「よお、マニガータのオッサン。アンタなら、俺の仕込みは分かると思ってたぜ」
青みがかって映る厳つい顔。しかしぬいぐるみは堂々と言い放った。それに対してマニガータという人は、鼻を鳴らして言い返してきた。
「うるさいぞヴァルマ。ワシがよその銀河へ出張中に、勝手にくたばるなんざ聞いてねえ。認めねえ」
「そうは言っても俺ァ死んだ。今じゃこんなザマだ。まあ大体道理はわかった。流石はスルギオカ銀河警察、一番の腕っこきだぜ」
「ホントのことを言うんじゃねえ。ぬいぐるみのくせに、一丁前の口聞きやがって」
騒がしく言い合う二人だが、僕にはよくわからない。でもなんとなく、信頼のような、信用のようなものは感じられた。
「旦那とオッサンはな、腐れ縁だ」
いつの間にか近寄っていたクロガネさんが、僕に小声で解説してくれた。
「旦那は『冒険家』なのに、あっちは刑事なもんだから海賊呼ばわりで追いかけて来る。オマケにしつこい。だからあの歳でまだ嫁もいない」
呆れた調子で言うクロガネさん。しかし先方に聞こえていたらしく。
「そこの若造。クロッカス、だったか?」
「クロガネだ! 人の名前ぐらい覚えろ!」
「ワシを唸らせたら覚えてやる。それよりヴァルマよ。そのガキが」
「おう、俺の種だ」
大きな目が僕を見た。力のこもった瞳だった。ぎょろり。そんな擬音が、僕の中で浮かんだ。だけどすぐに、目線は外されてしまった。
「ははぁん。やったのはあの闇医者だな? スルギオカ広しといえども、こういう大仕掛けはアイツにしかできん」
「正解だ。まあなんだ、もうすぐそっちに着いちまう。さっさと本題をやろうじゃねえか」
キャプテンの発言に、マニガータさんはポンと手を打って。
「おお、そうだった。なあ、ヴァルマ。『裏切り者は、いたのか?』」
大きな顔を一段と突き出して、マニガータさんはぬいぐるみを見た。しかしキャプテンはその眼力に負けてはいなかった。
「生前でしたラ、悪い顔の一つでモ、してるでしょうネ」
「うるせえ!」
今度はドラムさんが近づいていた。一喝されて逃げては行くが、どこか楽しそうに僕には見えた。
「相変わらずにぎやかな連中だな。とても指名手配とは思えねえ」
「いんだよ。で、海賊同盟とくっついてた裏切り者だろ? いた。でっけえのがいた。スルギオカ銀河警察が、三回は吹っ飛びそうな大物が釣れたぜ」
「人の職場を簡単に吹っ飛ばしてくれるんじゃねえ。内々で済ませる。取引だ」
「そう来なくっちゃ困るぜ。ただし俺ァ、アイツ等をぶちのめす。こればかりは俺の意地にかかわるからな」
「構わん。そっちの事情はどうでもいい。こっちの癒着は、銀河の治安にかかわるんだ。要求は無条件に聞こう」
いつの間にやら、やり取りは真剣な交渉へと変化していた。ぬいぐるみと厳つい顔が、視線を交えて言葉を交わす。絵面としては思わず笑えてしまいそうだ。でも誰も笑わず、真剣な目で交渉の行き先をうかがっていた。
「とりあえず。現状は急場しのぎだから、そのうち俺はガチで死ぬ。だがその後、二年ほどは手を出さんでくれねえか。ソイツが俺からの要求だ」
「テメエ、分かって言ってるだろ。今回の件がマジだったら、こちとら一年は掛かりっきり、その後も治安維持でてんやわんやだ。逃げた貴様の仲間など、追う余裕がない」
「さすがだな。まあせいぜい気張ってくれ」
言葉は軽いのに、どこか重苦しい雰囲気。ぬいぐるみを抱える僕は、あくまで黒子に徹していた。だけど正直、これでいいのかと不安だった。
そんな僕に、リラさんが近寄ってきて。そっと肩に、手が置かれた。彼女に視線をやると、微笑みと同時に、口元へ指先が当てられた。首が横に振られる。「それでいい」と、言われているようだった。
ともかく、二人だけの場が続いた。他の声は、一切なかった。しかし状況は、突然に変わる。通信が途切れ途切れになり、画面が見づらくなっていく。
「とり……えず……を」
「オイ、オッサン。通信が」
「くっ……とり……はま……る……」
ブツン。
強い音とともに、画面が真っ暗になる映像が途切れる。クルーの四人が、僕達へ視線を向ける。当然だが、僕には分からない。僕はぬいぐるみに視線を落とし、抱きしめた。
「ちっ……オッサンも追い詰められてる可能性があるな」
キャプテンが低く毒づいた。そういえば、僕はまだキャプテンの敵討ち、その相手を聞いていなかった。敵は大きいのか。ケーサツと一緒に、悪だくみができる連中なのか。
「ザコどもに告ぐ。改めて気ぃ張れ。ここまで言い損ねていたが、俺の仇は『金風呂のクォーツ』。宇宙の悪党海賊同盟の幹部、カジノマフィアのボス、ついでに星一つの支配権を持つお大尽だ。銀河警察にもツテがあるから、まあとんでもねえ大物だ」
「っ……!」
全員が固まる。僕にはよくわからないが、相手はそれほど恐ろしいということでいいのだろうか。しかし次には、明るい声に変わる。
「なあに、やることは今までと一緒だ。どうせ海賊同盟とは今までも散々ケンカしてきた。今更幹部の一人二人吹っ飛ばしたところで、お尋ね者なのは変わらんよ」
「だけどオッサンはどうするんだよ」
「海賊同盟を本気にさせてしまったら」
「我々ノ、存在ガ。割れてル、かモ」
「万一。空間出口。敵対者」
全員が口々に反論を始めた。僕には意味がわからない。だけど敵が強いということは、いろいろな手があるということだ。僕はそれを受けてきたから、わかってしまう。
僕はぬいぐるみを、きつく抱いた。それを受けてか、ぬいぐるみは声色低く、底冷えのするような声で次の言葉を言い放った。
「黙れザコども。だからお前らはザコなんだ」
全員が気をつけをする。顔が引きつっていた。つまりキャプテンは、本気で怒りを示している。
「ザコども、俺が死人でAIだからと、ナメてねえか? テメエらの上げた可能性ぐらい、全部頭の中に入れてある。ユニ、お前もなんとなくは考えただろう? 相手が強い。相手がデカい。もうそれだけで、いくつもの手が思いつくってな」
こくん。
僕は軽くうなずいた。それを見たかのように、ぬいぐるみは続けた。
「俺たちのやって来たことはバクチだ。マフィアのヒットマンだ。一発勝負で突っかかって、成功させて即逃げる。今回も同じことをやる。それだけだ」
全員の顔が、重く縦に動いた。キャプテン・ヴァルマは、さらに言葉を続けた。
「ひとまず、超銀河ホールの出口に非常線張られているのは確定だ。と、いうよりどうせ全部やってくる。なんなら隠し基地全部やられてたって驚かねえぞ。リラ、想定出口から一番近いのは?」
「ミコモタ・ジーモの隠れ星ですね。巡航速度で四Hほどかと」
「なら突破次第、一旦そこへ向かう。補給できれば得だし、できなきゃケツに火がつくだけだ」
地図を頭に叩き込んであるのだろう。リラさんの答えは素早かった。
「クロガネ、その前提で今やることは?」
「出口に到達した瞬間にぶっ放す。で、脱出する。打てる手は全部打つ」
「よし! ガシャ、兵装は?」
「弾道弾二。粒子砲用動力、一発分」
「しゃあねえ、ここで全部使う。ドラム、今からミコモタへの最短最速経路作っとけ。ぶち抜き次第プログラム操縦だ」
「承知、しましタ」
「よし! 全員気張れ!」
「ヨーソロー!」
矢継ぎ早の問いかけと指示。僕はなにもできないまま、最後の返事までぬいぐるみを抱いていた。ただ座っているのが、こんなにももどかしいなんて。
「もどかしいか」
「はい……」
思わず素直に答えてしまう。もう少し隠せればいいのにと、思ってしまう。だけどぬいぐるみは、一言だけをポツリと言った。
「慣れろ」
僕の不安に、蹴りを入れる。たった一言で、氷を溶かす。
「キャプテンってのはな、決断するのが役目だ。で、ザコどもは正確な状況を俺によこすのが役目になる」
さっきまでの言動が、まるで全部演技だったのではと思える。それほどまでに、キャプテン・ヴァルマの声は冷静だった。
「決断の時には、動揺しちゃあならねえ。ザコどもはザコだからな。それだけで不安になる」
淡々と、ヴァルマさんは語る。僕にもその態度を取れ。そう言っているのだろう。
「距離、残り二〇〇」
「航路のプログラミング、完了しましタ」
「全部位正常、最大出力対応も可能です」
「兵装、準備万端」
「よし」
ヴァルマさんが、膝の上で重いだみ声を発した。
「出たら撃つ。どうあろうともだ」
「ハイッ」
重苦しい声に、僕はぬいぐるみを強く抱き締めた。ブリッジの明かりが、まばゆく光る。赤い光が、ついたり消えたりする。心臓の鼓動を抑え、キャプテンの言う通りに振る舞おうと、僕はぬいぐるみを胸元で抱いた。その胸元から、ぬいぐるみは強く叫んだ。
「総員、発射に備え!」
「ヨーソロー!」
キャプテン・ヴァルマの咆哮が、船内に響き渡った。
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