――――……やめろ、やめてくれ……!!
必死の思いとは裏腹に、蒼い紋様の刻まれた光のリングは輝きを強めていく。
――――ダメだ。それじゃ、――ルが……!!
傷だらけで微笑むあの人の顔が霞んで見えなくなっていく――――
……わかっている。この声が届くことはない。もう二度と、あの明るくてどこか落ち着く声を聞くことはできない。
背中を追いかけていたあいつも、幼馴染の彼女の兄代わりだったあの青年も。
三年前のあの日――…………
「――――っ!!」
声にならない叫びをあげて飛び起きると、やや冷んやりとした空気が少年の肌を撫でた。いつもより冷たく感じられるのは汗をかいているせいだろう。
窓の外はまだ薄暗く夜明け前のようだ。少年は寝台の上でしばらく荒い呼吸を繰り返していたが、翳りのある瞳を伏せると片手で頭をかかえる。
最近は、この夢を見る頻度は減っていた。三年前――あの後はそれこそ毎晩うなされて幼馴染の彼女にもひどく心配をかけたものだ。
しかし、三年という月日の中で少しずつではあったが見る回数が減って来ていた。最近は一ヶ月に一回ほど……前回は一、二週間前だったか。
それがなぜ今晩は見たのか――その原因に心当たりがあった。昨日、自分たちに下された任務のせいだろう。
<聖域>から盗まれた数点の祭器の追跡と奪還。
正式にこの組織に所属している彼女はともかく、自分にも話が来るとは思っていなかったが、事の仔細を聞いて理解した。
少年は無意識に唇を強く噛みしめる。
盗まれた祭器の中に、あれが含まれていたからだ。
◇◇◇
「あー祭器奪還任務のはずなのに、なんで人捜しになってるの……」
金髪碧眼の少女は本日何度目かになるかも忘れた深い深いため息をついた。
「こうしている間にも祭器どんどん遠くに運ばれてるだろうに!」
瞳と同色の髪飾りで二つに結んだ髪を振り乱し、少女はムキーっと叫ぶ。
街中ならば近所迷惑もいいところだが、少女の周囲は見渡す限りの澄み渡った青色とまばらに浮かぶ真っ白いふわふわとしたもの。
「大体、聖域よりも広いこの人界でたった二人を見つけられるわけないよね!」
金髪の少女は誰かに向かって勢いよく喋っている。
「その人たちの行き先もわからないのにオウルはこっちを探すとか言うから理由を聞いたら、『なんとなく?』とかいい加減だし! まああれでも一応隊長だし、他に手がかりもなかったから信じてみたものの……朝から捜し始めてもう三時間よ!?」
半信半疑ながらも辛抱強く? 捜し続けていたらしい。
ちなみに今はもう陽は結構高く、そろそろ昼前に差し掛かりそうだ。
「やっぱり適当なこと言ってたに違いないわ!! そろそろオウルと合流して文句の一つや二つ……」
『わかったからちょっと黙ってよ……耳のそばでギャーギャー騒がないでくれる? 落とすわよ?』
ぺらぺらと喋り、もとい愚痴り続ける少女にうんざりとした様子で口を挟んだのは、翼をもった銀色の毛並の馬――ペガサスだ。
自分を背に乗せて飛んでいる相棒の物騒な言葉に、少女はひいっと声を上げる。ちなみに過去何度か本当に落とされたことがあるのでやりかねない。
「いーやー!! 葉っぱまみれになったり砂まみれになったりずぶぬれになったりするのはいーやー!!」
『ちょっと! 首絞めないで! 苦しい――!!』
必死になった少女がペガサスの首にしがみつくと、普通の腕力以上の力を振りほどこうと相棒も必死にもがき出した。
そしてペガサスが首を二、三回振ったあたりで、
「あ」
『あ』
何やら間の抜けた声が二つ重なる。同時に少女は空中に放り出されていた。
自身には飛行手段がない少女に次に起こる事といえば勿論、その体を真っ逆さまに眼下の鬱蒼とした森へ落下させることだけである。
「ヴァレルの馬鹿ああぁぁぁ――――――!!」
という少女の声が晴れた空に虚しく響いたとか響かなかったとか。
場所は変わって地上、森の中の道なき道を行く二つの人影があった。
先を進んでいるのは、肩を超すくらいのざんばらな赤毛を後ろで結んだ茶褐色の瞳の少年。その斜め後ろを鴬色の長い髪に深緑色の瞳の少女が寄り添うように歩いている。
二人とも十五、六歳くらいに見えるが少年の方がやや上だろうか。
「止まれラナイ、何か来る……」
少年は急に足を止め、注意深くあたりを見回す。
近くの木の上の方から、木の枝を揺らして何かが落ちてくる音が聞こえた。地上付近で一旦音がやんだが、今度は枝が折れる音がして近くの茂みが揺れる。
少年と少女がじりじりとその茂みの近くによると、少し上の方から快活そうな若い声が降ってきた。
「あいたた……。ん、ちょうどいいところに! そこの二人、ここから降りるの手伝ってくれない?」
視線を向けた先には、白と青を基調とした身軽な服装の少女が腕や脚、やや細身ながらもしっかりとした体に木の蔓を絡ませていた。
先ほどの音の主はこの人だったらしい。空から落ちてくるとか怪しいが……
少年は自分たちと同年代くらいの少女をじっと見た。
(明るい髪の色……主に聖域に住んでいる神人か。しかもあの青い上衣に銀色の紋章……聖域騎士団所属の聖騎士……今はあまり関わりあいたくないんだが……)
仮に鉢合わせしたのが少年だけであれば、見てみぬふりを決め込んでこの場を離れただろう。……少年だけ、であれば。
(ラナイが困っている人を放っておけるとは思えない……)
「だ、大丈夫ですか!?」
赤毛の少年がそんなことを考えているとはつゆ知らず、鴬色の髪の少女――ラナイは予想通り神人の少女の方に駆けていく。そして絡まった蔓を外すのを手伝い始めた。
(仕方ない……降ろしたらさっさと別れるか。本当はこんなことしてる時間も惜しいんだが)
彼らにも何か急ぐ理由があるらしい。
放っておくのは諦めた少年が改めて二人の方を見ると、奇妙なことになっていた。
「……なにやってるんだ?」
「この人を降ろそうと……」
「それはわかるが、なんでお前まで蔓が絡まってるんだよ」
「蔓を外そうとしてたらなぜかこうなってしまって……」
「………………」
少年は驚きと呆れが混じった何とも言えない表情を浮かべた。
(どうやったらそんな状況になるんだ……)
しかも金髪の少女よりも絡まっている蔓の量が多いような気がする。少年が目を離した僅かな間に何をどうやったのか皆目見当もつかない。
金髪の少女も目を丸くして隣で蔓に絡まっているラナイの方を見ていた。
一人助ければ終わるはずが、二人分助けることになった少年であった。
「ふうー助かった!ありがとう!」
頭や肩に葉っぱを乗せた金髪の少女は感謝の言葉を述べた。
「連れがなぜか一緒に蔓に絡まったからついでに手伝っただけだ。急いでるのでこれで失礼する」
素っ気なく答えて赤毛の少年がその場を立ち去ろうとすると。
「待ってリュウキ、この人の怪我を治してから……」
蔓を外そうとして不思議と一緒に絡まってしまうという謎の技? をついさっき披露した連れの少女、ラナイがそう言って引き止める。
リュウキと呼ばれた少年は不満そうな表情をしたが、ラナイは気にした様子もなく金髪の少女の方を向いた。
「え、このくらい大丈夫よ。急いでるなら引き留めるのも悪いし、私も急いでたりするし」
顔や腕に軽く擦り傷が見える金髪の少女はそう答えつつ、ラナイのある言葉を聞いて心の中で思う。
(……リュウキ? リュウキって名前確か……)
ちらりと赤毛の少年の方を見る。彼は不機嫌そうにしながらも直接ラナイを止める気はないようだ。
「お急ぎでしたか、でも大丈夫です。そんなに時間はかかりませんから」
ラナイは簡素な装飾のされた杖を金髪の少女の腕の傷に翳す。
すると杖の先端についた薄緑色の石が淡く輝き、傷口周辺に柔らかな光が集まる。数瞬の後、その光が弾けるように消えると傷も治っていた。
続けてラナイは二、三ヶ所傷を治療していく。
(そういえば、ちょうど二人よね。この人たち)
聖力の柔らかな光を眺めながら金髪の少女は考える。
捜しているのは、神官や聖女といった聖職者で構成される天導協会に所属する男女の二人。ただ面識はないので顔はわからない。
そのかわり名前は聞いており、一人と当てはまっている。それに、目の前の少女の淡黄色の服装――これはその組織の聖職者のものだ。治癒術が使えるという点も一致する。
(ただ、この人しか聖職者の格好じゃないのよね……やっぱり違うかな?)
もう一人の少年は旅人か冒険者か。赤茶けた軽装、背中には鞘入りの剣……どう見ても聖職者には見えない。
金髪の少女が判断しかねているうちにラナイの治癒が完了した。
「ありがとう。私も一応治癒術は使えるけど得意じゃなくてね」
お礼を言い、少女は軽く肩を回してみたりする。ラナイの治癒は落下時の衝撃まできれいに取り去ったようだ。
「いえ、これが本業ですからお気になさらず。私も助けてもらったので」
杖を引いたラナイは微笑んだ。
「蔓に一番絡まってたもんね」
「ええ……自分でもよくわからないうちに」
和やかな空気の中、二人の少女たちは軽く笑いあっているが、
(……今後ラナイに蔓を触らせるのは極力避けよう……)
一人少年は真面目な顔で心に決めたのであった。
ラナイが何をどうやって蔓に絡まったのか作者にも皆目見当がつきません。(ぁ
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