三界の書 ―銀閃の聖騎士と緋剣使いの少年―

少女は、持ち前の明るさで闇の中の少年を照らす
阿季
阿季

《5》ラナイのナンp(殴)

公開日時: 2020年10月15日(木) 23:05
更新日時: 2021年2月8日(月) 21:00
文字数:2,351

誰かが殴られて倒れている。(タブン作者)

 ラナイが何やら考え込んでいる様子だったが、やがて意を決したように口を開いた。


「あの、キサラさん」

「なんだ?」

「以前どこかでお会いしたことあります?」

「…………」


 突然のラナイの言葉に場が一瞬沈黙に包まれる。キサラはわからないが、リルとリュウキは予想外の言葉に驚いたのは間違いない。


「ラ、ラナイって意外と大胆……ナンパしてぶっ!!」


 最後まで言わせずにリュウキがリルの頭を勢いよく殴った。


「いきなり何すんのよ!?」


 涙目になりながらリルが声を上げる。


「お前が変なこと言うからだ」

「ん? あーそうね。この場合ナンパじゃないか。女同士だし」

「……そういう意味じゃない……」


 もう一度お見舞いしてやろうかと思ったが、馬鹿らしくなってやめた。


「あ……変なこと聞いてすみません。忘れてください」


 自分でもよくわからないといった感じでラナイは苦笑する。


「キサラに似た人……? 魔族に知り合いでもいるの?」


 リルがたずねるとラナイは小首を傾げながら答えた。


「いますけど、そういうのとは違うような……」

「雰囲気が似てるとかじゃない?」


 オウルはそう言ったが、やはりどこか違うようでラナイは首を傾げたままだ。

 そこでリルが驚きの声を上げた。


「というか、魔族に知り合いいるんだ!?」

「はい。知り合いというか、友達ですね」

「そうなんだ。私はいないのよね。リュウキも知り合いだったりするの?」

「あ、ええ……そうですね」


 なぜかラナイは戸惑ったように言葉を濁す。そこでキサラが話に入ってきた。


「魔族の知り合いならいるだろう?」

「あ、そうね。キサラとは知り合ったことに」

「いや、私ではなく」


 キサラはある方向に視線を向ける。そこに立っているのは。


「彼も魔族だろう?」

「……え?」


 言った意味を理解するのに数秒かかった。言っていることは簡単だが、あまりにも予想外のことだったのだ。なぜなら……


「リュウキが魔族!? え、でも、全然魔気感じないんだけど!? それに聖術のかかった剣普通に持ってるわよ!?」


 魔気を持つ魔族が、聖気を帯びた剣に触れて何も起きないはずがない。キサラの時のように反発するはずだ。


「……確かに俺は魔族だが、魔気が人並みしかないだけだ」


 意外にもあっさりリュウキは認めた。別に隠すつもりはないらしい。


「”低魔力体質”っていうのだね。神人でいう”低聖力体質”と同じものだよ。魔族にもそういう人が稀に生まれるからね。ちなみに人間はもともと聖気も魔気も低いけど、たまに逆に聖気が高い人がいるよ。ラナイちゃんのような聖女がそれだね」


 オウルがすらすらとそう説明する。


「……っていうのはアカデミーで習ったはずだけど」

「う、そんな昔のことは忘れたわ!」


 リルにとっては三年前の話のはずなのだが。まさか居眠りが多かったなどと言えないリルである。


(……俺の場合”生まれつき”じゃないが)


 そこまで言うつもりは毛頭ないが。


「オウルはあまり驚いてないわね。実は気づいてたの?」

「まぁね」

「なんだ、私だけ気づいてなかったのね……」


 鈍いのかなぁとリルはぼやく。そんな彼女と話しているオウルの方をリュウキはちらりと見た。


(低魔力と同じくらい”下がって”いるから、早々気付くものじゃないが……”知らされていた”と考える方が妥当か。”監視”はやはりこいつだな)


 今度はその奥のキサラに視線を移す。


(魔族の女の方は……知っているということは……いや、それならわざわざ疑われるようなこと言うはずがない。ラナイが可笑しなことを言ったのは気になるが……)


 リュウキは難しい顔をしていろいろ考え込む。そんな彼にラナイが声をかけた。


「リュウキ、追跡できましたよ。ここから北西の方向にわずかに痕跡を感じます」

「わかった。急ぐぞ。こんなところで時間かけ過ぎだ」


 今のところ脅威となっているわけではないのでリュウキは考えるのをやめた。

 そこでリルが思い出したように言った。


「その前に……入り口あたりにいた人たち助けて、服返すんでしょ?」


 そう言えばそうだった。





 魔植物に捕まっていた人たちは魔気に当てられ衰弱していたものの、全員無事だった。ラナイが一通り治癒を施し、彼らと共に村に戻った頃にはすでに陽が傾いていた。


「本当にありがとうございます。ご迷惑をおかけしたのに息子を助けていただいて……」


 イルミナは深々と頭を下げた。


「皆さんご無事で何よりです。服貸していただいて助かりました。洗って返せないのが心苦しいのですが……」


 ラナイは申し訳なさそうに言った。


「いいのですよ。助けていただいたので十分です。そのままもらっていただいても構わないくらいですよ」


 そんな感じでイルミナとラナイが話していると、着替えたリュウキが部屋から出てきた。


「服ありがとうございました」

「いえいえ」


 お礼を言いながらリュウキは借りていた服を渡す。普段口は悪いがちゃんと礼節は持ち合わせているらしい。

 イルミナはリュウキからきれいに畳まれたマイスの服を受け取った。


「今度は剣とられなかったわね」


 意地悪そうにリルが言う。


「……喧嘩売ってんのか?」


 リュウキはじろりとリルを睨んだ。


「う……ごめんなさい」


 実は近くにいたハリトである。


「ハリト君は気にしなくていいのよ。リュウキが間抜けなだけだから」

「…………」


 明るく言うリルの後ろで怖い顔をしているリュウキである。ハリトに対してではなく、リルに向かって視線が突き刺さっている。

 オウルがそんな三人を面白そうに見るのでリュウキはオウルも睨みつけてやった。


「本当にこのまま発たれるんですか? もう暗くなりますし村に泊まっていかれても……」

「いえ、私たちは先を急ぎますので。そのお気持ちだけいただいておきますね」

「わかりました。道中お気をつけて」


 ラナイとイルミナは外野に気付かずに和やかな雰囲気で話していたのであった。

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