キャプテン・ユニバースの出立

少年が、宇宙での冒険を経て青年になる物語
南雲麗
南雲麗

最終話 キャプテン・ユニバースの出立

公開日時: 2020年10月12日(月) 10:48
文字数:4,035

 あの戦いから、二年が過ぎた。僕たちはスルギオカ銀河の辺境も辺境、ミシャキュボ星域にいた。実際にはさらにその外周にある二重惑星の小さい方、惑星イケンディラが僕たちの拠点だった。


「……そこっ!」


 透き通った、低く長い音と共に放たれた模擬弾が、鋼の葉っぱに穴を空ける。それが三つ続いたあと、高い声が僕の耳を叩いた。


「合格ね。この二、良く頑張ったと思うわ」


 声の主は、きれいな金髪を結い上げた女性。その髪は出会った時よりもさらに伸び、青色の空によく映えた。そんなリラさんの声を合図に、僕は銃をおろした。駆け寄って目の前に立つと、彼女は僕を見上げて軽く笑った。


「すっかり、逆になっちゃいましたね」

「それだけ貴方が育ち盛りなんですよ。あとは、栄養状態や生活環境の変化によるものもあるかと」


 昔は見上げていたのにと、僕は軽くこぼす。華奢で弱く、孤児院の物置で泣いていた僕は、もうどこにもいなくなっていた。


 ***


 僕がクォーツ氏を撃ち、ドラムさんに回収されてヅヌマシャインを去ってからも、色々なことがあった。近くの星まで脱出し、闇のルートと闇の資金で中古の船を購入。キャプテンの指示で辺境の星イケンディラまで行くことになった。


 そのさなか、ついにキャプテンは限界を迎えてしまった。彼は最期に、僕にハッキリと打ち明けてくれた。


「最期ぐらいは、きちんと言ってやらんとな……。ユニ、お前は俺の子だ。種だのなんだの、ぼかして悪かった」


 キャプテン・ヴァルマが、僕の父親だった。その親身さから想像はついていても、相手がぬいぐるみだったこともあって実感は少ない。ただ、言いたいこと、言わなければならないことはあった。


「助けてくれて、ありがとう。……お父さん」

「いんだよ。……ありがとな」


 それきりぬいぐるみは、なにも言わなかった。ただのティギーに、戻ってしまった。でも最後の言葉の瞬間、ぬいぐるみの向こうに髭面の男が見えた。不器用にはにかみ、微笑んでいた気がした。


 少し経ってからみんなにそれを打ち明けた時、クロガネさんはポツリとこう言った。


「その髭面、多分キャプテンだわ。拝めて良かったな」


 僕はうなずき、それきり誰もなにも喋ろうとはしなかった。僕でも、理解できてしまった。この一団は、あの人がいたからこそ。この一団だったのだ。

 それでも、キャプテンの指示だけは絶対だった。しばらくの間宇宙を航海して、ようやくイケンディラへ到着した。メンバーは、僕も含めて四人になっていた。


「ガシャさんも、連れて来たかったな……」

「動かねえんじゃ、どうしようもねえ。『医者』に会いに行くにも、状況が悪すぎらぁ」

「復活したら、最初にあの星へ行きましょう」


 そんなことを話しながらすべてが金属の星へと下りた。昨日のことだったようにも思える。

 この星は二重惑星の中でも一際小さいそうで、「幻の星」とも呼ばれているという。隠れ家に最適だと、キャプテンが胸を張っていた。いや、張れないけど。


 ともあれこの星を隠れ家にして、過酷な鍛錬が始まった。


「オラ、徒手空拳もできなきゃ、いざという時におっ死ぬぞ!」

「むうう!」

「振りがでけえ!」


 クロガネさんは本気の組手で僕を殴る。


「がんばレ。サーキットトレーニング、あと三セットだヨ」

「あああああ!」


 元の姿に戻ったドラムさんからは、キッツいトレーニングが課せられた。


「あの時は運が良かっただけですので、射撃を覚えましょう。あと、武器の扱いや戦術の訓練も……」

「ひえええ……」


 そしてリラさんもまさかの鬼教師。座学は別の意味でしんどく、夕食を終えても続けられた。


 ただし、夜は寝かせてくれた。朝も異常な時間に起こされることはなかった。みんなでやる作業を、僕にだけ押し付けるようなこともなかった。キツくても、必要なことだけを言われていると実感できた。


「おはようございます」

「おやすみなさい」


 僕は毎日、ぬいぐるみに挨拶した。それは祈りにも似た行動だった。心が折れそうな日は抱いて寝ることもした。誰も咎めなかったし、それだけで朝には回復できた。


 しばらくすると、クロガネさんが離脱を宣言した。僕にはとても止められない剣幕だった。いつの間にか小型の船を作っていて、「俺も宇宙で旗揚げする」と言い出したのだ。たしかに、この星はすべてが金属で構築されている。しかし宇宙船の自作は想定外だった。


「どうするのよ」

「近くの星へ行って、旗揚げする。一人前になる頃に、また会おうじゃねえか」

「……さっさと負けてくたばりなさい!」


 リラさんが矢面に立ち、数日間に渡る口喧嘩が繰り広げられた。だが、それでもクロガネさんを止めることはかなわず、彼は宇宙へと巣立っていった。その夜、僕はリラさんに声をかけられなかったことをよく覚えている。


「まあ、そんなものですヨ」


 ドラムさんはこう言って、僕を慰めてくれた。あの二人の関係は、正直僕にはよくわからない。でも、リラさんを連れていくと覚悟を決めた。僕の傍らに置き、クロガネさんに引き合わせるのだ。まあ翌朝にはすっかり立ち直っていて、その後は組手も含めてさらに厳しく鍛えられた。


 ***


 結局、この二年間はひたすら鍛錬漬けだった。へばっても泣いても、許されなかった。時には新しい傷も増えた。だけど、みんなが僕を見てくれた。温かかった。


「さあ、いよいよです」


 リラさんが言う。そう。あらかじめマニガータさんから宣言されていた期日が今日だった。キャプテンはいなくなったが、一味の指名手配はまだ解けていない。つまり旅立ち、逃げる必要があった。


「まずは船へ」


 僕たちが乗ってきた旧型船は、数日前にこの星の湖へと沈められた。湖を構成する鉱物と生物の作用によって、新品同然へと補修されるのだという。


「万一この星が見つかったら、資源惑星として狙い撃ちでしょうね。キャプテンのツテには感謝しなければなりません」

「ですね。星域の長は、僕たちにも良くしてくれました」


 鋼で構成された森を、ゆっくりと歩く。ドラムさんが切り開いた森は、僕たちに害を及ぼすことはない。これでも最初の頃は、尖った葉っぱでいつも傷を作っていた。

 少し歩くと、湖が見えた。鉛色の湖は最初こそ気味が悪かったが、今ではすっかり慣れてしまった。


「うん、外装もバッチリね」

「内装もきっちり仕上げましタ」


 湖に鎮座するのは、父のそれよりも二周りは小さくなった宇宙船。ドラムさん曰く、父の船ではなく僕の船として内装を作ったのだという。


「キャプテン、乗ってください」


 リラさんが道を開け、僕を船に導く。これは儀式だと、僕は悟った。リラさんはあくまで配下である。今日まではキャプテンの指示で僕を鍛えていたけど。僕がキャプテンの子である以上。彼女が僕を認めた以上。


「わかった」


 うなずいて、船へと渡る。これがキャプテン交代の宣言。今日からは僕がキャプテンで、リラさんはクルーなのだ。生命を背負う重みが、わかっていてものしかかる。一瞬、うつむきかける。


「私もいるヨ」


 ドラムさんが、横についてくれた。そうだった。僕一人で、全部抱える必要はない。もう一度顔を上げ、最初の一歩を踏み入れた。


「わあ……」


 そこはまるで、異世界のようだった。感嘆の声を漏らしながら、急ぎ足でブリッジへ歩を進める。大きくなった僕でも、十分な高さがあった。ボタンを押してドアを開ければ、キャプテンの船と同じ光景が広がっていた。


「最高傑作でス。全力デ、似せましたのデ」

「うん……」


 思い出す。短い間だったけど、ブリッジに四人がいて。僕は小高い席に座らされ、ぬいぐるみを抱えていた。キャプテンは時に厳しく、時に温かく僕を見守ってくれた。


「キャプテン、これを」

 

 リラさんが僕に、なにかを差し出した。見ればそれはティギーで、父の魂がこもったぬいぐるみだった。


「せっかくですから、一緒に」


 リラさんが軽くうなずく。僕はしっかりとぬいぐるみを抱えた。僕のために作られた小高い席は、もう僕を飲み込むようなことはない。それに合わせるように、二人も定位置に立った。ぬいぐるみを傍らに置く。不意に、父の言葉を思い出した。


ユニバース宇宙のユニ、か。気に入った」


 名前を告げた時の言葉だっただろうか。僕は自分の名前が嫌いだったけど、父は気に入ってくれた。そして、今から向かうのは宇宙だ。


「別に、あのキャプテンと同じ道を選ばなくたっていいんだぜ? 性格悪か……ってててて!」


 かつて、クロガネさんに問われた。


「余計な一言は置いといて、コイツの言ってることは本当よ? 海賊扱いされるし、追われるし」


 リラさんにも、覚悟を問われた。その時の答えと、二人の顔は、今もハッキリ覚えている。


「確かにそうかもしれません。でも、僕はよそ者で、この銀河をなにも知らないんです。だからあちこち見て回って、この銀河を知りたいんです。父の生きた、スルギオカ銀河を」


 二人は口を大きく開いた後、お互いに顔を見合わせた。わずかに譲り合ってから、クロガネさんが口を開いた。


「合格だ。そう言われちゃあ、止めようがねえ」


 ふふ、と声が漏れる。リラさんがこちらを見た。慌てて顔を引き締め、宣言する。


「リラさん、ドラムさん」

「はい」

「はイ」

「僕はこれから、キャプテン・ユニバースを名乗ります。拙いところもありますが……」


 僕は一旦、顔を下げた。二人が怪訝な顔をする。だが直後、僕は顔を上げた。


「サポート、頼みます」


 決意を込めた言葉に、二人がうなずく。それを受けて、最初の指示。


「出発準備は?」

「できてます」

「オールグリーン、いつでも出られまス」

「ん」


 僕は大きく息を吸った。次の言葉を発すれば、もう戻れない。進むしかない。


「キャプテン・ユニバース一党、発進!」

「ヨウソロー!」


 リラさんがレバーを倒す。船が大きく揺れて発進し、一気にスピードを上げていく。


「離水、今!」


 そしてついに、空へと浮いた。更に加速し、高度が上がる。

 モニターに映る景色の向こうには、無限の宇宙が広がっていた。




 キャプテン・ユニバースの出立~完~

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