三界の書 ―銀閃の聖騎士と緋剣使いの少年―

少女は、持ち前の明るさで闇の中の少年を照らす
阿季
阿季

《2》リル、吹く(ただし未遂)

公開日時: 2020年12月28日(月) 13:05
更新日時: 2020年12月28日(月) 13:18
文字数:2,575

  ※前後の話を分割再編成したものです。内容に変更はありません。

 服を乾かしている間、イルミナが服を貸してくれた。着替えは一応持ってはいたが、一緒に川に落ちたので使えなかったのだ。

 見たところ、イルミナとハリトの二人しかいないのでリュウキくらいの服があるのか疑問だったがイルミナは持ってきた。


「うん、ちょうどいいわね。マイスの服が役に立ったわ」


 着替えたリュウキの姿を見てイルミナは満足そうに言った。


「マイスさん……旦那さんですか?」

「いいえ、上の子ですよ。ハリトとは年が離れているんです」


 リルがたずねると、イルミナは首を振って答えた。

 そして彼女は濡れたリュウキの衣服を乾かすために離れていく。リルはその後ろ姿を見ながら改めて声をかけるべきか悩んでいた。

 基本にこやかな雰囲気のイルミナなのだが、どこか無理をしているようにも見えていたからだ。

 何か問題を抱えているなら話を聞いてみたいと思ったが、自分たちは任務中である。

 ラナイは現在祭器の痕跡を確認しに外に出ていて不在。残るはオウルとリュウキだが、任務以外のことに対してリュウキが首を縦に振るかどうかかなり怪しかった。

 いや、振らないような気がする。

 それでもやってみなくてはわからないかもしれない。一縷の望みをかけてリルは話しかけてみることにした。


「……ねえ、何か困ってそうじゃなかった?」

「それがどうした?」


 予想通り素っ気ない返事をするリュウキ。同情作戦はやはりだめだった。しかしリルは引き下がらない。今度は言葉で納得させてみようとする。


「服乾かしてもらうんだからそのお返しに解決してあげない?」

「あの子供を助けてそのお返しがこれだろ」


 む、確かにそうか……。逆にこっちが納得してしまったがリルはまだ引き下がるつもりはなかった。


「話ぐらい聞いてみてもいいと思うんだけど」

「別に聞いてみたいなら聞きに行けばいいだろ」

「え、いいの?」


 リュウキの口から予想外の言葉が出たのでリルは目を丸くした。実は彼にもちゃんと良心が……


「お前が何をしようと俺には関係ない。誰に話を聞こうが協力しようがこっちは任務を続けるだけだからな」

「…………」


 あるわけではないらしい。しかも言外に他のことをしていたら遠慮なく置いていくと言っているような……


「あんたには困っている人を助けようとかそういう心遣いはないわけ?」


 とうとうリルは我慢できなくなってきた。


「俺は俺のやり方でやる。気に入らないなら無理についてこなくてもいいんだぞ」


 だんだん険悪な雰囲気になるリルとリュウキである。


「まあまあ二人とも。ここ人様の家ってこと忘れないでね」


 そんな彼らに今まで黙っていたオウルが口を挟んだ。


「……それもそうね」


 言われてリルはやや冷静になった様だ。まだリュウキに対してわだかまりを感じているようであるが。


「…………」


 一方、オウルがこちらを見ていることに気づいたリュウキは視線を逸らす。

 リルをわざと煽って帰らせようとしていたのを見透かされたような気がしたからだ。

 数分後、家の扉が開きラナイが中に入って来た。するとその近くの壁に背中を預けて待っていたリュウキが声をかける。


「どうだった?」

「やはり、ソーラス遺跡の方ですね」

「遺跡か……なんで遺跡に……どこかに通じてるのか」


 ラナイの言葉にリュウキは眉を寄せて考え込む。


「わからないけど……いきます?」

「どっちにしろ、痕跡のある場所からまた調べないといけないから行くぞ」

「それもそうですね。私がもっと広範囲にできたらいいんですが……」


 申し訳なさそうにラナイは言った。


「できないことをとやかく言っても仕方ない」

「痕跡たどれるんだね。それだけでも大助かりだよ」

「はい。盗まれた祭器の中に私が感知できるものがありまして」

「この後は遺跡に行くのね。それにしてももうちょっと気のきいたセリフ言えないの? ラナイ気にしないのよ、こんな奴のいうこと!」


 いつの間にか二人の会話に混ざっているリルとオウルである。特にリルはリュウキに対して半ば喧嘩腰である。


「いえ、いつものことですから」


 リュウキにくって掛かるリルを抑えながらラナイは苦笑する。リュウキは相手にするのも面倒なのでその場を離れた。リルはまだ言ってやりたかったが、先程オウルに止められたのもあるので我慢する。


「いつもの……って、リュウキとは付き合い長いの?」


 リルは気を取り直して席に座り、イルミナの用意してくれたお茶に手を伸ばしながらたずねる。


「五、六年くらいですね。あんな感じなので誤解されやすいんですが根はいい人なんです。優しいところもあるんですよ」

「リュウキが優しいねぇ……」


 まったく想像できないリルである。

 危なかったハリトを助けたあたりは優しいだろうか。いや、これは優しいとは違うか?


「リュウキ君が優しいのはラナイちゃんだけだったりして」


 オウルが横でそんなことを言う。リルは思わず飲みかけのお茶を吹きそうになり、ラナイは首を傾げた。


「オウル、それって……」

「そんなことないですよ。ハリト君助けたりしてますし」

「いやいやラナイ、それはちょっと違うんじゃ……」

「?」


 ちなみにオウルには聞こえているぞと言わんばかりのリュウキの物凄い怖い視線が突き刺さっている。

 オウルは相変わらず笑顔のまま平然としているが。

 リルとラナイはそれに気づいた様子もなく会話を続けた。


「つまりラナイとリュウキは幼馴染みたいな感じなのね。私はそういうのはいないんだけど、いるのは姉くらいね」

「お姉さんですか。いいですね。私は血のつながった兄弟はいないのですが、故郷には兄や姉と呼んでいる人たちがいます」


 ラナイは懐かしげに目を細めた。その瞳には僅かに哀しみが宿っていたが、それはすぐに消える。

 その時やや離れた場所に座ったリュウキが少しラナイを見た。彼は無言で視線を戻すとやや目を伏せる。

 リルはラナイの瞳に一瞬別の感情が含まれていたことには気づかなかった。


「へぇー、たくさんいるのもなんかいいわね! こっちの姉は私と同じ聖騎士なんだけど滅多に帰ってこなくてねー。たまーに手紙やら絵葉書もくるんだけど、全くいまどこで何やってるんだか……」


 やれやれといった感じでリルは肩をすくめる。


「滅多に会えないなんて……それはちょっと寂しいですね」

「うーん、普通はそうなのかもしれないけど。昔からそんなだったからもう慣れちゃったのよねー」


 リルは首を傾げながらあっけらかんとそう言った。

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