リュウキと<死を誘うもの>が対峙して五分くらい過ぎた頃だろうか。全く微動だにしなかった両者だが、不意に死神が動いた。
<死を誘うもの>はその場からやや後方へと地面を滑るように移動する。再び止まったところで突然その足元が闇色に輝き出した。
同時に<死を誘うもの>の輪郭がぼやけ、外側から形が崩れるように黒い光の粒子となって消えていく。
「…………」
術が消滅していく様子を認めてリュウキは内心安堵の息を漏らすが、最後まで気は抜けない。
リュウキは<力>を開放したまま視線を逸らさずにいた。
そしてその姿が完全に景色に溶け込む直前――<死を誘うもの>はその赤い瞳にこちらを見上げている存在を映す。
そこには、赤毛の少年が隙のない様子で灰色の大地に立っていた。紫紺の瞳に薄っすらと紋章らしきものを浮かび上がらせながら。
「嘘……」
「今の何……? どうやって消滅させたの……?」
ルメとトリンも、今目の前で起きた出来事が信じられずに絶句していた。
<死を誘うもの>が現れた時ももちろん驚いたが、それをたった一人の少年が消し去ったように見えた事に愕然とした。
魔族三人は、死神とリルたちがちょうど真正面からぶつかる位置にいた。無論街からは離れているので彼女たちの視界には入っていない。
「……あの前にいる男がやった様だな」
「みたいでしたね……」
ウルガの言葉にトリンがまだ唖然としながら頷く。
「見たところ、神人ではないな」
「そうですね。髪は赤茶色なので人間か魔族か……」
「なら問題ないな」
「……はい?」
一体何が言いたいのだろうとルメがウルガの方を見ると、彼の青みがかった黒い瞳が鋭い光を宿していた。
この眼をするときの隊長は……
「だ、駄目ですよ隊長!! 天導協会の関係者かも……ああああ―――!!!」
「隊長ぉ――――――!!!」
二人の制止を聞かずにウルガは飛び出していった。
「……今度は何枚、反省文と始末書書かされるのかな?」
「……私に聞かないで……」
残された部下は後々来るであろう後始末を思って項垂れた。
<死を誘うもの>の姿が完全に消失すると、無数の魂を縛っていた黒い鎖も次々と虚空に消えていった。
それを確認してリュウキは今度こそ禁術が完全に消滅したと判断する。
後は……
「――――っ!!」
そこまで考えたところでリュウキは突然強烈な眩暈に襲われた。思わず頭を片手で押さえその場に膝を折ってしまう。
(なんだ、左目が……!?)
灼ける様な熱を帯びている。しかし不思議なことに痛みがあるわけではない。
この時もし誰かが彼の顔を見ていれば、深い紫色の瞳に浮かんだ紋章が淡く輝いているのが分かっただろう。
(力を使った反動か……?)
異様な感覚に戸惑っていたリュウキだが、不意に体を硬直させた。
(くっ……!!!)
体の中に<力>が急速に広がるのを感じ戦慄する。今まで静かな凪のようだったのに徐々にうねるように変化していく。
力の開放時間が長くなり、とうとう侵食が始まったのだ。
こうなる前に解放した<力>を再び封印できると踏んでいたのだが、やはりそううまくはいかないらしい。<死を誘うもの>と対峙した後その術が完全に消滅するまで予想より時間がかかったせいもあるか。
リュウキは首元と手首に現れている深緑色の紋様に何とか意識を集中させる。
「……<封紋>……!!」
絞り出すように零した言葉に呼応し、翠の刻印が燐光を放つ。ラナイは気を失っているので当然だが自分だけで何とかしなければならない。
そんな時、上空に退避していたリルたちが地上に降りてきた気配がした。
(まずい……まだ……)
頭を抱える腕に視線をやると、袖から深緑色の紋様がのぞいていた。見えているということはまだ<力>を抑えきれていない。
「リュウキ……ちょっと大丈夫?」
恐る恐るといった感じでリルは声をかける。<死を誘うもの>が消えた後、急に蹲ってしまったリュウキが気になって降りてきたのだ。
だが、リルも直感的にリュウキの纏う気がいつもと違うことを感じて不安げだ。
「問題ない。少し放っておいてくれ……」
「何格好つけてるのよ。そんな様子でよく言えるわね」
リュウキがいつもの調子で返してきたのでリルは内心ほっとした。
「ラナイはまだ気絶したままよ? 今ぶっ倒れたら誰が看病するのよ」
「……もう立てる」
片手で頭を抱えふらつきながらリュウキは立ち上がる。封印の力が効きだしてきたようだ。
「あーちょっと、まだそんなふらふらで無理しなくても」
リルが慌ててリュウキに手を伸ばした時だった。不意にキサラが空を見上げる。
「……何か来る」
同時にリュウキは鋭い殺気を唐突に感じた。敵意や悪意はない――純粋に刺すような殺気。
俯いていたリュウキが顔を上げてリルを見る。その眼が射抜くように鋭かったのでリルは息を呑んだ。
瞳の色が見慣れた焦げ茶ではなく、深い紫色に見えたせいでもあった。
「……っ」
敵に見せるであろう視線を向けられ、リルは思わず体を強張らせた。
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