二人の人物がいた。
一人は、小柄な少女。
銀色の長い髪をなびかせており、頭の横から飛び出した犬のような獣耳がとても愛らしい。
もう一人は、長身の青年。
少し長めの黒髪を後ろに流し、細い瞳から温和な印象が受け取れる。
そんな二人は今、絶賛ピンチの真っ只中であった。
鬱蒼とした木々が広がるここは、『フェアリスの森』という場所である。
「グオォォォォォォァ!!!!」
ビリビリと怒りの咆哮が空気を震わす。
『暴れ熊アング』が、吠えたのだ。
「ちょっ、やばいってうしろ! どうするんだよ!」
「もう少し早く走れないんですか?」
「これで限界!!」
全長が有に四メートルを超えそうな暴れ熊アングから、二人は逃げ惑っている最中である。
そう、それこそが、彼らを襲うピンチの正体であった。
余裕のない焦った声と、のんびりと危機感のない声が、怒り獣の咆哮に混じって飛び交う。
「むぅ、俊さの頂点に輝く銀狼ともあろうものがこれでは情けないですよ!」
「君が背中に乗ってるから遅いの! ていうか、そろそろ体力が限界なんだけど……っ」
「そんなこと気にしちゃだめです。私が何のために先輩を選んだと思ってるんですか」
「何のためだ!」
「それは、私がこのゲームを精一杯楽しむためです!」
自信満々に言い切った。
顔を見なくても、ドヤ顔をしているのが分かった。
「理由が自己中心的すぎる! 知ってたけど!」
「あっ、そういえば、言い忘れてましたけどミルクちゃん」
思い出した口調。
ミルクと呼ばれた彼の口の端がひきつる。
「だからその名前で呼ばないで……」
切実そうで痛ましい、願うような声だった。
「じゃあミルク先輩? あ、ミルクさんですか」
「敬称の問題じゃないから、むしろなんか酷くなってるから」
「えー? 中々見た目にピッタリで可愛い名前だと思うんですけど。ミルクって、私は好きですよ?」
「そりゃ君が付けた名前だからね!!」
「えへへ」
「褒めてないんだけど!?」
「あっ! いや、そうじゃなくて。この先、たしか崖だったと思うんです」
「は?」
ハッ――と、正面に意識を戻した時にはもう遅い。
「――!?」
あわてて急制動をかけるが、人ひとり背負ってなお、暴れ熊から何とか距離を保つほどのスピードに乗っていた二人の身体は、前方へ投げ出される。
断崖から飛び出す二人。
鬱蒼と周囲を覆っていた木々がパッと開いて、爽快な青空が視界いっぱいに広がった。
――あぁ、すごいきれいだ。
その光景に、図らずも彼はそう思った。
「――――」
が、ふわり宙を舞う二人。
暴れ熊アングが、断崖の端から二人を憎々しげに睨みつける。
彼――銀狼ことミルク、またの名を立花夏雪は、ピョコリと飛び出た愛らしい犬のような耳が目立つ小柄な少女の姿似合わぬ口調で叫んだ。
「分かってたならもっと早く言って!!」
「ごめんなさい、です。ついうっかり」
テヘと、ワザとらしく舌を出す長身の青年の姿。
整った顔立ちと、細長いタレ目が柔和な雰囲気を与えるが、この時に限っては鬱陶しさとイラつきしか感じられない。
むしろその温和そうな顔立ちが、ある意味ウザさに拍車をかけていた。
「ふざけんよお前ぇええ……ぇぇぇ……っ、ぇぇ……っっ、ぇ……っ、!!」
夏雪のソプラノボイスは、宙に長い長い尾を引いて、地面へと落下していったのだった。
もちろん、いつの間にか清々しい顔つきで落下を受け入れていた青年と一緒に。
ここはVRという技術の元に生まれたゲームの世界――『Fantastic World』通称FWの中である。
また、時としてこの如くのVR仮想世界はこう呼ばれる。
――第二の現実と。
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