キャプテン・ユニバースの出立

少年が、宇宙での冒険を経て青年になる物語
南雲麗
南雲麗

第5話 宇宙(そら)の戦場(いくさば)はヨ漢の死に場所サ

公開日時: 2020年10月5日(月) 13:06
更新日時: 2020年10月5日(月) 13:11
文字数:3,265

「総員、発射に備え!」

「ヨーソロー!」


 五つの声が、ブリッジにこだまする。超銀河航法から目的地に到着し次第、残りの火器をぶっ放す。それがキャプテン・ヴァルマの決断だった。

 当たる当たらないではなく、敵がいる前提での攻撃態勢。もし外したら。そう思うと、ぬいぐるみを持つ手に力が入ってしまった。


「……俺の賭けは、大抵当たる。あと椅子の手すりを掴んで、足を踏ん張れ。ちいと揺れるぜ」


 不敵な声が、耳を叩いた。言われた通りにする。キャプテンは口調こそ荒っぽいが、言うことに嘘はない。聞いておけば損しないと、経験が教えてくれていた。


「出口まで……五、四、三、二、一……。発射ァァアアアア!」


 クローネさんの雄叫びと同時に、船体が揺れた。赤い光がパカパカして、目を開けていられなくなった。キャプテンの言う通りにして踏ん張り続ける。

 船が動き回っている気もするが、もうよく分からなかった。手足が痛む。しびれる。ずっと目をつぶっているから、時間がすごく長く思えた。


「一経過。接近する船なし。被害なし。敵軍観測。散開中」


 リラさんの声に、僕は薄っすらと目を開けた。たった一分間だったのかと、心のなかではびっくりしていた。十分二十分、なんなら永遠にさえ思えていたのに。


「よし、突っ切るぞ。最大出力、行けるな?」

「ヨーソロ!」


 クロガネさんが応じた直後、お腹に響くような重い音がして。宇宙船が一気に加速した。身体が椅子に押し付けられ、埋まりかけた。


「クロォ! 操縦ミスったらくたばっぞ!」

「承知でさぁ!」


 荒っぽい操縦が、船内を揺らす。激しい上下動が僕の胃を揺らし、中の物をこみ上げさせる。


「おうっ……」


 僕は耐える。皆が必死なのに僕だけ戻す。サマにならない。


「オオオオオ!」


 雄叫びと同時に、僕の身体が一回転した。もちろん自力ではない。僕の身体は、椅子に飲み込まれかけている。この船そのものが、回転している。宙返りだ。


「やべっ……!」


 思わず手放したぬいぐるみが、天井へ向かって落ちていく。しかし態勢が戻ると、また僕の元へと戻ってきた。


「……すまん、忘れてた。ユニ、手すりについてる、四角い出っ張りを押せ」

「え、これで……うわあ!?」


 ぬいぐるみの、済まなさそうな指示に従う。するとたちまちベルトのようなものに捕まり、たすき掛けにされた。椅子に押し付けられ、身動きがままならない。


「これって……」

「いろいろとキツいかもしれねえが、お前を守ってくれる拘束だ。慣れろとしか言えねえ」


 僕はうなずく。わかる。キャプテンなりに、僕を気遣っているのだ。しかし次の瞬間には再び声を張り上げる。


「クロ! 狙い通りか?」

「やれる限りは! 敵中央部へ突入成功!」

「モニター、起動しまス!」


 ドラムさんが外を映しだす。ウチュウと船が画面いっぱいに散らばっている。視界いっぱいに散らばっている。様々な光線が、みな一様にこの船を狙っている。それだけしか、分からなかった。


「同士討ちが怖くねえのか」


 キャプテン・ヴァルマが唸る。そうか。ウチュウで包囲に成功しても、こちらが回避できれば向こう側の仲間に当たってしまうのか。僕が囲まれて殴られるのとは、わけが違う。


「突破困難。旗艦拿捕、具申」


 ガシャさんの声。なんとなくだけど、状況は良くないらしい。だけど僕にできることはない。みんなに頼ることしかできない。わからないなりに、知るしかないのだ。


「リラァ、旗艦を予想しな」


 キャプテンが口を開く。気が付けば、皆の言葉が短くなっていた。戦闘がものすごく速いからだろうか。

 はたから見ていても目まぐるしく、景色があっちこっちに動いていく。全部を追いかけたら吐きそうなので、ちょっと前から遠くだけを見ることにしていた。


「あちら。カモフラージュ。しかし速いです」


 僕の見た限り、敵――海賊同盟とかいう組織の、待ち伏せだろうか――は大小様々な宇宙船で構成されている。

 リラさんが指差したのは、この船の前方、最も奥に位置する小さい船。確かに、動きが早く見える。


「覚えたか」

「鍛えられました」

「クロ、高速機動の余力は?」


 リラさんの答えに満足したのか、キャプテン・ヴァルマは矛先を変えた。


「まだイケまさ」


 こうして会話している中でも、戦闘は続いている。機動の度に僕は振り回される。必死に吐き気をこらえるでも拘束物のおかげで、一線は越えずに済んでいた。


「拿捕は厳しいが……」


 画面を見るぬいぐるみ。目は動かないはずなのに、真剣味があった。この状況を切り抜ける作戦を、思いついたのだろうか


「クロ!」

「あいさあ!」

「想定旗艦、近付け!」

「よおそろ!」


 指示を受けて、更に機動が激しくなった。急回転。急上昇。急降下。縦、横、斜めに激しく揺れる。再び胃から大きな波がせり上がり、僕は歯を食いしばった。


「ユニィ! 踏ん張れ!」


 キャプテンからだみ声が飛ぶ。励ましてくれているのだ。僕は応えて、必死に耐えた。そうするうちに、画面はリラさんが指摘した船に近づいていた。


「推定旗艦まで距離二十!」


 リラさんの声。ぬいぐるみの目が、光って見えた。光の具合だろうけど。


「クロ。五まで近づけ」

「ヨウソロ」


 二人の声は低くて重い。今からやろうとしていることはわからないけど、その難しさはなんとなくわかった。だけどキャプテンは。


「星のォ、合間にィ、命の華がァ」


 楽しげに、僕には分からない詩を口ずさむ。


「一つゥ、誇ってェ、咲いているゥ」


 素早い機動で、どんどん近付いて。旗艦と思われる船が、画面いっぱいになった。乗組員は見えないけれど、側面の剥げた塗装までもがハッキリ見える。敵からの攻撃が、減ったようにも見えた。


「攻撃はしねえからよ。黙って通してくれや」


 敵に向けて、キャプテンが一言。次の瞬間。一気に機体が下を向いた。直角以上の角度で、急降下していく。


宇宙そら戦場いくさばは、男の死に場所! 気張れェ!」


 ぬいぐるみが声を張り上げる。いつもこうしてきたのだろう。クルーの皆も、それぞれの役割を担っている。


「ブースト掛けまさ!」


 クロガネさんが声を張る。


「ブッちぎれ!」


 キャプテン・ヴァルマが声を返す。再び唸る、お腹への一撃。画面に広がるのは敵のいないウチュウ。僕たちは戦線離脱に成功したのだ。


 ***


「敵編隊、距離一万」


 ガシャさんの短い声を合図に、ようやく船内の空気が緩んだ。


「……ぷはっ! やってやったぜぇ」

「ま、合格ね」

「うっせえ!」


 大きく息を吐くクロガネさんに、リラさんがねぎらいの言葉をかけ。


「海賊同盟の連中、相変わらず下っ端に容赦ねえな」


 ヴァルマさんがため息をつく。


「キャプテン。ミコモタ・ジーモデ、よろしいですカ?」


 変わらない調子のドラムさんが、キャプテンに問う。


「……ああ急ぐぞ。嫌な予感しかしねえ」

「ヨウソロ。三時間は掛かりまス」


 ドラムさんが、キカイを操作し始めた。ガシャさんは武装や燃料の確認に徹している。リラさんが地図……いや、ウチュウ図だろうか。とにかくなんらかの図面を開いて、覗き込んだクロガネさんが引っ叩かれている。ただ、聞こえてくる言葉はどこか優しげなものだった。


 思い返す。僕は結局、なにもしていなかった。なにもできないまま座って、ただ振り回されていた。知ることしかできない。見ることしかできない。僕はこの船にいて、役に立つのだろうか。


「見る。知る。今はそれでいい」


 だみ声が、僕を叩いた。


「俺は口が下手だ。どうしても長くなるか、荒っぽくなっちまう。さっきもそうだっただろう?」


 うなずく。覚えている限り、この人はそうだった。


「……ま、なんだ。今はそいつがお前の役目だ」


 ぬいぐるみの声色が、少しだけ優しくなった。キャプテン・ヴァルマは、なにを思っているのだろうか。僕にはまだ、よくわからない。


「ミコモタ・ジーモ……俺の予感が確かなら……」


 しかし声色は、すぐに戻る。モニターとやらを見ながら、低く声を絞り出している。僕がぬいぐるみを握ると、思い出したように一言だけ返してくれた。


「さっきの話、三つ目はもう少しだけ待ってくれ」


 言葉を発してる最中も、キャプテンの目はウチュウを捉えていた。

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