三界の書 ―銀閃の聖騎士と緋剣使いの少年―

少女は、持ち前の明るさで闇の中の少年を照らす
阿季
阿季

《4》聖女様は世間知らずのようで

公開日時: 2020年10月14日(水) 20:40
更新日時: 2021年2月7日(日) 12:51
文字数:2,327

 リュウキはリルをラナイの近くに降ろすと、広間の様子を見に離れていく。

 それを確認するとリルは開口一番に慌てて言った。


「あっと、ラナイごめんね?」

「はい? どうして謝るんです?」


 リルの怪我を治癒しようと杖を翳したラナイは首を傾げる。


「え、いや、えっと、なんとなく?」


 理由は言いにくくてリルは誤魔化した。訳が分からないラナイだったが、とりあえず治癒を始める。


「リュウキが怪我人を運ぶとたまに謝られるのですが、どうしてなんでしょうか」

「…………」


 聖女様は俗世間には疎いらしい。


「リュウキはさっきみたいに人を運ぶの?」

「あれだと怪我してる人をそんなに動かさずにすみますから」

「そ、そうね」

「なぜか子供や自分より小さい女性にしかしませんけど」

(そりゃそうだ……)


 心の中で呟くリルである。

 リュウキの方は知ってるのか気になったが、知っていればあの性格上しないような気がした。

 とはいえ、子供や女性にしかやらないということはやはり知っているのか。

 もしくは他の誰かがそういうことをしているのを見ていたとか?

 話してみようかとも思ったが、ラナイの手前気が引けた。今までもそんな感じで誰も話さなかったのだろう……

 ラナイが怪我を治癒してくれている間、リルはそんなことを悶々と考えていたのであった。


 一方、女魔族は崩れた壁の端からリルたちのいた広間をじっと見ていた。


「……厄介なことになっているようだな」


 何かわかるのか、女は僅かに目を細める。


「私の聖結界で広域浄化してみますか? 魔核を見つけるのは大変そうですし」


 リルを治癒しながらラナイが提案する。リュウキは少し考えて言った。


「……そうだな。それが早いか……」

「ではリルさんの治癒が終わったら中に」


 聖結界は自分を中心に展開するので対象地域の真ん中あたりに移動する必要がある。

 不意に女魔族が壁の穴から広間に入っていくのに気付き、ラナイは声をかけた。


「あら、キサラさん?」

「「……キサラ?」」


 初めて聞く名にリルとリュウキが反応する。


「魔族さんの名前だそうだよ。二人とはぐれている間に聞いてたね」


 ラナイと一緒にいたオウルがそう言う。リルはそうなんだと相槌を打つが、リュウキは少し険しい顔をした。

 相手の名前を聞いたということはこっちも名乗ったということだ。


(……正体のわからない魔族に名前を知られるのはあまりよくないかもしれないが……)


 とはいえ、後の祭りである。


「あ、蔓が……!」

「まあ……!」


 リルとラナイが驚きの声を上げたので、リュウキは何事かと広間の方を見る。


「……!」


 やや薄暗い広間の景色が変わり始めていた。霧が晴れるように壁や床に這った蔓が姿を現していく。


「キサラさんが!」


 女魔族――キサラが柱に囲まれた台座のようなところで蔓に拘束されていた。 隠れた蔓を何とかしている間に捕まったようだ。


「私より、魔核を」


 ラナイが心配そうにキサラを見る一方、当の本人は慌てる様子もなくそう言った。


「あれか」


 素早く視線を巡らせてリュウキが蔓に囲まれた塊を見つける。蔓の隙間から結晶のようなものが見えていた。


 見当をつけるとリュウキは背中の剣を引き抜き駆け出した。

 蔓が阻もうと襲い掛かってくるが見えていればなんてことはない。剣で蔓を斬り裂きながら魔核に接近し、リュウキは剣を振りかぶる。

 しかし、魔核の周囲に障壁が発生しその攻撃を防いだ。


「く……」


 リュウキは障壁に刀身を押し当てたまま柄を握る手に力を込める。するとゆっくりとではあるが剣が障壁に食い込んでいく。


(いけそうだ、が)


 背後から蔓が勢いよく迫ってくる。ここに留まっていてはいい的だ。障壁を壊すよりも蔓の方が早い。

 しかし、リュウキが回避しようと動くよりも早くその蔓は一本残らず切り裂かれた。

 どこからともなく飛んできた複数の投具によって。

 遠く視界の端で空色の聖騎士が構えもせずにひらひらと手を振っているような気がしたが無視し、リュウキは続けて柄を握る手に力を込める。目の前の障壁に剣を中心にして徐々に罅が広がっていく。


(もう少し……)


 体重を傾けて押し込むと障壁は乾いた音を立てて一気に壊れた。 同時に、剣の刀身にいくつか亀裂が走る。無理し過ぎたらしい。

 リュウキは腰に差していた短剣を鞘から引き抜き、勢いよく魔核に突き立てる。しかし刀身が短いので深くまで刺さらず魔核は割れない。


「くそ……」


 罅の入った剣では刺さる前に壊れてしまうだろう。どうするか考え始めるがそれはすぐに必要なくなった。


「リュウキ!」


 いつの間にか銀色の剣を持ったリルがすぐ後ろまで来ていた。ラナイの治癒が終わり、リュウキを追いかけて来ていたのだ。

 リュウキが横に退くとリルが魔核に聖契剣を突き刺す。すると魔核は真っ二つに割れ、周囲を取り巻いていた蔓はみるみる枯れていった。


「ふう……」


 それを確認しリルは一息ついた。


「片付いたようだな」


 キサラは肩に乗っかった枯れた蔓を落としながらそう言った。


「それにしてもなんで急に見えるようになったのかな?」


 リルは首を傾げた。彼女の疑問はもっともだ。

 偶然……にしてはタイミングが良すぎる。リュウキはちらりとキサラを見た。


(この女が何かしたようだったが……言うはずないか)


「ここの装置は魔植物を隠すように作動していたので、少し操作して見えるようにした」


 リュウキの予想に反してキサラはそう説明した。別に隠すつもりはないらしい。


「そうだったのね。助かったわキサラ!」


 リルは呑気にお礼を言っているが、リュウキにはまだ疑問があった。


「なんでそんなこと知ってるんだよ?」

「以前ここについては聞いたことがあった」

「誰に」

「…………」


 さすがにそこまで言うつもりはないようだ。気にはなるがこちらの目的には関係ないので追及はしなかった。

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