その頃、キサラの用事に付き合うことにしたリルとラナイはというと。
「……ねぇ」
「…………」
「ねぇ――」
「…………」
「ねぇってば」
「騒ぐなと言ったはずだが」
「だから小声じゃない」
「…………」
確かにそうだが。騒ぐなと言われてもそわそわしてしまうのは仕方がないかもしれない。ラナイも声には出さないものの、どこか落ち着かない様子だ。
リルたちがいるのは崩れた建物の一角だ。ヴァレルの探知通りベイルスにいたが、そこは廃墟の町だった。周囲には壊れた壁や街路灯、赤い煉瓦造りの建造物が広がっており、所々直撃を受けたのか瓦礫しか残っていないところもある。
<虚無大戦>終結から三年も経っているのに街の復興ができないのは理由があった。それは。
「まさかこの目で幽霊を見る日が来るなんて……」
「正確には魂なのだが」
「あーそうよね。幽霊は魂の状態を見てるのよね。でもなんでこんなに幽霊がいるのかしら? いや魂だっけ」
「…………」
リルの言葉を訂正しようとするキサラだったが無駄のようなのでやめた。
まだ昼間だというのに町全体に薄く霧が立ち込めており、無数の透き通った白い影が空中を漂っている。形は人型から獣まで様々だが、獣が多いようだ。
「噂には聞いたことあったけど、本当に幽霊だらけなのね。ところで、この先は幽霊が多くて通るの大変そうだけど」
かつては多くの人で賑わっていたであろう市場の大通りの方をリルは覗きながら言った。ここに来るまでは魂を避けてやってきたのだ。
「ここの魂はすり抜けても問題ない」
「そうなんだ、なら」
早く行こうと言おうとするリルだが。
「ただし、静かに通る必要がある。何か騒ぐことがあれば今のうちに」
「…………」
騒いでどうぞと言われると逆に騒げないリルである。それに街に到着した時に十二分に騒いでいた。この異様な街を見て騒いだし、遠くに見える濃紺色の霧が漂う灰色の巨大結界――通称<魔境の壁>を見て騒いだ。
リルは<魔境の壁>を見たのは初めてだったのでこれは仕方ないかもしれない。
「えと、たぶんもう大丈夫」
なんか変な会話だなと思いつつリルはそう言った。
「そうか。では移動する。さっきも言ったがここの魂は声、つまり音に反応するので静かに付いてきてくれ」
リルとラナイは指示通り静かにキサラの後をついていった。
キサラは魂が横切ろうがすれ違おうがすり抜けようが気にも止めずに歩いていく。
逆にリルは極力魂を避けながら歩く。 ぶつかりそうになって声にならない(ように努力した)叫びをあげたり、ぎりぎり連続で避けたりかなり挙動不審だ。
ラナイは目の前にいたら普通の人にするように避けたり、ほぼ普通に歩いている。
「この辺りか」
樹木と生け垣に囲まれた公園の前でキサラは立ち止った。相変わらず魂たちはそこかしこに浮いて彷徨っている。
「ちょっと失礼」
短く言ってキサラは自分より背の低いラナイの頭に手を置く。
「?」
「え、何してるの?」
「記憶を読み取っている」
「へ?」
あっさりとキサラは言うが、手を置くだけで記憶を覗けるのかとリルたちは目を瞠る。
「なんかすごいのねキサラって。記憶を読めるとか」
「そんなに便利でもない。その記憶に関係のある場所に行かないと探すのが大変だ。それに警戒心が強いと読めないことが多い。……ここで合っているようだな」
説明しつつキサラは何やら確信を持ったように頷いた。ラナイの頭から手を放すと、今度は等間隔に置かれた花壇の間を通り公園の中へ歩いていく。
「ねぇラナイ、この先に何があるの?」
ラナイの記憶にあるものだから知っているのだろうと思いリルはたずねる。ラナイは記憶をたどるようにやや首を傾げた。
「あの時は大変でよく覚えてませんが……<虚獣>と<虚獣>が戦っていたような……?」
「<黒紫の虚無神>に従わなかった<虚獣>がいたんだが、それがこの先に封印されている。それに用がある」
前を歩くキサラがラナイの言葉を補足した。
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