キャプテン・ユニバースの出立

少年が、宇宙での冒険を経て青年になる物語
南雲麗
南雲麗

第11話 楽にしてやれ【三人称含む】

公開日時: 2020年10月11日(日) 23:49
文字数:3,922

※演出の都合上、三人称を含みます。ご了承ください。

 クォーツを仕留めに向かう途中、そっとガシャさんに視線を送る。ローブの男もガシャさんも、立ったまま動かなくなっていた。生きていてほしいが、今の主題はそちらではなかった。


「四対一だぜ、『金風呂のクォーツ』よぉ」

「諦めた方が身のためかと」


 僕が追い付く。クロガネさんが。リラさんが。クォーツ氏の心を折ろうとしていた。だが。


「う、ううううう、うるさいっ! 海賊にも至らぬチンピラ風情が、このヅヌマシャインの支配者に! 降伏、だとぉ!? ふざけるな。四人どころか、三人とぬいぐるみだけではないか!」


 でっぷり太った体を震わせ、額に血管を浮かべて。クォーツ氏は吠えた。僕はぬいぐるみに促され、更に一歩、間合いを詰めた。


「よぉ、金風呂ォ。追い詰められる気分はどうだ?」


 互いにやろうと思えば、即座に撃ち込める距離。キャプテンはだみ声で挑発し、先手を取った。たちまちクォーツ氏の顔が、青く染まっていく。

 この場所でもおそらく、何度か聞こえていただろう。だが確証を得たのは。


「馬鹿な。ヴァルマ、貴様は確かに……」

「死んださ。ああ、死んだ。だが、小細工すればなんとでもなる。『医者』が上手くやってくれたぜ」


 種明かしをやり返されて、目を白黒させるクォーツ氏。歯ぎしりの音が、耳に障った。


「『医者』……! おのれ、あやつか……っ!」


 燃え盛るような怒りをあらわにするクォーツ氏。だが直後。怒りは殺意へと切り替わる。


「よかろう。もはや他のすべてを恨む気はない。ポセさんも、海賊同盟も、去っていった傘下の連中も。だがキャプテン・ヴァルマ。貴様だけは許さぬ!」


 スーツのポケットからなにやら取り出し、中央の膨らんだ部分を押そうとする。


「ユニ、止めろ!」

「っ! ……え?」


 ぬいぐるみが叫び、僕は手元を狙って光線銃を撃つ。

 しかし光はちょろっと漏れただけで、すぐに消えた。そうか、さっき……。


「チイイイッ!」

「ハハハハハ! 勝った! 来い、我がバトルスーツ!」


 床を破壊し、下からせり上がって現れたのは、白い二足歩行の物体。ドラムさんの倍以上は大きい。人間でいう胸の部分が透けていた。宇宙船のブリッジが、脳裏に浮かんだ。


「馬鹿! 離れろ!」


 クロガネさんに引っ張られる。床が次々にひび割れていく。このままでは崩壊に巻き込まれてしまう。


「転がれ!」


 再び指示。ぬいぐるみを抱えて必死に転がる。いつまで転がり続けていたか、分からないけど。立ち上がれば、圧倒的な不利がそこにはあった。


「畜生……」


 ぬいぐるみの舌打ちが聞こえる。


「どうしろってんだよ」


 男の立ちすくむさまが見える。


「あんな奥の手があったなんて」


 女が嘆く声が、耳に障った。


「いよいよ、ダメかも……」


 僕も思わず、つぶやいていた。右手を握り締める。痛む。歯を食いしばる。しかし攻撃手段がない。鋼鉄の巨人を、見上げるほかなく。


「ハーッハッハー!」


 ありきたりな勝利の雄叫びと同時に、鋼鉄の腕が振り下ろされる。ハンマーを振り下ろすような、動きだった。


「畜生!」


 引っ張られる感触。クロガネさんが、僕の手を引いていた。逃げるのか。逃げるしかないのか。リラさんを目で探す。床の一部が、妙にきれいだった。


「畜生……! 畜生ッ!」


 衝撃波が来る前に飛びながら、クロガネさんが言葉を漏らす。だがその時。


「伏せロ」


 独特の音声。慌てて従うと、僕の上を熱が通っていった。顔をそっと上げると、細いビームが白いバトルスーツを撃ち抜いていた。


「ドラム三一五六五号、出撃すル」

「はい!?」


 思わず声が上ずる。ビームの主、ドラムさんが。バトルスーツと同じぐらいに大きくなっていた。どういうことなのかと、あの工作員を目で追おうとする。しかし。


「どケ」


 いつもと違う言葉遣いで、ドラムさんが突っ切っていく。クロガネさんに、また引っ張られた。


「あんなドラム、俺も見たことねえぞ……。この芸当は、まさか」


 ぬいぐるみが、小さくぼやいた。だが次の瞬間には、考えを切り替えていた。


「まあいい。ドラム、クォーツを引きずり出せ!」

「了解」


 もう一発、細いビーム。今度は近距離で、透けているところが狙われた。命中。しかしドラムさんはすでに間合いを詰めていた。ヒビの入ったところに腕を差し入れ、こじ開けていく。


「や、やめろ止めろ貴様この私になにを」

「指揮官ノ、指令のままニ」

「うわああああ!?」


 なにが起きたかはこちらからは見えにくい。だが大きくなったドラムさんは振り向くと、こちらへ膝をついた。手を広げ、優しく地面につける。


「へぶあ!」


 転がり出たのは、クォーツ氏。『金風呂のクォーツ』と呼ばれていたその人だった。


「キャプテン・ヴァルマァ……!」


 僕たちを見上げる声に、恨みがこもっていた。命を取るまで追い詰めながら、結局全てを奪われた。その怨念が、声と視線にこもっていた。


「来いよ」


 僕の懐で、ぬいぐるみが言った。トラのぬいぐるみが放つだみ声が、広い空間に響き渡る。


「俺を死ぬまで追い詰めといて、結局ザコどもとガキにしてやられたのが悔しいんだろ? 来いよクォーツ。立ってみろ。俺はここにいる。見届けてやる。俺を真に殺してみろよ」


 あまりにもの挑発に、僕はぬいぐるみの口をふさごうとした。だけど。


「止めるな」


 クロガネさんから、小さな声。そして。


「これ持っとけ。最後の最後。護身用だ」


 先ほど初めて人を殺した時と、同じ形の拳銃を渡された。


「ヴァルマ……ヴァルマァ……!」


 クォーツ氏が、立とうとしていた。今までの攻撃と二発の光線で、あちこちに傷を負っている。だが、手足を踏ん張り、立ち上がらんとしていた。僕は銃を構えつつ、彼への警戒を絶やさなかった。


「ヴァアアアアルウウウウマアアアアア!」


 ぬいぐるみを見上げる視線と、目がかち合った。身体をガクガクと震わせながらも、ついに男は立ち上がった。護身用だろうか、腰に下げていた銃をこちらに構える。僕のとは違うその形は、やはり光線銃だろうか。


「早撃ち勝負かい」

「違うな。私が勝つ。古式の弾丸銃に、負ける余地はない」

「じゃあやろうか。俺はこんなだから、息子が名代だがな。クロォ、『わかってるな?』」


 ヘイ、と言いながら近寄るクロガネさんに、僕はぬいぐるみを預けた。銃を両手で握り、敵を睨み付ける。永遠にも似た沈黙が訪れ、互いにジリジリと距離を測りあった。


 ポトン。


 それが誰からの音かは知らない。僕からの手汗だったのかもしれない。ともかく、反射的に引き金を引いてしまい――


「ウッ!」


 勝ったのは、僕だった。クォーツ氏から放たれた光はリング状に広がり、僕まで届くことはなかった。一方僕の弾丸はまっすぐに飛び、男の腹へと突き刺さっていた。血が溢れ、身体が崩れ落ち、もはや抵抗の余力はないように見えた。


「こ、この近さ、で……!」


 クォーツ氏が唸る。だがぬいぐるみは切って捨てた。


「ああ、近いな。だが、俺は勝った。運が味方した」


 キャプテン・ヴァルマは静かに言い切り。そして。


「ユニ、楽にしてやれ」

「……はい」


 僕に最後を委ねた。最初は胸、心臓に押し付ける。手が軽く震え、僕は無理矢理抑え込んだ。


「そこよりも、口にぶち込むのが手っ取り早い」

「や、やめろ……ぶがあ!」


 僕は無言でうなずき、クォーツ氏の口に、銃を差し込んだ。彼はそれで、黙りこくった。直後に響いた乾いた音と、感じた重い手応えは、いつまでも忘れられそうに……


「警告、警告。本船自爆まで残り十五M! 残り十五M!」


 いや、忘れる必要があった。すっかり忘れていたが、この船にはすでに警告が出ていたのだ。早く脱出しなければ。


「キャプテン、道は確保しました!」


 リラさんの声。どうやら床に紛れたついでに、道の確保に勤しんでいたらしい。しかし。


「問題なシ。全員、ここに入レ」


 膝をついたままだったドラムさんが、自分の胴を開ける。そこには鎧も含めて、数人が入れるほどの空洞があった。


「ぬおおおっ、重いっ!」


 クロガネさんが、ガシャさんを運び込む。まだ動かないあたり、かなりの重傷なのだろう。途中でリラさんと僕も手伝い、なんとか積み込んだ。


「残り五M! 残り五M!」

「ドラムゥ!」

「飛行モード、オン」


 遥か彼方の隔壁を、ドラムさんはビームでふっ飛ばしていた。あとは飛ぶだけ。走り出す振動を、全員が踏ん張って耐えしのぐ。リラさんはちゃっかり壁面に変化し、みんなの空間を広げていた。


 バァン!


 踏み切りの音と、加速のための爆発音が、ほとんど同時に耳に入った。浮遊感を得た少し後、本格的な爆発音が耳をつんざいた。


「ひとまず近辺の惑星に飛びまス。後のことは、それからデ」


 ドラムさんからの声。ともかくこれで、すべてが終わったのだった。


 ***


 スルギオカ銀河のどこかに、その場所はあった。海賊同盟最上級幹部の一人であるポセはようやく器と認識している男へと意識を引き戻し、一息ついた。


「興味本位で、わざわざ見に行くものじゃあないね……」


 一気に噴き出した汗を、特殊なタオルで拭き取っていく。依代が死んだだけとはいえ、やはり疑似体験は洒落にならないのだ。


「死んだ潜入工作員に憑依し、決戦を見届け、ついでにドラム缶ロボットの戦闘モードを解放する。手間をかけてくれたよ」


 ポセはため息を吐く。汗を拭い切ると服を脱ぎ、器の体を鏡に晒した。さっくり言うと、ポセは「そういう種族」だった。幾人のも身体を乗り移り、長き人生を送ってきた。海賊同盟の創設にもかかわり、事実上のボスでもあった。


「ともあれあの少年、意志もある。運もある。あとは……」


 ポセは手帳を開き、メモしていく。ユニの記述が、追加されていった。そして。


「力。武力。カリスマ。指揮能力。ぜひとも身に付け、ヴァルマのごとく育ってくれたまえ」


 男は筆を置き、身を横たえたのだった。

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