キャプテン・ユニバースの出立

少年が、宇宙での冒険を経て青年になる物語
南雲麗
南雲麗

第7話 はじめてのお使い(殺し)

公開日時: 2020年10月7日(水) 13:45
更新日時: 2020年10月8日(木) 12:06
文字数:3,460

「さて。一直線とは言ったものの、問題は防御線だな」


 わずかな小休止を経て、作戦会議は再開した。しかしぬいぐるみは、いきなり不穏な言葉を吐き出した。

 

「敵は惑星一つを支配する首長。奇襲でどうにかするしかないのは、キャプテンの言う通りです」

「搦め手でハメ倒すにはケツに火が付いてるし、さてどうするか……」


 ブリッジに沈黙が流れかけた時、ドラムさんが椅子から立ち上がった。


「キャプテン。微弱ですガ、ハッキリした指向性通信ガ」

「開け」


 ぬいぐるみの指示で、通信が開く。映像はないが、声がはっきりと聞こえた。


「よぉ。元気かい、若造どもとぬいぐるみ」

「マニガータのオッサン、無事だったか!」


 心なしか喜びの混じったような声のぬいぐるみ。やはり内心では不安だったのだろう。きっとそうだ。


「よーし、騒ぐな騒ぐな。俺もまだまだ捨てたもんじゃなかったぜ」

「アンタについていくのが少なかったら、銀河警察は俺が潰す」

「オイオイ、俺は刑事で飯を食っとるんだ。しょっ引くぞ」


 半分本音が混じった、憎まれ口の叩き合い。一瞬、和やかな空気が広がった。だが時間はなく、すぐに場は引き締まった。


「冗談はさておきだ、スパッと行くぜ。こっちの黒幕はどいつだ?」

「俺がこの目で確かに見た。処刑前夜に種明かししてくれたからな。『金風呂のクォーツ』、想像以上に見栄っ張りだったぜ」

「そりゃあ取材の度に、『風呂桶に札束ぶち込んで女を侍らせる画像』を撮らせてんだからな。見栄ぐらいは張る」


 違えねえ! キャプテンの大声がこだまし、笑い声が響いた。だけど本題は忘れちゃいない。


「生前だったら腹を抱えて暫く笑い倒してたトコだが……。まあノコノコ俺の前にやって来たバカ幹部の話をしようか。そいつの名は『ウォズリット』。後は分かるな」

「……分かった。仕留めるのは難しいかもしれねえが、お前が捕まらんようには整えてやる」


 マニガータさんの声のトーンが、一段階落ちた。周りを見回せば、全員無言。やはり海賊同盟は恐ろしいのだ。それを察したのか、マニガータさんの声が明るく問うてきた。


「で、だ。例の見栄っ張り野郎はアピールも兼ねて、私兵でカジノ惑星防衛線をこさえていたはずだ。それはどうする。あと、航路のメドは立っているのか?」

「航路については、海賊同盟の通行保証がついた。奴さんの悪行を誰かがぶち撒けたんだろうよ。で、防衛線は色々考えたが……」


 キャプテンが言葉を一拍置く。誰かが息を呑む音がした。


「リラを使う」


 僕の口が開く。皆が頷く。リラさんの目が、らんらんと輝いていた。


「……なるほど。リラのお嬢ならやれるだろうな」

「ああ。これを通さな、始まらねえ」


 ぬいぐるみの放つ悪い声。マニガータさんさえも同意する。リラさんの能力は、そこまで凄いのだろうか。


「期待しているぜ、キャプテン・ヴァルマ。……おっとそうだ。古い言葉を贈っとこう。『良き出会いのあらんことを』」


 一方的な言葉を残して通信が切れる。リラさんが怪訝な顔をしていた。


「最後の一節。たしか、旅人に贈る言葉だったかと」

「傍受対策かなんかだろ。今からは戦だ、忘れとけって」

「……そうね」


 クロガネさんの言葉を受けて、リラさんは首を軽く横に振った。そんな仕草にさえ目が向く自分が、僕はちょっとだけ嫌になった。


 ***


 箱に入ったぬいぐるみが、突然一言だけぼやいた。


「狭え」

「旦那ァ。辛抱してくれ。流石にぬいぐるみは難しい」

「全員ノ決定ですかラ、耐えてくださイ」

「畜生」


 ブリッジから離れ、物陰に潜む僕達。現在僕たちは、惑星ヅヌマシャインの軌道上近辺に到着していた。作戦会議での決定に沿い、船は漂流船を演じていた。ご丁寧に、外装までも偽っている。一品物の船を賭け金にしての、大博打。キャプテンはそう言って、カラカラと笑った。


「……で、大丈夫なんですか?」


 ブリッジの方向を見て、僕はつぶやいた。そこにはリラさんが一人だけ残されている。黒髪を伸ばして、品の良い服を着ている。後、耳の上部分が長い。ここに来てから見知った姿とは、なにもかもが違っていた。


「なあに。アレがアイツの能力で本領だ。不定形で、あらゆる生物に偽装可能。つまり」

「我々にすら擬態可能」


 ガシャさんがキャプテンの言葉を引き取る。僕は思わず、口をあんぐりと開けてしまった。そんなの、強過ぎるじゃないか。


「なに、擬態はできるが強さはパクれねえ。変装でごまかすのが精一杯さ」

「キャプテン、船が一隻近付いて来まス」


 明るく続く会話に、ドラムさんが割って入った。映像は使えなくとも、感知できる機能があるという。さすがとしか言いようがない。


「手はずは、分かっているな? 正規軍なら、俺達は病人を装う。私兵連中なら襲って武器を奪い、変装して乗り込む。ユニ、『やれる』な? 綺麗事じゃねえぞ」

「……うん」


 僕の手には、ケンジュウという武器が握られていた。なんとこれの引き金を引くだけで、人を倒せるというのだ。「使い慣れていない奴にはこれがいい」と、キャプテンが用意してくれたのだ。


 僕の言葉を最後に、全員が黙り込んだ。この攻撃に失敗すれば、死ぬ他にない。だけど僕にとっては、今までの人生すべてが命がけだった。心臓の音さえうるさいけれど。やらなければ、生き残れない。


 ドクン。ドクン。

 ドカドカドカドカ!


 心臓の音に呼応したかのような、乱暴な靴音が響く。どうやら敵が来たようだ。


「救難信号を拾って来てみりゃあ、なんでえ。無事っぽいじゃねえか」

「オイ、女だ。それもめっぽう美人だぞ」

「あの雇い主、自分だけ女を侍らせてるからな。俺たちにもおこぼれぐらいよこせってんだ」


 口調が荒い。モノの扱いがぞんざいなのか、荒っぽい音も聞こえる。……これは。


 クローネさんが、指で小さくマルを作った。どうやら、賭けに勝ったらしい。


「オイ、ネーチャン。取り調べすっから、ちょいと俺達の船に来てくんねーか?」

「え、その、船は……」

「なあに、上手くやればチョチョイのチョイで終わるからよ」


 私兵連中が、リラさんに声を掛けている。彼女は困った顔をしているが、どこか嫌がっていないようにも、僕には見えて。


「演技だ」


 箱から声。


「ああして誘うんだよ」


 心が静まる。僕はそっと、深呼吸をした。


「行くぞ」


 クロガネさんから、小さく指示。敵は十数名。今やほとんどがリラさんの周りにいる。全員倒すには、いい機会だった。

 ケンジュウを握る手に、力がこもる。手が汗ばんでいたことに、今になって気づいてしまった。


「突」


 鎧で防御の固いガシャさんを先頭にして縦列を組み、敵に向けて突進する。

 二番手はクロガネさん。途中で列から抜け、リラさんにご執心の兵士に一撃。

 三番手はドラムさん。僕の盾となりつつ、手足を伸ばして重い一撃。


 気づけばリラさんも、長い手足を使って敵を振り払っていた。

 なのに僕はどうしたらいいか分からず、銃を握って左右をキョロキョロ。僕が慣れていないのは、敵にもわかりやすかった。


「このガキャア!」

「ああっ!」


 声と同時に、腰に衝撃。もんどり打って倒れてしまう。その拍子に銃が滑った。手からこぼれ落ち、くるくると遠ざかっていく。


「へへ……」


 優位に立った敵が、嬲り殺しだとばかりに拳を振り下ろしてくる。

 痛みの中で、僕は思った。これじゃあ、前と同じだ。孤児院の時と変わっちゃいない。弱いにしても、ただで負けちゃダメだ。力を、抵抗を、示さないと。ただで死ぬつもりはなかったと、キャプテンも言っていた!


「あああああっ!」


 振り下ろされる左の腕を強引に掴み、自分の左側へと引っ張る。

 相手の方が体力で勝るが、関係ない。左手で腕を掴み直し、右肘を無我夢中で突き上げた。鈍い音。


「バカ!」


 暴言と一緒に、僕の手へとケンジュウが滑り込む。


「早くやれ!」


 クロガネさんが、こっちに蹴飛ばしてくれたのだ。しかも、敵を押さえつつ。


「はいっ!」


 ケンジュウを握り、立ち上がる。相手も立って、僕に銃を向けていた。片方の手で、顔面を押さえていた。


「殺れーーーーーッ!」


 クロガネさんの声。ほとんど反射で、僕は引き金を引いた。三発の乾いた音がブリッジにこだまし、聴覚が僅かに遠のく。煙の匂い、引き金の、重い感触。僕はしばらくの間、固まっていて。


「初めてにしちゃ、上出来だ」


 クローネさんが、僕の肩に手を置いた。相手を見れば、胸に穴が一つ。残り二つは、壁に穴を開けていた。当然、とうに。


「至急」


 ガシャさんの、くぐもった声。そうだ、作戦はまだ始まったばかりだった。僕は首を左右に振り、銃を握ってガシャさんに続いた。


 これが僕の、初めてだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート