「総員、発射に備え!」
「ヨーソロー!」
五つの声が、ブリッジにこだまする。超銀河航法から目的地に到着し次第、残りの火器をぶっ放す。それがキャプテン・ヴァルマの決断だった。
当たる当たらないではなく、敵がいる前提での攻撃態勢。もし外したら。そう思うと、ぬいぐるみを持つ手に力が入ってしまった。
「……俺の賭けは、大抵当たる。あと椅子の手すりを掴んで、足を踏ん張れ。ちいと揺れるぜ」
不敵な声が、耳を叩いた。言われた通りにする。キャプテンは口調こそ荒っぽいが、言うことに嘘はない。聞いておけば損しないと、経験が教えてくれていた。
「出口まで……五、四、三、二、一……。発射ァァアアアア!」
クローネさんの雄叫びと同時に、船体が揺れた。赤い光がパカパカして、目を開けていられなくなった。キャプテンの言う通りにして踏ん張り続ける。
船が動き回っている気もするが、もうよく分からなかった。手足が痛む。しびれる。ずっと目をつぶっているから、時間がすごく長く思えた。
「一M経過。接近する船なし。被害なし。敵軍観測。散開中」
リラさんの声に、僕は薄っすらと目を開けた。たった一分間だったのかと、心のなかではびっくりしていた。十分二十分、なんなら永遠にさえ思えていたのに。
「よし、突っ切るぞ。最大出力、行けるな?」
「ヨーソロ!」
クロガネさんが応じた直後、お腹に響くような重い音がして。宇宙船が一気に加速した。身体が椅子に押し付けられ、埋まりかけた。
「クロォ! 操縦ミスったらくたばっぞ!」
「承知でさぁ!」
荒っぽい操縦が、船内を揺らす。激しい上下動が僕の胃を揺らし、中の物をこみ上げさせる。
「おうっ……」
僕は耐える。皆が必死なのに僕だけ戻す。サマにならない。
「オオオオオ!」
雄叫びと同時に、僕の身体が一回転した。もちろん自力ではない。僕の身体は、椅子に飲み込まれかけている。この船そのものが、回転している。宙返りだ。
「やべっ……!」
思わず手放したぬいぐるみが、天井へ向かって落ちていく。しかし態勢が戻ると、また僕の元へと戻ってきた。
「……すまん、忘れてた。ユニ、手すりについてる、四角い出っ張りを押せ」
「え、これで……うわあ!?」
ぬいぐるみの、済まなさそうな指示に従う。するとたちまちベルトのようなものに捕まり、たすき掛けにされた。椅子に押し付けられ、身動きがままならない。
「これって……」
「いろいろとキツいかもしれねえが、お前を守ってくれる拘束だ。慣れろとしか言えねえ」
僕はうなずく。わかる。キャプテンなりに、僕を気遣っているのだ。しかし次の瞬間には再び声を張り上げる。
「クロ! 狙い通りか?」
「やれる限りは! 敵中央部へ突入成功!」
「モニター、起動しまス!」
ドラムさんが外を映しだす。ウチュウと船が画面いっぱいに散らばっている。視界いっぱいに散らばっている。様々な光線が、みな一様にこの船を狙っている。それだけしか、分からなかった。
「同士討ちが怖くねえのか」
キャプテン・ヴァルマが唸る。そうか。ウチュウで包囲に成功しても、こちらが回避できれば向こう側の仲間に当たってしまうのか。僕が囲まれて殴られるのとは、わけが違う。
「突破困難。旗艦拿捕、具申」
ガシャさんの声。なんとなくだけど、状況は良くないらしい。だけど僕にできることはない。みんなに頼ることしかできない。わからないなりに、知るしかないのだ。
「リラァ、旗艦を予想しな」
キャプテンが口を開く。気が付けば、皆の言葉が短くなっていた。戦闘がものすごく速いからだろうか。
はたから見ていても目まぐるしく、景色があっちこっちに動いていく。全部を追いかけたら吐きそうなので、ちょっと前から遠くだけを見ることにしていた。
「あちら。カモフラージュ。しかし速いです」
僕の見た限り、敵――海賊同盟とかいう組織の、待ち伏せだろうか――は大小様々な宇宙船で構成されている。
リラさんが指差したのは、この船の前方、最も奥に位置する小さい船。確かに、動きが早く見える。
「覚えたか」
「鍛えられました」
「クロ、高速機動の余力は?」
リラさんの答えに満足したのか、キャプテン・ヴァルマは矛先を変えた。
「まだイケまさ」
こうして会話している中でも、戦闘は続いている。機動の度に僕は振り回される。必死に吐き気をこらえるでも拘束物のおかげで、一線は越えずに済んでいた。
「拿捕は厳しいが……」
画面を見るぬいぐるみ。目は動かないはずなのに、真剣味があった。この状況を切り抜ける作戦を、思いついたのだろうか
「クロ!」
「あいさあ!」
「想定旗艦、近付け!」
「よおそろ!」
指示を受けて、更に機動が激しくなった。急回転。急上昇。急降下。縦、横、斜めに激しく揺れる。再び胃から大きな波がせり上がり、僕は歯を食いしばった。
「ユニィ! 踏ん張れ!」
キャプテンからだみ声が飛ぶ。励ましてくれているのだ。僕は応えて、必死に耐えた。そうするうちに、画面はリラさんが指摘した船に近づいていた。
「推定旗艦まで距離二十!」
リラさんの声。ぬいぐるみの目が、光って見えた。光の具合だろうけど。
「クロ。五まで近づけ」
「ヨウソロ」
二人の声は低くて重い。今からやろうとしていることはわからないけど、その難しさはなんとなくわかった。だけどキャプテンは。
「星のォ、合間にィ、命の華がァ」
楽しげに、僕には分からない詩を口ずさむ。
「一つゥ、誇ってェ、咲いているゥ」
素早い機動で、どんどん近付いて。旗艦と思われる船が、画面いっぱいになった。乗組員は見えないけれど、側面の剥げた塗装までもがハッキリ見える。敵からの攻撃が、減ったようにも見えた。
「攻撃はしねえからよ。黙って通してくれや」
敵に向けて、キャプテンが一言。次の瞬間。一気に機体が下を向いた。直角以上の角度で、急降下していく。
「宇宙の戦場は、男の死に場所! 気張れェ!」
ぬいぐるみが声を張り上げる。いつもこうしてきたのだろう。クルーの皆も、それぞれの役割を担っている。
「ブースト掛けまさ!」
クロガネさんが声を張る。
「ブッちぎれ!」
キャプテン・ヴァルマが声を返す。再び唸る、お腹への一撃。画面に広がるのは敵のいないウチュウ。僕たちは戦線離脱に成功したのだ。
***
「敵編隊、距離一万」
ガシャさんの短い声を合図に、ようやく船内の空気が緩んだ。
「……ぷはっ! やってやったぜぇ」
「ま、合格ね」
「うっせえ!」
大きく息を吐くクロガネさんに、リラさんがねぎらいの言葉をかけ。
「海賊同盟の連中、相変わらず下っ端に容赦ねえな」
ヴァルマさんがため息をつく。
「キャプテン。ミコモタ・ジーモデ、よろしいですカ?」
変わらない調子のドラムさんが、キャプテンに問う。
「……ああ急ぐぞ。嫌な予感しかしねえ」
「ヨウソロ。三Hは掛かりまス」
ドラムさんが、キカイを操作し始めた。ガシャさんは武装や燃料の確認に徹している。リラさんが地図……いや、ウチュウ図だろうか。とにかくなんらかの図面を開いて、覗き込んだクロガネさんが引っ叩かれている。ただ、聞こえてくる言葉はどこか優しげなものだった。
思い返す。僕は結局、なにもしていなかった。なにもできないまま座って、ただ振り回されていた。知ることしかできない。見ることしかできない。僕はこの船にいて、役に立つのだろうか。
「見る。知る。今はそれでいい」
だみ声が、僕を叩いた。
「俺は口が下手だ。どうしても長くなるか、荒っぽくなっちまう。さっきもそうだっただろう?」
うなずく。覚えている限り、この人はそうだった。
「……ま、なんだ。今はそいつがお前の役目だ」
ぬいぐるみの声色が、少しだけ優しくなった。キャプテン・ヴァルマは、なにを思っているのだろうか。僕にはまだ、よくわからない。
「ミコモタ・ジーモ……俺の予感が確かなら……」
しかし声色は、すぐに戻る。モニターとやらを見ながら、低く声を絞り出している。僕がぬいぐるみを握ると、思い出したように一言だけ返してくれた。
「さっきの話、三つ目はもう少しだけ待ってくれ」
言葉を発してる最中も、キャプテンの目はウチュウを捉えていた。
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