パルシカは鍛冶工房内の数人に一声かけ、リュウキを連れて裏に回った。そこには簡易ではあるが、複数のテーブルと椅子置かれている。
おそらく職人や事務員の休憩所なのだろう。その椅子の一つにパルシカは腰かけ、改めてリュウキを見た。
「まあ、元気そうで何よりだね」
「……パルシカも」
「ほう、生意気だったガキんちょが人を気遣うくらいには成長したんだね。おばちゃんは嬉しいよ」
「……喧嘩売るならもう行くぞ」
「いやだね。褒めてるんだよ」
本当に行きかねないリュウキに対してパルシカはそれでもマイペースだ。
「ラナイは?」
「元気だ。今一緒にいる」
「そうかい。ラナイは三年前に天導協会に移ったのは人づてで聞いてたけど、リュウキは今は?」
「俺も一応天導協会所属だ。所属というと語弊があるかもしれないが。表向きは、だな」
リルとオウルにはそう説明されているはずだ。オウルには裏事情まで話がいっている可能性はあるが。
「リュウキも? でもあんた……ああ、まあ、当然といえば当然か」
パルシカは訝しげな顔をしていたが、間をおいて何やら一人で納得した。
「しっかし、よく外に出してくれたもんだね。監禁されてても不思議じゃないけど」
「一年くらいはそれも同然だったがな。ラナイが説得して行動の制限はかなり解かれた感じだ。それに、今回の任務は内容が内容だからな……」
リュウキの茶褐色の瞳が僅かに翳る。
「リルにちょっと聞いたけど、盗まれた物を追ってるんだって? ラナイはともかく、あんたは正式に所属してるわけじゃないようだけど……」
正式に所属しているならばラナイのように天導協会の制服を着ているはずだが、リュウキは私服だ。
そこまで言って、パルシカは何かに気付いてはっとした。
リュウキまで引っ張り出すその理由。
「……リュウキまで動かすということはまさか」
「…………」
「……聖域も何やってるんだい……」
リュウキは何も言わなかったが、パルシカは彼の表情を見て理解した。呆れて頭を抱える。
一方、無言の肯定を示していたリュウキはやや目を伏せて再び口を開いた。その瞳に嘲りの色を浮かべながら。
「毒を以て毒を制す、だな。聖域のやつらも馬鹿じゃないってことだ。そもそも俺を殺しておけば何の心配もなくなるんだがな」
「リュウキ」
それは外ではなくほとんど内側――自らに向けられたものだった。自虐的なリュウキをパルシカは非難するように見た。
「まあ、俺は魔境に対する抑止力になるから、聖域のやつらが俺を殺すようなことはしない」
「そういうこと言ってんじゃな……」
「…………」
黙り込んだリュウキは感情というものが抜け落ちたように無表情になる。いや、瞳だけには残っていた。……ひどく昏い光が。
そんな彼を目の当たりにしてパルシカは言葉を途切れさせた。
(……ラナイがいてもこの有様なんだね……いや、ラナイがいるからまだこれで済んでいるのかもしれないが……あれはあまりにも……)
リュウキとラナイはある二人と一緒にたまにパルシカのところに遊びに来ていた。
一人は、紅い石のついた剣を背負った栗色の髪の青年。もう一人は白と青の衣服を身にまとう山吹色の髪の女騎士。
だが二人は、三年前のあの時……
これ以上この話をするのはよくないと思い、パルシカは話題を変えることにした。
「――そういえば、武具屋には剣の修理に来たんだって?」
「……ああ、刀身にひびが入った」
リュウキはやや間をおいて頷くと、背中に背負った剣を降ろして渡した。その口調はまだ固い。
「アラスもよく剣を壊してたけど、変なところ似たんだね」
パルシカがわざと軽口めいてそう言うと、その空気につられたのかリュウキの表情が僅かに動いた。
「……あいつほど壊してない」
まだ幾分ぎこちなかったが、リュウキはむすっとしたように言い返した。彼の眼に少し光が差している。いつもの調子を取り戻してきたようだ。
「剣がやわなだけだろ」
「それもあのバカがよく言ってたね」
「…………」
返す言葉がなくなったリュウキは閉口する。パルシカはそんなリュウキを尻目に鞘に入った剣を眺めていたが、不意に立ち上がった。
「……ちょっと待ってな」
そう言ってパルシカは一旦武具屋に引っ込むと、数分で戻ってきた。
手には鞘入りの一振りの剣。それをリュウキに投げて寄越した。
「これ使いな」
パルシカが持ってきた剣を受け取ったリュウキはそれを見て一瞬固まる。
柄頭と鍔の部分に真紅の石がついた剣だ。新品ではなく、柄や鞘にはある程度使い込まれた雰囲気がある。
「……紅晶剣」
リュウキはやっとのことでその名を口にする。
紅晶剣とは、火の霊気――人界の空気中に多く存在する自然の力――を含んだ特殊な鉱石<朱蓮石>で造られた剣のことだ。
この鉱石の特筆すべきは小さい欠片でも大量の霊気を生み出し蓄積できるという点である。そのため希少価値が高く、その上加工するにも特殊な方法を用いる。
だが、リュウキが動揺したのはそのせいではない。その赤い剣が彼にとって見慣れた、懐かしい剣だったからだ。
「おいこれ……いいのか? あんたにとっても形見だろ?」
そして、パルシカにとっても。
「血の繋がりはなかったけど、実の息子みたいなもんだったね」
パルシカは目を細め、遠くを見るような表情を浮かべた。
「でもあたしは鍛冶屋だからね。あたしが持っていても埃をかぶるだけだし、ちゃんと使える人が持った方が紅晶剣も……アラスも喜ぶだろうよ」
そこまで言ってくれるなら普通は受け取るだろう。だが、リュウキにはそれができない理由があった。
「……ダメだ。俺には使う資格なんかない。俺はアラスを……」
「リュウキのせいじゃない」
「俺が死なせたも同然だ」
「あたしはそうは思っていないし、アラスだってそんなこと思わない」
半ば睨みあうように二人の視線が交差する。
「もう手に取っちゃったんだ。返却禁止だよ」
そう言ってパルシカはそっぽを向いた。
「おい……」
卑怯だぞといわんばかりにリュウキは半眼になる。どこの騙し商法だ。
リュウキはしばらく迷っていたが、とうとう折れた。
「……わかった」
そう言ってリュウキは紅晶剣―――アラスの剣に視線を落とす。それをちらりと横目で見てパルシカは向き直った。
「初めからそう言えばいいんだよ。壊すんじゃないよ?」
「……壊しそうなら返していいのか」
「ダメ」
「…………」
「まあ、その剣珍しい鉱石使ってるからそこらの剣より頑丈だよ。アラスもその剣にしてからは滅多に壊さなかったしね」
「……俺があの時壊したくらいか」
リュウキは僅かに目を伏せる。それにパルシカは気づいたがそのまま続けた。
「そうだね。珍しいだけあって高かったねぇ」
「……いくらだった」
「いやだね、冗談だよ」
「…………」
高かったのは事実だが、リュウキに請求する気は微塵もない。
「あえて言うなら、魔境にでも請求したいところだね」
どこまで本気かわからない様子でパルシカはそう言う。
「んじゃ、ひびの入った剣はこっちで引き取っておくよ」
「ああ」
パルシカは受け取った剣をその場で引き抜いて眺めた。
「おや、聖術が込められているね。いいもの使ってるじゃないか」
「天導協会からの支給品だ」
「そうだったのかい。んじゃ修理して返しておくよ。アラスの剣は聖術はかかってないけどいいね? 神人のリルもいるしちゃんと協力するんだよ?」
「…………」
いかにも面倒そうな顔をするリュウキである。
「あんたの知り合いだからって馴れ合うつもりはない」
「ん? リュウキにとっても無関係じゃないだろ?」
「……? どういう意味だ」
眉を寄せるリュウキにパルシカは驚いた様子で言う。
「あれ? 知ってたんじゃないのかい。リルはフィルの妹だよ」
思いがけない事実を聞かされリュウキの表情が凍りついた。
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