キャプテン・ユニバースの出立

少年が、宇宙での冒険を経て青年になる物語
南雲麗
南雲麗

第4話 総員、発射に備え!

公開日時: 2020年10月4日(日) 13:00
文字数:3,542

「よお、マニガータのオッサン。アンタなら、俺の仕込みは分かると思ってたぜ」


 青みがかって映る厳つい顔。しかしぬいぐるみは堂々と言い放った。それに対してマニガータという人は、鼻を鳴らして言い返してきた。


「うるさいぞヴァルマ。ワシがよその銀河へ出張中に、勝手にくたばるなんざ聞いてねえ。認めねえ」

「そうは言っても俺ァ死んだ。今じゃこんなザマだ。まあ大体道理はわかった。流石はスルギオカ銀河警察、一番の腕っこきだぜ」

「ホントのことを言うんじゃねえ。ぬいぐるみのくせに、一丁前の口聞きやがって」


 騒がしく言い合う二人だが、僕にはよくわからない。でもなんとなく、信頼のような、信用のようなものは感じられた。


「旦那とオッサンはな、腐れ縁だ」


 いつの間にか近寄っていたクロガネさんが、僕に小声で解説してくれた。


「旦那は『冒険家』なのに、あっちは刑事なもんだから海賊呼ばわりで追いかけて来る。オマケにしつこい。だからあの歳でまだ嫁もいない」


 呆れた調子で言うクロガネさん。しかし先方に聞こえていたらしく。


「そこの若造。クロッカス、だったか?」 

「クロガネだ! 人の名前ぐらい覚えろ!」

「ワシを唸らせたら覚えてやる。それよりヴァルマよ。そのガキが」

「おう、俺の種だ」


 大きな目が僕を見た。力のこもった瞳だった。ぎょろり。そんな擬音が、僕の中で浮かんだ。だけどすぐに、目線は外されてしまった。


「ははぁん。やったのはあの闇医者だな? スルギオカ広しといえども、こういう大仕掛けはアイツにしかできん」

「正解だ。まあなんだ、もうすぐそっちに着いちまう。さっさと本題をやろうじゃねえか」


 キャプテンの発言に、マニガータさんはポンと手を打って。


「おお、そうだった。なあ、ヴァルマ。『裏切り者は、いたのか?』」


 大きな顔を一段と突き出して、マニガータさんはぬいぐるみを見た。しかしキャプテンはその眼力に負けてはいなかった。


「生前でしたラ、悪い顔の一つでモ、してるでしょうネ」

「うるせえ!」


 今度はドラムさんが近づいていた。一喝されて逃げては行くが、どこか楽しそうに僕には見えた。


「相変わらずにぎやかな連中だな。とても指名手配とは思えねえ」

「いんだよ。で、海賊同盟とくっついてた裏切り者だろ? いた。でっけえのがいた。スルギオカ銀河警察が、三回は吹っ飛びそうな大物が釣れたぜ」

「人の職場を簡単に吹っ飛ばしてくれるんじゃねえ。内々で済ませる。取引だ」

「そう来なくっちゃ困るぜ。ただし俺ァ、アイツ等をぶちのめす。こればかりは俺の意地にかかわるからな」

「構わん。そっちの事情はどうでもいい。こっちの癒着は、銀河の治安にかかわるんだ。要求は無条件に聞こう」


 いつの間にやら、やり取りは真剣な交渉へと変化していた。ぬいぐるみと厳つい顔が、視線を交えて言葉を交わす。絵面としては思わず笑えてしまいそうだ。でも誰も笑わず、真剣な目で交渉の行き先をうかがっていた。


「とりあえず。現状は急場しのぎだから、そのうち俺はガチで死ぬ。だがその後、二年ほどは手を出さんでくれねえか。ソイツが俺からの要求だ」

「テメエ、分かって言ってるだろ。今回の件がマジだったら、こちとら一年は掛かりっきり、その後も治安維持でてんやわんやだ。逃げた貴様の仲間など、追う余裕がない」

「さすがだな。まあせいぜい気張ってくれ」


 言葉は軽いのに、どこか重苦しい雰囲気。ぬいぐるみを抱える僕は、あくまで黒子に徹していた。だけど正直、これでいいのかと不安だった。

 そんな僕に、リラさんが近寄ってきて。そっと肩に、手が置かれた。彼女に視線をやると、微笑みと同時に、口元へ指先が当てられた。首が横に振られる。「それでいい」と、言われているようだった。


 ともかく、二人だけの場が続いた。他の声は、一切なかった。しかし状況は、突然に変わる。通信が途切れ途切れになり、画面が見づらくなっていく。


「とり……えず……を」

「オイ、オッサン。通信が」

「くっ……とり……はま……る……」


 ブツン。


 強い音とともに、画面が真っ暗になる映像が途切れる。クルーの四人が、僕達へ視線を向ける。当然だが、僕には分からない。僕はぬいぐるみに視線を落とし、抱きしめた。


「ちっ……オッサンも追い詰められてる可能性があるな」


 キャプテンが低く毒づいた。そういえば、僕はまだキャプテンの敵討ち、その相手を聞いていなかった。敵は大きいのか。ケーサツと一緒に、悪だくみができる連中なのか。


「ザコどもに告ぐ。改めて気ぃ張れ。ここまで言い損ねていたが、俺の仇は『金風呂のクォーツ』。宇宙の悪党海賊同盟の幹部、カジノマフィアのボス、ついでに星一つの支配権を持つお大尽だ。銀河警察にもツテがあるから、まあとんでもねえ大物だ」

「っ……!」


 全員が固まる。僕にはよくわからないが、相手はそれほど恐ろしいということでいいのだろうか。しかし次には、明るい声に変わる。


「なあに、やることは今までと一緒だ。どうせ海賊同盟とは今までも散々ケンカしてきた。今更幹部の一人二人吹っ飛ばしたところで、お尋ね者なのは変わらんよ」

「だけどオッサンはどうするんだよ」

「海賊同盟を本気にさせてしまったら」

「我々ノ、存在ガ。割れてル、かモ」

「万一。空間出口。敵対者」


 全員が口々に反論を始めた。僕には意味がわからない。だけど敵が強いということは、いろいろな手があるということだ。僕はそれを受けてきたから、わかってしまう。

 僕はぬいぐるみを、きつく抱いた。それを受けてか、ぬいぐるみは声色低く、底冷えのするような声で次の言葉を言い放った。


「黙れザコども。だからお前らはザコなんだ」


 全員が気をつけをする。顔が引きつっていた。つまりキャプテンは、本気で怒りを示している。


「ザコども、俺が死人でAIだからと、ナメてねえか? テメエらの上げた可能性ぐらい、全部頭の中に入れてある。ユニ、お前もなんとなくは考えただろう? 相手が強い。相手がデカい。もうそれだけで、いくつもの手が思いつくってな」


 こくん。

 僕は軽くうなずいた。それを見たかのように、ぬいぐるみは続けた。


「俺たちのやって来たことはバクチだ。マフィアのヒットマンだ。一発勝負で突っかかって、成功させて即逃げる。今回も同じことをやる。それだけだ」


 全員の顔が、重く縦に動いた。キャプテン・ヴァルマは、さらに言葉を続けた。


「ひとまず、超銀河ホールの出口に非常線張られているのは確定だ。と、いうよりどうせ全部やってくる。なんなら隠し基地全部やられてたって驚かねえぞ。リラ、想定出口から一番近いのは?」

「ミコモタ・ジーモの隠れ星ですね。巡航速度で四時間ほどかと」

「なら突破次第、一旦そこへ向かう。補給できれば得だし、できなきゃケツに火がつくだけだ」


 地図を頭に叩き込んであるのだろう。リラさんの答えは素早かった。


「クロガネ、その前提で今やることは?」

「出口に到達した瞬間にぶっ放す。で、脱出する。打てる手は全部打つ」

「よし! ガシャ、兵装は?」

弾道弾ミサイル二。粒子砲用動力、一発分」

「しゃあねえ、ここで全部使う。ドラム、今からミコモタへの最短最速経路作っとけ。ぶち抜き次第プログラム操縦だ」

「承知、しましタ」

「よし! 全員気張れ!」

「ヨーソロー!」


 矢継ぎ早の問いかけと指示。僕はなにもできないまま、最後の返事までぬいぐるみを抱いていた。ただ座っているのが、こんなにももどかしいなんて。


「もどかしいか」

「はい……」


 思わず素直に答えてしまう。もう少し隠せればいいのにと、思ってしまう。だけどぬいぐるみは、一言だけをポツリと言った。


「慣れろ」


 僕の不安に、蹴りを入れる。たった一言で、氷を溶かす。


「キャプテンってのはな、決断するのが役目だ。で、ザコどもは正確な状況を俺によこすのが役目になる」


 さっきまでの言動が、まるで全部演技だったのではと思える。それほどまでに、キャプテン・ヴァルマの声は冷静だった。


「決断の時には、動揺しちゃあならねえ。ザコどもはザコだからな。それだけで不安になる」


 淡々と、ヴァルマさんは語る。僕にもその態度を取れ。そう言っているのだろう。


「距離、残り二〇〇」

「航路のプログラミング、完了しましタ」

「全部位正常、最大出力対応も可能です」

「兵装、準備万端」

「よし」


 ヴァルマさんが、膝の上で重いだみ声を発した。


「出たら撃つ。どうあろうともだ」

「ハイッ」


 重苦しい声に、僕はぬいぐるみを強く抱き締めた。ブリッジの明かりが、まばゆく光る。赤い光が、ついたり消えたりする。心臓の鼓動を抑え、キャプテンの言う通りに振る舞おうと、僕はぬいぐるみを胸元で抱いた。その胸元から、ぬいぐるみは強く叫んだ。


「総員、発射に備え!」

「ヨーソロー!」


 キャプテン・ヴァルマの咆哮が、船内に響き渡った。

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