【注意】
今回は演出上の都合により、本来一人称としてはありえない三人称の場面が含まれます。ご了承ください。
惑星ヅヌマシャイン上空を行く九つの島と超大型船。九つの島は観光カジノ、軍事基地、居住設備、宿泊機構、政治機構を備え、超大型船には裏カジノ、金風呂のクォーツ直参のマフィア機構、クォーツの趣味嗜好に沿ったアトラクションが備えられている。そして最上階には……。
「……本部詰めはこちらの都合も知らずに、好き勝手に言いますな。……ボス?」
護衛を兼ねた付き人が、つい先ほどまでポセの映っていたモニターを落とす。まったくもって一方的なビデオレターであった。内容こそ真に迫っていたが、クォーツとカジノマフィア、そしてヅヌマシャインを制する権力があればどうにでもなる話だ。付き人はそう信じていた。
しかし。
「おしまいだ……。ポセさんはやると言ったことは必ずやる。ヴァルマの亡霊がやって来る……」
クォーツの手は震えていた。葉巻を持つ手は揺れ、数年前に剃った頭は脂汗にまみれていた。無論人前ではカツラを付けている。プライドが成り立たないからだ。お気に入りの女達ですら、この事実は知らぬ。知ってしまった女は、皆ヅヌマシャインの大地に『還した』からだ。
「……」
付き人――従来のそれとは違い、黒いローブに身を包み、やや小柄である――は、緑肌の細い指先に火を灯した。予備動作なしの動きだった。彼はそういう種族の末裔だった。クォーツを見出し、補佐し、守り、そうしてこの地位についたのだ。彼は気味の悪い笑い声を立てた。
「ニシシシシ……。恐れることはありませぬ。亡霊ならば、我が得手なり。おおよその敵手であれば我が能力に勝ちうる者なし。あのヴァルマとて、そうして捕縛せしめた。ならば」
「あ、ああ。そうだ。だが今も、我がコミュニティ通信では傘下の組織連中から次々と離脱通告が提出されておる。『海賊同盟』への忠誠宣言も添えてだ。我々は切り離されたのだ。すべてポセさんの手管によるものだ」
クォーツの呼吸は荒い。付き人は炎を揺らめかせ、震える葉巻に火を与えた。クォーツは深呼吸のように煙を吸い上げ、そして吐き出す。一呼吸をおいて、今一度口を開いた。
「ヴァルマの襲撃は撃退できるとしよう。銀河警察はウォズ……ウォズリット氏が丸め込めるとしよう。だがその先には、海賊同盟の征伐が待ち受けるだろう。すべてをしのげると思っているのか?」
やや落ち着いたクォーツが、絞り出すように言葉を発する。付き人は静かに、首を振った。
「難しいでしょうな」
「だろう? だからここで終わりだ。私とウォズは財産抱えて銀河高飛びだ。女は一人連れて行く。お前も来い。この船は大地に還し、ヅヌマシャインは荒廃した星へと戻る。全客人に通達せよ。閉店だとな。それと……」
「ハッ」
付き人……ローブの男は、形ばかりの一礼をした。本来あるべき二人の関係において、それ以上は無用だった。
「ここから先、こちらへ向かってくる船は味方であれども審問に掛けろ。ポセさんがそう言った以上、キャプテン・ヴァルマは確実にここに来る。故に、ここで完全に仕留めるのだ」
「委細承知しました。万端、整えさせていただきます。しからば、二H後には」
「うむ、頼む」
こうして、ケツに火がついた男たちによる協奏曲は始まった。
***
僕は、ぬいぐるみを脇に抱えてひた走っていた。前にはドラムさんとガシャさんが立つ。二人の防御力が、この戦では大きい。クロガネさんは遊撃。徒手空拳で敵を翻弄し、大暴れしていた。
「旦那ァ! キリがありませんぜぇ!」
クロガネさんが叫ぶ。実際、敵勢はワラワラとこちらに迫っていた。雑然とはしているが、やたらと数が多い。倒すにも手間がかかる。
「ザコ! なんのためにドラムがいると思ってんだ! やれ!」
「はイ」
ぬいぐるみがだみ声を吐くのとほぼ同時。一筋の光線が敵を薙ぐ。あっという間に敵軍が燃え、壁や床も焦げていく。再び嫌な臭いが充満する。しかし、僕は顔をしかめるだけにとどめた。
「その調子だぁ」
ぬいぐるみが、小声で言う。
「耐えろ。なにも心を動かすなとは言わねえ。だが、己の指示一つで、命はたやすく吹き飛ぶ。そのことは覚えとけ」
「はい」
僕達は、基地の中へと侵入していた。『金風呂のクォーツ』とかいう人が、どこでなにをしているか。こちらからではわからない。だけど、僕達は進まなくてはならない。キャプテンの敵を討つために。
「止まれ!」
「我々はヅヌマシャインの正式な防衛隊だ!」
「貴様らには降伏の権利がある! 両手を上げろ!」
そして遂に、統制の取れた軍隊が現れた。銃と思われる長い筒を構えて、整列している。リラさんがいくら撹乱しても、やはり集結を阻むのは難しいのだろう。三人はともかく、僕の足は反射的に止まりかけた。だが。
「うーるーせぇーなぁー? 通り一遍の文句を垂れりゃあ、後は容赦なくぶっ殺せる、ってか?」
苛立ち紛れのだみ声が、別の意味で場を凍らせる。指揮官らしき人が震えているのが、僕の目でも分かった。
「ユニ、進めぇ。迷うな。ためらうな。堂々とだ」
だみ声が、僕に指示を与える。僕に力をくれる。ガシャさんとドラムさん、クロガネさんを従え、僕は一歩ずつ進んでいく。
「と、止まれ!」
一声。当然僕等は止まらない。
「撃つぞぉ!」
二声。止まる理由はどこにもない。
撃たれて死ぬなら、それも運命。キャプテンならば、そう言うだろう。
「ええい、撃て! 撃ち殺せ!」
三つ目の声。発砲音。ガシャさんとドラムさんが前に出て、僕をかばった。僕の使ったものと似ていたのだろう。二人にダメージはないようだった。
「ちぃ!」
クロガネさんが敵陣に飛び込む。速い、と僕は感じた。
「見られるぜ、アイツの本領」
ぬいぐるみの小声。僕からは人垣で見えないけれど。次に起きた出来事は見えた。何人かの兵士が僕たちに背を向け、同士討ちを始めたのだ。
「これ、は?」
「大将ォ! 突っ切ってくれぇ!」
クロガネさんが叫ぶ。僕は見た。彼の掌から、見えるはずのない糸が伸びている。兵士たちを、操っている。
「アイツの秘技だ。他人の脳を操作する。アイツの星じゃ、そのために涙を枯らすんだとよ」
「なるほど……行きましょう!」
クロガネさんの行動を無駄にする訳にはいかない。心に力がみなぎり、僕たちは突き進む。同士討ちの現場を縫い、鋼鉄の戦士を盾にして、前進を続ける。しかし。
「キャプテン、逃げて下さ……きゃああああ!?」
道中。前方からリラさんの声。続いて轟音。
吹き飛ばされるリラさんに巻き込まれ、僕たちも転がされてしまった。
「くっ……なんだってんだザコ」
悪態をつくぬいぐるみ。しかし、油断ならぬ敵がそこまで来ていた。
「キヒ……テキ、ハッケン。コロセコロセコロセ!」
「やはり撹乱者がいましたね。弟よ、全員殺して差し上げなさい。あのお方の手を、煩わせてはなりません」
リラさんが来た方向から現れたのは、二人の男。兄弟のようだ。
一人の体は熊のように大きく、毛皮に肌を覆い尽くされていた。
一人はメガネを掛け、腰を曲げて歩き、いかにも陰気そうだった。
「ワカッタ、ニイチャン!」
人ならぬ雄叫びが通路に響き、僕をすくませる。熊の掌が、僕とぬいぐるみに迫ってくる。
「伏せろ!」
キャプテンの声。僕は反射的に目をつぶる。次の瞬間、金属音が鳴り響いた。
「笑止。我が主、殺すべからず」
「ガシャさん!」
鎧の腕が、凶悪な掌を受け止めていた。弾き返すとそのままタックルを仕掛け、押し倒す。たちまち重量級の決戦が始まり、眼鏡の男は顔をしかめた。
「チッ……これだから獣人は。我が弟とはいえ、使い物にならぬ」
ためらいのない侮蔑の声に、僕は髪が逆立つ感覚を得た。人をいたわる気持ちが、この男にはないのか。
「まあ、良しとしましょう。残りは無力な少年とぬいぐるみ。さあ、私に降伏し、命乞いをなさい」
歌うように。流れるように。眼鏡の男は言い立てる。ナメられていると、僕は感じた。コイツは、孤児院の連中と同じ顔をしている。思わず、感情が弾けてしまった。
「嫌だ」
僕は言い切った。だけど足りない。もっと並べてやる。コイツが何者かだなんて、僕の知ったことじゃない。そもそも知らない。
「家族を顎で使って、使えなくなったら侮蔑する。そんな奴に、頭なんか下げない! 昔の僕には、戻らない!」
ぬいぐるみをかき抱く。抱きしめる。なにか言いたそうだったが、手で塞いだ。深く呼吸する。口の中がカラカラだった。
「僕だってまだ全然なにも分かっちゃいないさ。だけどわかることもある! この人達は、目的のために命を懸けてる! おまえのように、汚れ仕事を人に投げたりなんてしてないっ!」
一気に言い切る。言ってやる。歯のカチカチと鳴る音が、耳に響く。怒っているのだと、すぐに分かった。
「いけしゃあしゃあとぉ……!」
僕の眼を見る眼鏡の男。目が血走っていた。妙に輝いていた。男が懐から銃を抜く。僕が使ったものとは、まったく違うものだった。
「ここで殺してあげましょう……」
僕の眉間へ、銃が突きつけられる。僕は望みを探して、周囲を探った。
ガシャさんは。まだ熊獣人と戦っている。
ドラムさんは。リラさんを守って敵軍と争っていた。
クロガネさんは。この場にいない。
助けはないと、覚悟を決めた。
「さぁん……にいィ……」
カウントダウン。僕は目をつぶらない。ここで死んでも、来世で晴らす。その一心で、男を目に焼き付ける。
「いぃいいいぃぃいいち……」
狂気と噛み合う僕の視線。もはや死線は、すぐ側にまで迫っていた。
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