「────それ程の傷を負って尚、まだ足掻くのか。偽神」
冷たく、重い声が響いた。
「彼ら」がいるのは、月夜に照らされた街の中だった。しかし街といっても、そこに人々の活気など無い。家屋の壁には鮮血が迸り、所々が崩落している。より簡潔に言うのであれば、「戦場」と言えよう。
人々が寝静まる時間帯の夜。そこにあったのは、二人の男の影。
一人はフードのついた黒衣を身に纏い、対するもう一人は頭や脇腹、腕から血を流した銀髪の青年だった。
後ろは壁。
血塗れの青年に、最早逃げるという手段は残されていない。
息は荒く、真っすぐ立つ事は困難な程の深手を負っている。寧ろ、常人であれば既に倒れていても可笑しくはないが──それでも尚、その双眸は眼前に立つ男を睨みつけていた。
銀髪の青年は、己の全てを投げうってでも、この男の命を刈り取る。ただその「執念」だけを支えに立っていた。
一瞬でも気を抜けば飛びかねない意識を根性だけで繋ぎ止めながら、青年は言葉を絞り出す。
「当たり前……だろうが……」
口元の血を拭いながら、精一杯の力を振り絞って言葉を返す。
何故、まだ戦意を持ち続けるのか。
それは彼にとって、答えるのは至極簡単な問題だ。
──後悔したくないから。
その身が朽ち果て、命の灯火が消えるその瞬間まで、己が誇れるような人間でいる為だ。
では、楽にはなりたくないのか。
──どうせ死ぬのなら、最後の一秒まで足掻け。何も為せないまま死ぬ事を許容するな。
「楽になりたい」などという理由で自ら死を選ぶなど、今なお奮闘している仲間。そして、自分自身への裏切りに他ならなかった。
ただそれだけの、簡単な理由。
こちら側に来てから、青年には特に目的などは無かった。
与えられた祝福は代償ありき。戦う為にも欠陥は多くあるが、どれ程劣っていようと、彼には戦う力が備わっていた。
あらゆる危険から逃れる術はあったろうに、彼は茨の道を選択したのだ。
「……俺だけ簡単にリタイアして良い理由なんて何処にも無い、んだよ……」
フラフラになりながら、己の唯一の武器を握り締める。
敵意と決意を秘めた瞳で、立ち向かうべき敵に挑む。
「戦う手段が残されているのなら、出し惜しんで死ぬなんて真似……できないだろ。たとえ──」
──たとえ、それが「命」を代償にする禁忌であっても。
命に代えても、最期まで己が決めたルールを貫き通す。
彼の言葉を聞いても、眼前に立つ男の表情は何一つ変わらない。道の傍らにある生物の亡骸を見るような、死に対して何の関心も持ち合わせていない、人外の眼。
命を奪う事になんの躊躇いも持ち合わせていない、人殺しの眼をしていた。
「つまらないな。時間の無駄だった」
男がそう吐き捨てると同時に、背後に黒い翼のようなものが展開する。
背後から月光が輝くさまはいっそ「美しい」とすら感じさせるが、神聖な天使には程遠い。寧ろ、人の命を奪う鬼神や死神という例えが、その男にはどこまでも相応しかった。
その翼は鞭のように変化し、常人の瞳では捉えられない程の速度で彼に迫る。
狙うは首。青年の息の根を完全に止める、絶命に至る最短距離を突っ切った。
瞬き一つの間に、彼の首は宙を舞う。
回避する事は不可能。約束された死を待つことだけが、彼に許された唯一の慈悲だったが────彼は、
「────テウルギア」
そう、力の籠った声で呟いた。
直後、何かが切り裂かれるような音が、夜の聖都を駆け抜けた。
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