剣技と万象術で距離を取ったリュウキに、再び驚異的な速さでウルガは間合いを詰めようとする。
だが、半分くらいまで駆けたところで上空から細長い光の槍が降ってきた。それも一本や二本ではない。
「!」
その青銀色の槍が向かったのはウルガ。彼の進路を阻むように槍が次々と飛来してくる。このまま進めば直撃するので、ウルガは走る方向を変えて回避していった。
新手――リルとヴァレルの登場にウルガの意識が一瞬そちらに向かうが、その間に万象術の詠唱を完成させたリュウキがその背後を取る。
ウルガが剣を構えるよりも僅かにリュウキの方が速かった。火の万象術で強化した紅晶剣を振り抜き、赤い斬撃を放つ。
ウルガは横薙ぎの一撃をくらい、大きく後方に飛ばされた。
ちなみにリュウキはリルとヴァレルが少し前から上空に移動していたのを気配で察知していた。まさか援護しに来たとは思っていなかったが。
(……あそこか)
ウルガは空中で体勢を立て直しつつ上空に目をやり、双剣に力を溜めていく。
着地と同時にウルガは腰を落とし左右の剣を構えた。踏みしめた地面が陥没し周囲に土の欠片が舞い上がる。リルも先程のリュウキの攻撃の合間に次の光の槍を作り終えていた。
「空断ち」
「銀晶槍の舞!!」
地上からウルガの斬撃が凄まじい速度と威力で放たれ、リルの周りに浮いていた複数の光の槍も一斉にウルガに向かっていく。
二つの力がぶつかるまで見ているような時間はウルガにはない。なぜなら、今度はリュウキが風の万象術と剣で斬りかかってきたからである。
「……いけるかも」
リュウキとウルガが戦っている間に再びリルは光の槍を作り上げていく。もちろん交互にやるとパターンを見抜かれてしまうので、リュウキが追撃をかけたりリルが連続で攻撃を放ったりして攪乱する。
足の速さが脅威になっているならば要はその速さを封じてしまえばいいのだ。ウルガにあの速度で移動させない。こちらが攻撃の主導権を握る。
攻撃の合間にペガサスに乗った金髪の聖騎士へと視線をやりながらウルガは思った。
(……あの娘、俺の速さが見えているのか。……いや、違うな)
それならばわざわざ空から攻撃をせずに接近戦をすればいい。リルの武器が銀色の剣であることは、最初リュウキに襲い掛かった時に彼女が手に持っていたのを見ていたので知っていた。
これだけリュウキとの息があっているので連携して攻めることもできそうだとウルガは判断する。
(こちらを見ているようだが、僅かに視線がずれているな。あっちのやつの動きを見ている)
ウルガの推測通り、リルにはリュウキ程ウルガの動きは捉えきれない。そこでリルは、辛うじてウルガの動きが見えているリュウキが剣を構えたりする動きに合わせて攻撃するタイミングを計っていた。
最初リルの光の槍が割り込んで来たのが、ウルガが駆けだした直後ではなく少しずれていたのはそのためだった。
一方、相手の尋常ではない速さに圧倒され<力>の封印に気が回りにくくなっていたリュウキだが、リルの援護のおかげで少しずつ意識を向けることができるようになっていた。彼は内心安堵の息を漏らす。
流石に一気にとはいかないが、徐々に<力>が体の中から引いていくのを感じる。
深緑色の紋様も消えてきているはずだ。
とはいえ、このままではウルガとの戦闘は平行線である。何か決め手になるようなものが必要だろう。
ちらりとリルの方を確認すると彼女もそれをわかっているのか、光の槍を作りながらまた別に何か術の準備をしているようだった。手に持つ聖契剣が光を纏い始めている。
(こっちもしばらく紅晶剣の力を温存しておくか)
紅晶剣の火霊力は火の万象術の触媒としてだけ使うならば急激な消費はしない。
二人の技で一気に畳みかけるのがいいだろう。どうやってそのタイミングを合わせるか。リュウキは考えながらウルガの応戦をする。
ウルガに続けて追撃をかけようとした時だった。リュウキは唐突に眩暈に襲われる。
ぐらぐらと視界が揺らぎ、足元がふらついた。
(……!! しまっ……た、反動か)
リュウキはすぐにその原因に気づく。<死を誘うもの>が消滅した直後の時と感覚が似ていたためだ。
(くそ……不完全な封印の状態で長くいたせいか……!)
あの時よりはずっとましだが、今は戦闘中である。
もちろんそのリュウキの変化を見逃すウルガではない。すぐさま剣を構え始める。リュウキは自分に向かってくる殺気を感じた。
リュウキの動きを目で追っていたリルも彼の様子がおかしいことに気づく。そして、ウルガがそんなリュウキに対して攻撃を仕掛けようとしていることも。
考えるよりも早くリルはヴァレルに言っていた。
「リュウキの方に向かって!!」
ヴァレルが全力でリュウキのいる地上に降下していく。その間にリルは既に完成していた光の槍をすべて放ち、更に新たに作り出してはウルガへ連続で叩き込む。
続けざまに攻撃することで足止めし、その間にリルはリュウキの前に割り込んで何とかウルガの攻撃を阻むつもりだった。
できるかどうかはわからない。だがリュウキが危ないと思ったら行動していた。
不意に、リュウキはウルガの殺気が消えるのを感じた。いや、違う。殺気をこちらに向けていないだけだ。
鋭い光を宿したウルガの眼が見ている方向を理解した途端、リュウキの全身に嫌な汗が噴き出す。
「狙いはそっちだ!!!」
リュウキが大声を張り上げたのとリルの背筋に悪寒が走り抜けたのは同時だった。
こちらの防御は間に合わない。咄嗟にリルは素早くヴァレルの背に足をかけるとその背を思いっきり蹴る。
離れたリルとヴァレルの間をウルガの斬撃が飛んでいった。だが、ウルガの武器は双剣。息つく暇もなくもう一つの斬撃がリルに向かって襲い掛かる。
虚空に血飛沫が勢いよく舞った。
「――っ」
リュウキは息を呑み、肩や腕から血を滲ませながら落ちていくリルの方を食い入るように見た。ヴァレルが相方の名を叫び飛んでいく。
「!!!」
首筋にひやりとしたものを感じ、リュウキはすんでのところでウルガの攻撃を紅い剣で防いだ。だが、反応がやや遅れたため完全には勢いを受け止めきれずに地面を転がる。
――――……そうだった。なぜ忘れていたのだろう。
体を起こすとウルガが飛びかかってくるのが目に入り、リュウキは地面を蹴って横に飛び退った。
――――いや、目を背けていただけかもしれない。
ウルガと交戦しながらも、リュウキの頭の中は別の思考が広がっていく。
――――リルを任務から遠ざけたかった本当の理由。それは……
その考えで頭がいっぱいになりかけ、リュウキの動きが鈍る。
「っ!!」
中途半端に受け流したウルガの双剣がリュウキの片腕に当たり鮮血が飛び散った。その鋭い痛みでリュウキは一気に現実に引き戻される。
……今は戦いの真っただ中だ。他のことに気を取られていてはやられる。
それを考えるのは、後だ。リュウキはぐっと唇を噛みしめる。
この時リュウキは気づくべきだった。なぜ、考え事をしながらウルガの攻撃にぎりぎりではあったがついていけていたのか。
数分前のリュウキならば思い至っていただろう。だが、今の彼にはそこまで気を配る余裕はなくなっていた。
消えかけていた深緑色の紋様が浮かび上がり、ゆっくりと広がっていく。
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