だが、次の瞬間にはリルはリュウキの手で思いっきり突き飛ばされていた。
「わっ……!?」
『リル!』
訳が分からないまま、リルは体勢を崩して尻もちをつく。
ヴァレルもいきなりの行動に目を瞠った。
「ちょっと、いきなりなにす……!?」
刃同士がぶつかる甲高い音が響き渡った。
改めてリュウキの方を見ると、紅晶剣を抜いたリュウキが突然現れた男の攻撃を受け止めているところだった。
男がいるのはちょうどリルが立っていたあたりだ。あのままいたら男の持つ双剣の斬撃に巻き込まれていたかもしれない。
謎の男の奇襲に気づいたリュウキが咄嗟にリルを突き飛ばしたのだ。
リルは気付いていなかった。リュウキの鋭い視線の中に焦りが混じっていたことに。
「見ていたぞ、さっきの力」
紺青色の髪の男は徐に口を開く。その言葉にリュウキはぴくりと反応した。
「なんだ……お前……」
鋭い眼光でリュウキは低く問う。その声音はかなり固い。リュウキは相手を押し返し距離を取った。
「私を楽しませてくれそうじゃないか」
しかし男はそれに答えず、少し背をかがめて双剣を構えたかと思うと一気に肉薄する。
(速……!!)
ぎりぎり目視できたリュウキは間一髪で相手の攻撃を剣で防いだ。
「リュウキ!? 今加勢するから……!!」
立ち上がったリルが銀の聖契剣を手にして参戦しようとするが、
「下がってろ!!」
リュウキは男に反撃しながらそれを拒む。
「で、でも……!」
リルは食い下がろうとするが、リュウキはそれ以上は答える余裕がなかった。
『待ってリル、相手の攻撃見えてないでしょ!? 無茶よ!』
「それはそうなんだけど、たまに見える時があるしなんとか!」
『下手に手出しするとリュウキの足を引っ張るかもしれないでしょ!』
後ろでヴァレルがリルを止めようとしている声が聞こえてくる。説得はそちらに任せてリュウキは目の前の強敵に専念することにした。
(くそ、ラナイたちに近すぎる)
この位置では戦闘の余波に巻き込んでしまう。
男が再び高速で接近してくるのを辛うじて認めると、リュウキは紅晶剣に宿る火の力を引き出した。
「<万象風源>。風よ、炎を纏いし数多の刃となりて大気を切り裂け!!」
剣を水平方向に振るい、剣の火霊力と風の万象術を組み合わせた斬撃を繰り出す。二つの霊気は無数の炎と風の刃となって男に襲い掛かった。
相手が回避のために飛び退くのと同時にリュウキはリルたちから引き離すために駆け出した。
男の意識はリュウキにしか向いていないらしく、リルたちには目もくれずにリュウキを追いかけていく。
ヴァレルに説得されてリルは参戦するのは諦めたが、そうだと首を巡らせた。
「オウル、オウルなら行けるんじゃないの!? 仮にも隊長だったよね!!」
仮にもなんて酷いなあとかいう反応が返ってきそうなことをリルは言いながら空色の神人の姿を探す。
だが近くにヴァレルとキサラがいるだけでオウルが見当たらない。もちろん彼が抱えているはずのラナイもだ。
「え、あれ、オウルは?」
『え? その辺にいるとばかり……』
ヴァレルもリルにつられて辺りを見渡す。
「キサラ、オウルは?」
「…………」
リルがたずねてみるがなぜかキサラは黙っている。彼女はついと目を少し斜め下方向に向けた。
そんなキサラを怪訝に思いつつもリルはよく目を凝らして周囲を見回す。するとヴァレルの両翼の後ろから少し空色の髪が見えていることに気づいた。
「いたー! ちょっと何やってるのよ!?」
リルがヴァレルの翼の後ろに回り込むとラナイを抱えたオウルが立っていた。
「あー……隠れんぼ?」
「ふざけてる場合じゃないでしょ!?」
「せっかくキサラちゃんにも協力してもらったのに」
「何真面目なキサラまで巻き込んでるのよ!?」
へらりと笑いながらそう言うオウルをリルは一喝した。リルの頭に怒りマークがついているのは気のせいではあるまい。
先程キサラの様子が少し変だった原因はオウルにあったようだ。
おそらく隠れるところを見られてしまったので内緒にするよう頼まれていたのだろう。
「リュウキの援護に行ってあげてよ! 隊長でしょ!?」
「まあ一応隊長だけど。そんなのただの肩書だよー」
『オウルでもあの速さは全部は見えないのね?』
「ん、そんなことはないけど」
ヴァレルに答えてからオウルはしまったという顔をした。だがもう後の祭りだ。
リルとヴァレルはずいずいとオウルに詰め寄る。
「だったら行ってきてよ!! ラナイはこっちで見てるから!」
『ほら早く!!』
「いやいやー勝手に割り込んだらリュウキ君怒るかもしれないし」
何やら視線を彷徨わせてオウルは言った。確かにリュウキの性格上、それはあり得なくもないが。
『そんなこと言ってる場合!? どう見てもリュウキが押されてるのよ!』
「あー……うん、確かにそうだけど……」
「後で文句言ってきたら私も言い返すから! ほら、行った行った!!」
「えー……でも……うーん」
リルとヴァレルがオウルを行かせようとするが彼はなかなか首を縦に振らない。
普段からそんなにやる気があるように見えるかと問われればそうでもないオウルだが、なぜか今は普段以上にやる気がないように見える。
流石になんか変だと思ったリルとヴァレルは顔を見合わせた。
「ちょっと、いったいどうしたのよ?」
『どうかしたの?』
「どうもしてないよ?」
『あの魔族とオウルは顔見知りなんだよな』
オウルは誤魔化そうとしたが、いい加減見かねて(聞きかねて)いたラシエンがばらしてしまう。
『つーか、見つからないために俺まで小さくするなよな……』
と、猫くらいの大きさになってオウルの肩に乗っかったラシエンは呆れ顔だ。
ちなみにラシエンはリルとオウルたちのやり取りをずっと呆れ顔で聞いていた。リルが隠れたオウルを見つけてからずーーーっとである。
ラシエンの意外な言葉にリルとヴァレルは驚いてオウルを見た。
「顔見知り?」
『誰か知ってるの?』
「あいつは魔境守護軍の小隊長ウルガだね。そんなに詳しくは知らないけど」
誤魔化すのはやめたオウルは肩をすくめながらそう言う。
「魔境守護軍の小隊長!? そんな魔族が襲い掛かってきたの!?」
オウルと同階級くらいではないのかとリルは驚愕の表情で遠くのウルガを見た。ウルガの双剣が凄まじい速さで閃き、リュウキが赤い剣と万象術で何とか応戦している。
『まさかまた戦争始まったとか……?』
「うーん、でもなぜかリュウキにしか攻撃しないし、相手一人なんだけど」
ヴァレルは心配そうな様子で言うが、リルは首をひねっていた。
他に魔族が現れる気配はしない。実はこの男――ウルガが勝手に襲い掛かってしまい、右往左往している魔族が更に遠くに二人いるとは思いもしない。
「ああ。ウルガはただの戦闘狂だから、たぶんリュウキ君が<死を誘うもの>を消滅させたのを見て戦ってみたくなっただけだよ」
ただの独断専行だから気にしなくても大丈夫、とオウルは言った。
「仮にも小隊長が勝手にそんなことしていいの!?」
『というか戦闘狂ってなんかやばそうじゃないの!?』
「……いや、俺に言われても?」
リルとヴァレルが同時にオウルに向かって言うので彼は困った顔で返した。
そんな会話をしているとヴァレルの近くにリュウキが吹き飛ばされてきた。
オウルはウルガの死角になるようにこそこそと移動してリュウキに声をかける。
「わざと負けてあげなよー」
「断る」
「リュウキ君も負けず嫌いだね」
起き上がりながら即答するリュウキにオウルは苦笑した。
「ああいうのは直接わからせないとだめだ」
確かに負けず嫌いでもあるが……それは黙っておいたリュウキである。
ウルガがこっちに向かってくるのに気づきリュウキは駆けだした。ウルガに向かってではなく、リルたちから一番遠くなる方向へだ。
一方、リルは走り去っていくリュウキの背中を見ながらなんとか彼の援護ができないかと考える。ヴァレルにあの時は説得されたものの、やはりただ見てるだけなのは我慢できなくなってきていた。
さっきリュウキを見た時に傷が増えていたものある。オウルはあんな調子なのでもうリルは当てにしないことに決めた。
リルの視線の先ではリュウキにウルガの双剣が襲い掛かり、再び二人の斬り合いが始まる。
(確かにヴァレルの言う通り私にはウルガの動きはほとんど見えない。リュウキはまだギリギリ見えてるみたいだけど……ん、リュウキは、見えて)
そこで何かに気づいたような顔をしたリルは、二人の剣檄をしばらくじっと目で追う。そして瞬きするとその顔に確信が満ちた。
「……そっか。これならいけるかも。ヴァレル、リュウキの援護行くわよ!」
『え!?』
いきなり背中に乗ってきた相方にヴァレルは驚く。訳が分からないヴァレルだったがリルが急かすので翼を広げ飛び立った。
オウルがヴァレルの翼に隠れていたが気にしない。
「……ふむ、何か思いついたかな?」
当のオウルは慌てる様子もなかったことはリルは知る由もなかった。
ちなみに後半ほぼリルとオウルたちの描写ばかりですがその間リュウキとウルガは戦っています。
忘れられてそうですが、ちゃんとずーーーーーっと戦ってますハイ。
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