キャプテン・ユニバースの出立

少年が、宇宙での冒険を経て青年になる物語
南雲麗
南雲麗

第10話 嫌だ!

公開日時: 2020年10月10日(土) 21:06
更新日時: 2021年5月5日(水) 12:01
文字数:3,993

 僕は目をつぶらない。ここで死んでも、来世で絶対に晴らす。その一心で、男を目に焼き付ける。


「いぃいいいぃぃいいち……」


 狂気と噛み合う僕の視線。もはや死線は、すぐ側にまで迫っていた。眼鏡の男が最期を告げるべく、引き金を指にかける。その一瞬。


「ヴォアアアアアッッッッッ!」

「ぬぉあっ!?」


 ぬいぐるみ、いやキャプテンが叫んだ。響き渡る大音声に、僕は耳を塞いでしまう。しかしそれは、相手も同じだった。銃を手放し、耳を塞いでいた。

 

「チャンス!」


 僕は銃を取りに行く。だが次の瞬間。眼鏡男は、倒れていた。耳から血を流し、ほのかな煙が上がっていた。


「え……?」


 声を上げた瞬間には、熊も複数の光線に撃ち抜かれていた。大きなうめき声を上げた熊男は、やがて兄と運命を共にした。


「やれやれ……遅えぞ、ザコぉ」

「こっちが文句言いてぇよ……!」


 発砲された方向を見れば。クロガネさんと、何人かの兵士がいた。操って、連れてきたのだろうか。


「マニガータのオッサンの配下だっていう奴が、そっと教えてくれた。危うく詰むとこだったじゃねえか」

「やれやれ。オッサン、やっぱり潜入工作員スリーパーを用意してたか。で、そいつは?」

「他へ行きやがったんですよ。『やることがある』とかぬかしてました」


 そうかとだけ言って、ぬいぐるみは前進を宣言した。気がつけば、ドラムさんたちの戦線も片付いている。しかし僕たちの背中を蹴飛ばす急報が、警告として突如高鳴った。


「警告、警告。本船は九十M後に自爆する。繰り返す。本船は九十M後に自爆する!」


 ***


「走れ! 急げ! 奴らが逃げちまう!」


 とっくに呼吸が追いついていない僕を、ぬいぐるみがひたすらに急き立てる。先ほどの警告は、敵味方を等しく混乱に追い込んでいた。


「逃げろ! ヅヌマシャインはもうだめだ!」

「貴様ッ! 敵がいるだろう! 抵抗しろぉ!」


 基地はパニック状態に陥っていた。逃げる人と抵抗する人が入り乱れていた。そこにリラさんとクロガネさんが割って入り、さらなる混乱を引き起こす。結果。


「裏切り者がいるぞお!」

「いや、スパイがいるらしい!」

「銀河警察の内偵だと聞いたんだが?」

「じゃあこの警告もフェイクなのか?」


 混乱が混乱を呼び、僕たちの道が次々に開いて行く。しかしここまで来てもキャプテンの敵の居場所は掴めなかった。そこへ。


「ハイヤーッ!」

「ガアッ!」


 ヅヌマシャインの軍服を着た兵士が、同僚をノックアウトしながら飛び込んできた。僕たちを確認すると、敵意はないと示すように両手を上げた。


「マニガータ刑事より密命を仰せつかった、潜入工作員であります! 先ほどクロガネ氏に急を告げたのですが、ご無事で何よりです!」


 張り付いたような笑みに、格式張った仕草。僕は引っかかるものを感じた。しかし今は、それよりも重要な使命があった。胸元に抱えたキャプテンが、それを思い出させた。


「クォーツ連中、この警告鳴らしてるってんなら逃げる気だろう? 連中専用の格納庫とかは知ってるか?」

「掴んでおります。こちらへ!」


 工作員が進んで先頭に立ち、ガシャさんが次に並ぶ。僕とぬいぐるみが三番目、一番後ろにドラムさんがついた。僕はさっきドサクサに紛れて拾っていた銃をポケットに入れ、密かに感触を確かめていた。


「死ね侵入者……グワァーッ!」

「成敗、でス」


 僕の後ろで襲撃を掛けた兵士が、ドラムさんにパンチされてぶっ倒れる。彼はビームを用いて、きっちりと安全を確保していた。


「元ハ、軍事用ロボですかラ」


 ドラムさんはそう言って、淡々と掃討を続けていた。そうやって急ぎ足ながらも慎重に進み、ついに僕たちは広い場所へと顔を出した。

 少し遠くに、四人ほどの姿が見える。誰かはわからないが、服は豪華そうだった。その傍らには、僕たちのそれと似たような船。ただ、かなり大きいものだった。


「ドラム、やれ」

「はイ」


 どうするのかと思っていたら、キャプテンがいきなり指示を飛ばした。ドラムさんが応じて、目から光線を放つ。光線はたちまち宇宙船に突き刺さり、あっという間に壊してしまった。当然爆発が起きるのだが。


「ガシャ、俺たちを抱えて突っ切れ! 奴らを捉える」

「応!」

「え!?」


 キャプテンは即座に決断。たちまちガシャさんに脇へ抱え込まれる。前は火の海、爆風、そして破片。いくらなんでも。


「だからガシャなんだよ」


 懐でぬいぐるみが言った。すでに鎧は前進している。類稀な防御力とスピードが、あらゆる困難を弾き返していた。そして。


「どっせぇい!」


 ついに、ついに僕たちはキャプテンの敵と一味を、しっかりとその目に捉えた。


 一人はでっぷりと太っていて、横に女を侍らせていた。

 もう一人はその横に立ち、背広を着ていた。右手には銃。

 最後の一人は、黒のローブをまとっていた。なにがおかしいのか、嫌な笑い声を立てている。


「キシシシシ……!」


 最後の一人がまとう黒のローブの下から腕が現れた。緑色の細長い腕。指は六本。それが開くやいなや、指先から稲妻が襲い掛かって来た。


「うわあっ!?」

「ユニ、飛べっ!」

「保護、重大!」


 キャプテンの指示。応えて後ろへ飛ぶ。ガシャさんが射線に割って入る。電撃を受けたガシャさんの、鎧が光ってピカピカまたたく。


「苦ッ……!」

「ガシャ、死ぬんじゃねえ!倒れてろ!」

「キシィ……キシャアアアアアア!」


 ローブの男は今度は両手を組み合わせ、太い一本の稲妻を撃ち込んできた。ドラムさんはまだ向こう。おそらく潜入の人と一緒にいるはず。もはや守れる人はいない。どうする。その時、だみ声が響いた。


「ユニ、ポケットにくすねた銃を撃て!」

「え?」

「いいから!」


 なぜ知ってるとかは関係なかった。ほとんど反射で、銃の引き金を引く。先っぽから光の線が飛び出し、稲妻とぶつかり、消えた。


「やはり光線銃か」

「うん……でも」


 今のは相打ちになっただけ。ドラムさんたちは身を起こしたが、まだ退路の確保に動いている。僕一人で、手練を相手にどうすれば良いのか。リラさんだけでもいてくれれば……。


「ユニ、落ち着け」


 混乱する僕に、いつものダミ声がかかる。


「大丈夫だ。俺はいつだって苦境を乗り越えた」

「でも」


 ぬいぐるみの経験則。否定する僕。


「船は壊された。しかしお前たちを人質にとればどうにでもなる!」

「クォーツさん、相手はまだ子どもです。威圧では恐れられてしまいます。坊や。そのぬいぐるみを置いて、外へ行くといい。それで君は助かるのだ」


 脅しと説得が、同時に襲いかかる。孤児院のことを思い出した。よくやられた手段だった。でも、聞く。


「本当に?」

「ああ。私とて刑事だ。約束は守る」


 僕はじっと、彼らを見た。僕ごときの経験値では、やはり本心は見抜けない。だけど、身体が答えを教えてくれた。突然、傷がうずいたのだ。思わず膝をつく。


「っあ!?」

「ユニ!?」


 ぬいぐるみがしゃべるのを、口をふさいで制した。痛みの中で、思い出す。この誘導に従えば、僕は。


「嫌だ!」


 思いは強い声になって現れた。そうだ。ここで従ってしまえば、僕は孤児院のいじめられっ子のままだ。ボロ倉庫の片隅で震えて眠る、惨めな姿のまんまだ。僕はぬいぐるみを左脇に抱え、右手で銃を構えた。目尻に冷たいものを感じたが、関係なかった。


「絶対に嫌だ」


 強く通告する。だが帰ってきたのは、あざ笑う声だった。


「ガキらしくねえ野郎だ。素直に逃げればいいものを」

「コトが済んだら、全員始末ですねえ。いっそどこかの労働惑星にでも売り飛ばしてしまいましょうか?」

「クシャシャシャシャ!」

「あっはっはっは! 可愛い子! ねえ、私にちょうだいよ」


 額に汗が流れる。僕の思いは、やっぱり誰にも通じないのか? 悔しさがこみ上げ、頬に冷たいものを感じた。不意に、多数の足音が聞こえた。ここまでなのか。惨めになぶり殺されて終わりなのか。


「くっ……」


 口の端を噛んで、四人の顔を焼き付けた。もう一度決意を固める。この先どんなに辛くとも、たとえ命を失おうとも。この四人だけは絶対に倒す。しかし、足音の正体は――


「大将ォ、兵隊は一ダースで足りっかァ?」

「お待たせ、しま、した!」


 多数の発射音。クォーツ一味が、やって来たと思われる方角から。僕の目が、女の倒れる瞬間を捉えた。茶色の髪が解けて、地に落ちる。いくつかの焦げ跡が、意味を示していた。足音の正体は、絶望ではなく。


「リラさん……クロガネさん……!」


 聞き覚えしかない声だった。不敵な声と高い声。息は切らしていても、希望をもたらす声だった。


「操るにも、手間がかかるんだよ。本当はもっと持って来たかった」

「燃費が……悪過ぎるのよ……。この、ポンコツ……」


 操られた兵隊たちが、クォーツ一味へと突撃を掛ける。ローブの男が雷で駆逐する。一番危険な敵が、こちらへの注意を怠っている。


「行くよ」


 奇跡だと、神を崇めたかった。でもそんな余裕はない。僕はぬいぐるみに囁く。キャプテンが微かに、うなずいた気がした。自分の意志で、引き金を引いた。光が迸り、背広の男――ウォズリット氏――の背中へと突き刺さった。


「うぐうっ!」

「シャ!? キシャマアアアアア!」


 うめき声が上がる。反応し、反転したローブの男が雷を放つ。六本の指から放たれたそれが、僕たちを絡め取るようにやって来る。


「あっ……!」

「主の望み、戦士の本懐!」


 意志が反転しかける一瞬、鎧の男が動いていた。飛び込むように射線に入り、電撃を受けつつ前進。そしてそのまま。


「応っっっ!」

「ギエエエエエエッ!」


 ローブの男に飛びつき、締め上げる。腕を首元へ差し入れ、ギリギリと力を込めていく。


「主、進むべし!」


 手からの雷で抵抗する男。発光する鎧。僕は一瞬、ぬいぐるみに目をやる。


「行け」


 だみ声が背中を押した。クォーツを囲む輪、すなわち軍隊、リラさん、クロガネさんの輪に、僕も加わる。上がりっぱなしの息を、なんとか整えようとする。仕上げの時が、迫っていた。

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