隠れジョブ

自然の支配者で脱ボッチな異世界生活
破滅
破滅

どうも、どうやら俺は冒険者になるようです

公開日時: 2025年6月20日(金) 22:00
文字数:3,474

騎士たちの亡骸がストレージの闇に消え、血の匂いが風に攫われると、広大な草原には俺一人だけが残された。しん、と世界が静まり返る。自分の荒い呼吸と、心臓が肋骨を叩く音だけが、やけに大きく聞こえた。


(……殺した)


初めて、この手で人の命を奪った。その事実は、ずしりと重い鉛となって俺の胃の底に沈んでいく。今も、刃こぼれの剣を握る手は小刻みに震え、指先からは血の気が引いていた。込み上げてくる吐き気を、奥歯を噛み締めて必死にこらえる。


だが、後悔はなかった。いや、後悔している暇などなかった。あの状況で躊躇えば、死んでいたのは間違いなく俺の方だ。俺は生きるために、殺した。それだけのことだ。


(そうだ……生きるんだ。生き延びて、あいつらを見返してやる)


王、騎士、そして俺を蔑んだクラスメイトたち。いつか、あいつらが俺の存在を無視できないほどの力を手に入れてやる。誰にも縛られず、誰にも見下されず、この世界で自由に生きていく。それが、今の俺の唯一の目標だった。


そのためには、まずこの何もない草原から脱出しなければならない。俺は、先ほど習得したばかりのスキルを試してみることにした。


(――自然の心得)


そう念じた瞬間、俺の脳内に、周辺一帯の地形が立体的な地図となって鮮明に浮かび上がった。森、川、丘、そして……遥か西の方角に、一つの青く輝く光点が見える。鑑定するまでもなく、それが人の営みがある場所――街であることを直感した。同時に、マップのあちこちには、敵意を示す赤い光点がいくつも点在している。あれが、この世界に生息するモンスターなのだろう。


「……まずは、あの街を目指すか」


俺は、騎士たちが持っていた僅かな食料と水をストレージから取り出し、歩き始めた。

それから、三日。俺の旅は、過酷なサバイバル生活そのものだった。


夜は、『自然操作』で地面を盛り上げて風よけの壁を作り、枯れ枝に火を灯して暖を取る。昼は、モンスターとの遭遇を避けながら、ひたすら西へ向かって歩き続けた。食料が尽きれば、スキルで木の実を強制的に成長させて飢えを凌いだ。このサバイバルを通して、俺は自分の持つ力が、戦闘だけでなく、生きることそのものに深く結びついていることを実感し、少しずつその使い方に慣れていった。


そしてこの旅の間、俺はこれからどう生きるべきかを、ずっと考えていた。自由に生きるためには、力が必要だ。そして、力と同じくらい、この世界で生きていくための「身分」と「金」が必要不可欠になる。その全てを、自分の腕一本で手に入れられる職業。


(……冒険者、か)


ラノベではお決まりの職業。危険は伴うが、実力さえあれば誰でもなれて、モンスターを倒せば金が手に入る。依頼をこなせば、信用、つまりは身分も得られるだろう。今の俺には、それ以外の選択肢はなかった。


四日目の朝、地平線の先に、ついに巨大な城壁が見えてきた。乾いた喉に、ごくりと唾を飲み込む。あれが、俺の新たなスタート地点になる街だ。


近づくにつれて、その規模の大きさがわかってくる。高さ数十メートルはあろうかという堅牢な石造りの城壁が、街全体をぐるりと囲んでいる。門の前では、多くの人々や荷物を満載した馬車が行き交い、活気に満ち溢れていた。


俺は少し緊張しながら、人々の列に並び、順番を待つ。やがて俺の番が来ると、門番の一人が、人の良さそうな、しかし鋭い眼光で俺を上から下までじろりと見た。


「よう、坊主。見ねぇ顔だな。この街――シャルテンに来るのは初めてかい?身分証になるようなもんは持ってるか?」


その視線は、俺の着古した革鎧や、腰に差した刃こぼれの剣、そして、その奥にある俺自身の覚悟を見透かしているようだった。


「ああ、初めてだ。旅の途中でな。身分証は、まだ持っていない。この街で作りたいんだが」


俺がそう答えると、門番は「そうかい」と頷いた。


「なるほどな。旅の途中たぁ、その歳で大したもんだ。だが、規則は規則だ。身分証がねぇ者は、こいつで調べさせてもらうことになってる」


門番が示したのは、台座に設置された水晶玉の魔道具だった。


「こいつに手をかざしな。もし、過去に無用な殺生みてぇな犯罪歴があれば、赤く光る。そういう奴は、残念だがこの街には入れられねぇ」


(犯罪歴……!)


騎士を二人殺している。これがバレたら、どうなる?一瞬、冷や汗が噴き出した。だが、もう後戻りはできない。俺は覚悟を決め、恐る恐る水晶玉に手をかざした。


水晶玉は、淡い白い光を放っただけだった。


「……よし、問題ねぇようだな」


どうやら、あの騎士殺しは「正当防衛」として扱われたのか、犯罪歴にはカウントされなかったらしい。安堵のため息が漏れる。


「それじゃあ、ようこそ!城壁の街シャルテンへ!身分証が欲しけりゃ、街の中央にある冒険者ギルドへ行くといい。腕に覚えがあるなら、そこで冒険者登録をしな」


門番はそう言うと、ニカッと笑って俺の肩を軽く叩いた。その不器用な優しさが、少しだけ心に沁みた。


門をくぐり、シャルテンの街に足を踏み入れる。そこは、俺が想像していた異世界そのものだった。石畳の道を、様々な人種が行き交う。獣の耳と尻尾を生やした獣人、屈強な体つきのドワーフ、そして、俺と同じ人間。市場からは香辛料の匂いや、肉の焼ける香ばしい匂いが漂い、鍛冶屋からはリズミカルな槌の音が聞こえてくる。全てが新鮮で、俺の心は自然と高揚していた。


俺は、街の活気を楽しみながら、中央広場に面して建つ、一際大きく、そして武骨な建物へと向かった。巨大な剣と盾の看板が掲げられたそこが、冒険者ギルドだ。


ギルドの重い木の扉を開けると、酒と汗と鉄の匂いが混じり合った、むっとするような熱気が俺を包んだ。昼間だというのに、酒場で酒を酌み交わす者、大声で武勇伝を語る者、依頼書を睨みつけながら唸る者。そこにいるのは、一癖も二癖もありそうな荒くれ者ばかりだった。


俺のような、ひょろりとした少年が一人で入ってきたのが珍しかったのだろう。ギルド中の視線が一斉に俺に突き刺さる。好奇、侮蔑、そして獲物を品定めするような、鋭い視線。再び、アウェイの洗礼だ。だが、もう昔の俺じゃない。俺は、その視線を意にも介さず、まっすぐに受付カウンターへと向かった。


「……冒険者登録を、したいんだが」


俺が声をかけると、山のような書類を捌いていた受付嬢が、顔を上げてこちらを見た。


「はい、新規登録ですね。では、こちらの用紙にご記入をお願いします」


渡された用紙に、名前や年齢を記入していく。得意武器の欄には、とりあえず「剣」と書き、スキルについては『鑑定』や『ストレージ』など、差し障りのないものだけを申告した。『自然の支配者』なんて書けば、面倒なことになるのは目に見えている。


「はい、確認しました、カンザキ・ショウさん。では、こちらのギルドカードに、血を一滴お願いします」


言われるがままに針で指を突き、血をカードに垂らすと、カードは蒼白い光を放ち、俺の名前と、最低ランクであるFの文字が刻まれた。


「これで、あなたも今日から冒険者です。ご活躍を」


登録を終え、ギルドカードを受け取る。まずは、一番簡単な依頼でも受けて、今日の宿代を稼ぐか。そう考えて依頼書が貼られた掲示板へ向かおうとした、その時だった。


ずしり、と。

背後に、巨大な岩のようなプレッシャーを感じた。振り返ると、そこには身長2メートルはあろうかという、鬼のような形相の巨漢が、俺の行く手を塞ぐように立っていた。背中には、身の丈ほどもある大剣が二本。その体から放たれる威圧感は、俺を殺そうとした騎士たちの比ではなかった。


(絡まれるのか……?これが、ラノベでよく見る洗礼ってやつか……!)


身構える俺に対し、しかし、男は何も言わずに、ただその鋭い目で俺をじっと見つめている。ギルド内の誰もが、固唾を飲んで俺たちを見守っていた。やがて、巨漢は低い、地の底から響くような声で、一言だけ呟いた。


「……新入りか。死ぬなよ」


それだけ言うと、男は俺の横を通り過ぎ、ギルドの外へと去っていった。あっけに取られる俺。俺は慌てて、彼の背中に向かって『鑑定』スキルを使った。


【ガルド・ロウツァ】

ランク:A

二つ名:鬼のガルド


(Aランク……!?)


その強大なステータスと、圧倒的な存在感。そして、不器用ながらも、その言葉の奥に感じられた確かな気遣い。この世界は、理不尽で残酷なだけじゃない。こういう人間も、いるのだ。


俺は、少しだけ口の端を緩めると、ギルドの扉へと向き直った。

冒険者、神崎翔。

俺の物語は、まだ始まったばかりだ。

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