にはな、いくら見た目が女であろうと、中身が別姓であればすぐ分かるのだ。だから、そう言う輩と関わる気は無い」
――いやだから僕、男!
「逆に中身が女性であれば、不思議と平気だ。どうだ、すごくないか? 私は見た目に関係なく中身の性別を当てることができるのだ」
誇らしげなアイス。
「へ、へぇ……」
「どうしたミルク、変な顔をして。どこか痒いのか?」
――こ、これは、ホントのことを言った方がいいのかな。
「いやしかし、あの場で出会ったのがミルクのような可愛らしい女性でよかった。もしあれが男であったならば、誤って殴り飛ばしていたかもしれん」
あっはっはっと笑うアイス。夏雪は笑えない。
結局、夏雪は自分が男だと言い出せなかった。
「そうだミルク。これも何かの縁だ。ちゃんとお礼もしたいし、私と『フレンド』になってくれないか?」
「え、『フレンド』?」
「なんだ知らないのか。フレンド登録をすれば、互いがどこに居てもメッセージを飛ばすこともできるのだ。そして許可さえすれば、互いの位置も把握できる」
――あっ、そういえば。
そこで夏雪は、自分がれんかとフレンド登録していたことを思い出す。
「もしかして……」
夏雪はメニューシステムを開くと、案の定そこにはれんかからのメッセージが届いていた。
思い返せば、森を探索中に「ポーンっ」という音が何度か聞こえたが、あれはメッセージが届いたサインだったのだろう。
「どうかしたか?」
「あ、いえ、知り合いからメッセージがきてたのに気付いてなくて」
「そうか。もしかしてこれから合流するのか」
「そうだと思います」
「では私は邪魔になるな。だが別れる前にフレンドの登録をお願いしてもいいか?」
「えーと、はい、大丈夫ですよ」
断ることもできず、夏雪は頷いたのだった。
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