欠陥魔術師は雷霆を手繰る ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体みたいなので、開き直って自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います──

──ソレは、神が如き力を振るうモノ
樹木
樹木

4話『持ち掛けられた取引』

公開日時: 2022年5月17日(火) 04:54
更新日時: 2023年5月22日(月) 01:10
文字数:10,931

 魔獣の群れを単身で退けた少女に連れられ、アウラは今度こそ森を抜けるべく歩き出していた。

 瞬く間に獣の亡骸を築き上げた割には、息一つ乱れていない。彼女にとっては常日頃から行っている事なのだろうが、その身のこなしと剣技は何処までも洗練されていた。

 突き詰めたような蹂躙。弱肉強食という文明以前の掟をその身で証明してみせたのだ。


 なりふり構わない荒々しさと、血に塗れても尚色褪せない気高さ。本来相反するであろうモノを、先を行く少女は内包している。


『私はカレン。カレン・アルティミウス。一応この近くの街を拠点にして冒険者やってるの。宜しくね』


 彼女は道中、そう名乗った。

 狩猟と月を司る女神を彷彿とさせる名だが、その印象を感じたのもあながち間違いではない。

 獣を狩るべく疾走し仕留める姿は重なるものを感じさせる。──その例えに倣うのであれば、アウラに見せた悪鬼羅刹の如き戦い振りは、死を齎す神としての側面か。


「一段落したのは良いとして、まさか冒険者だったとは。てっきり傭兵か何かかと思ってたよ」


 森の中を進みながら、アウラがそう零した。

 加えて、カレンは年もまだ若く、驚く事にアウラと同い年なのだという。


「正直なところ、仕事の内容はそこまで大差ないわね。ただ、傭兵の場合は戦争に駆り出される事もあるけど、冒険者は基本的に魔獣の退治とか、危険な地域の調査がメインになるの」


「今日も、その依頼でこの森に?」


「大体そんなところよ。本来は何も無かったんだけど、急に仕事振られたのよ。一先ず探索してたら魔獣の気配がして、それを追いかけていたら貴方と出会ったって訳」


「成る程……冒険者って結構鎧とかぎっちり着こんでるイメージあったけど、実際はそうでもないんだな」


「実際、そういうヤツもいるにはいるわよ。ただ、私は出来るだけ動き易い方が好きだから、最低限に留めてるの」


「さっきの戦いっぷりを見た限りじゃ、確かに身軽な方が良いわな」


 彼女の装いは、剣を振るうにはあまりにも軽装。

 防御というよりも機能性に特化したような、白と赤を基調とした上着。下も同じように、膝下丈のズボンという出で立ちだった。

 身を守るような物はなく、彼女の言う通り、両手に装備された籠手程度だ。


「それと、冒険者には幾つかの階級があってね。駆け出しは「原位アルケー」から始まって、一人前になれば「天位デュナミス」。それなりに実力を付ければ「熾天セラフ」まで昇進できる。私はこの「熾天」の階級に属してるわ」


「ってことは、カレンさんは第三階級。高位の冒険者って訳か」


「一応はそういう事になってるわね。ただ、「熾天」の上にもう一つ──最高位の「神位アレフ」って階級があるけど、これに関しては世界で二人しかいないのよ。だから、現実的に考えれば、常人が目指せるのは「熾天」が限界ね」


「最高でも第三階級……って事は、カレンは実質的な最高位なんだな」


「私はただ、ひたすらに依頼をこなしてただけなんだけどね。知らない内に昇進してるだけならまだしも、気付いたら「羅刹」なんて渾名を付けられてたわ」


「羅刹とはまた随分と厳つい二つ名を……というか、


 カレンは笑いながら、己の異名について語った。

 羅刹と聞いて、アウラは東方の伝承される鬼神の一つを想起した。

 人の血肉を喰らう存在としての恐ろしいイメージは、黒い剣を携えて戦う彼女に相応しい。

 叙事詩に於いても、羅刹の王が神の化身アヴァターラに討たれる説話は世界的に有名である。


 眼前の少女に与えられた異名を聞き、彼に、この世界が本当に「神話が実在した世界」である事を実感させた。


「冒険者かぁ……仕事、早いトコ探さなきゃだな」


 歩きながら、遠い目でボヤくアウラ。

 無事に現地人と出会う事こそ出来たものの、それだけで全てが解決した訳ではない。職を探さなければ生きていく術は無く、飢え死するのは必定だった。


「いいじゃない、冒険者。ほら、丁度手頃な武器だって持ってる事だしさ」


「そうだな、なら冒険者にでもなろうか────って、はぁ!?」


 彼女からの、まさかの勧誘だった。

 それも身元不明、住所不定、現在無職という三種の神器の揃った、まだ会って数時間も経ってないアウラに対しての。

 そんな簡単になれるものなのかという驚きもあるが、前の台詞の流れからはあまりにも唐突なものであった。

 彼は断ろうと、慌てた様子で


「いやいやいや、俺別に特別な力も無いし魔術だって何も使えないんだぞ!? 冒険者になっても確実に犬死する未来しか見えないんだけど!?」


「私は仮にも「熾天」の魔術師だし、その辺りは一から指南してあげるわよ。三ヶ月程度で一人前まで引き上げてあげるって約束で」


「魔術師だった事も十分意外なんだけど、三ヶ月って……それマジで言ってる?」


「マジよ」


 先程とは逆に、今度はアウラが訝し気な視線を向ける。

 さりげなく、剣士ではなく魔術師という告白をされたが、本人が言うからには信じる他ない。


「いや待て、冒険者として指南するって事で恩を売って一生パシリとかそういう条件があるんじゃないか。落ち着け俺、美味い話には裏があるぞ……!!」


「流石にそんなことしないわよ。私は冒険者としての戦力が増えるし、貴方は仕事が得られた上に身を護る術を手に入れられる。互いに利益のある、決して悪い話じゃないと思うけど?」


 僅かに笑みを浮かべながらカレンが言う。

 それは彼女の言う通り、双方に利益のある誘いだった。

 アウラにとっての利益は勿論の事、冒険者として誘いに乗れば、押し付けられた両刃の剣──ヴァジュラを活かす事が出来る。質屋に入れて生活費の足しにするという手もあるのだろうが、あまりにも罰当たりが過ぎる所業だ。


「────それに、私はさっきアンタを助けた。つまり「貸し」がある。了承するなら、それで貸し借りはナシって事で」


 カレンは足を止めて振り返り、念を押すかのように続けた。

 ソレは単なる勧誘というよりも、アウラにノーと言わせる退路を塞ぐような言葉だった。


「────」


 その言葉を受けて、アウラは一つの推測に辿り着いた。


 ────最初から、自分が断る可能性を切り捨てた上で勧誘を持ち掛けたのではないか。と。


 彼女は答えを聞くまでもないという様子。命を助けたのは本来の仕事である魔獣退治の副産物なのだろう。しかし、短時間でアウラの身の上を把握し、加えて双方が得をする交渉を投げかけた。

 彼からすれば、断る理由など何一つとして存在しない。が、形式上、ハッキリと答えを口にする。


「────分かった。乗るよ」


「よし、取引成立ね!」


 間を置いて、彼女の誘いを受け入れた。

 この問答を以て、アウラという人間の、この世界での生は劇的に変化する。

 もう決して、平凡なレールの上を歩む事は無い。非日常が日常の世界で冒険者として生きる事になった以上、常に命を賭す事が自分にとっての常識に切り替わるのだ。


 もう取り消す事は出来ず、引き返す事も許されない。 


「何か、凄く綺麗に言いくるめられた感じがするな……」


 最初から全て、彼女の思う通りに進んでいるような気すらする。

 彼女の言う通り、勧誘した理由は戦力の補充であり、それに嘘偽りはない。直観ではあるが、アウラには彼女が自分を騙す為に誘ったとは思えなかった。

 全ては偶然。魔獣と相まみえようとするアウラの窮地を救ったのも、丁度戦力が不足している事も、彼に職が無く、ただ授かり物の武器だけがあった事も。


「それで、こっからの予定は決まってるのか?」


「そうね、一先ず一番近くの街……エリュシオンに一旦戻る事になるかしら」


「エリュシオン?」


「私が拠点にしてる都市国家よ。そこのギルドに一応在籍しててね。大体だけど、この森から半日歩けば着くと思う」


「半日かぁ、ちょっと遠いなぁ」


 目に見えてアウラのテンションが下がる。

 短時間の情報量が多すぎて流石に疲れていたが、更に半日と聞いて少し気分が落ちる。まだ太陽は中天に輝いているが、確実に着く頃には日が沈んでいるだろう。

 尤も、異世界人であるカレンと知り合えたというだけでも十分な成果ではあるが。


「……さっきから全く風景が変わってないけど、本当に大丈夫なのか、これ」


 恐らくまだ正午辺りだろうが、太陽の光を木々が遮り幾らか視界が暗い。

 全くと言って良い程景色が変わらない事もあり、同じ地点を延々とループしているのではないかと不安にさせる。


「大丈夫よ、コレはこういうだから」


「仕組み……?」


「今に分かるわよ。ほら、はぐれないように付いてきて」


 そう促すカレンの後ろを追うように歩いていく。──最中。その言葉の真意を察する間もなく、答えは明確になる。


「────っ!?」


 彼の視界が、ぐにゃりと歪む。

 水面に絵具の雫を落とした時のように、周囲の風景が一切の形を成さなくなる。決して実際に空間そのものに歪みが生じている訳では無いが、彼の瞳に映る光景は平衡感覚を失わせるには十分だった。

 僅か数秒の間の「異常」。彼の身に起きた異常はカレンに対しても起こっている様だが、彼女は微塵も取り乱す事無く、平然と歩を進めていた。


 ──そして、目に見える世界が一変する。


 眼前に全く別の光景が広がると同時に、風が草を揺らしたのだ。

 鬱蒼と木々の茂る森の先に広がっていたのは、先程とは打って変わったように見晴らしの良い爽やかな平原。雲一つない晴天も相俟って、その風景の美しさというものを完璧に補完していた。

 正に圧巻の光景だったが、アウラはふと我に返ったように


「景色が……」


「視界が歪んだのは、森を覆う結界を抜けた合図。あの森の魔獣はあの狼だけじゃないから、外に出さない目的でね」


 閉じ込める為というより、「外に出さない」という点に重きを置いた結界。


 アウラが後ろを振り向くと、確かに自分が数分前まで迷っていた森がそこにはあった。最初こそ幻想的な印象を持たせる森だったが、今となっては魔獣が跋扈する恐ろしい森としか思えない。

 すぐに目線を逸らし、目の前に広がる平原に視線を向ける。


「んで、こっから半日歩き続けると」


 いくら遠くを見ようとしても、街らしき人工物──文明の存在を示すモノは見えない。寧ろ、これといって大きな障害物などは見受けられず、あるのは風に揺れる草木だけ。

 未だ変わらず、神の時代より残る大自然が其処に在り続けている。


「貴方も疲れてるでしょうし、別に一日ぐらいなら野宿しても構わないけど」


「それはありがたいけど、カレンの方は大丈夫なのか?」


「私?」


「いや、それ」


 言いつつ、アウラは彼女の服を指さす。

 血に塗れた衣服。至近距離にいる彼は口に出してこそいないが、かなり血生臭い。

 加えて、カレンとてアウラと同世代──年頃の女子だ。


「さっきの返り血が結構ガッツリ付いてるけど、これで野宿って中々にキツくないか?」


「あぁ、コレなら別に気にしないし大丈夫よ。血の匂いも、正直もう慣れたものだし」


 カレンは視線を自分の衣服へと落とす。

 かなり染み付いており、洗って落ちるか心配になる程の汚れ具合だった。

 しかしその点に関してはあまり頓着が無いのか、カレンは至って平然としている。


「逞しいなぁ、流石冒険者」


「依頼終わって街に帰るまで着替えらんないし、さっき見たと思うけど、戦う時はいつもあんな感じだからね。もうなんか、汚れる事に関しては割り切ってるわ……」


「……なんか、ごめん」


 前言撤回。

 逞しいというでは無く、彼女は汚れる事に対する抵抗感を抱く事を諦めていたのだった。

 確かにあれほど派手に毎度暴れ回っていては、相手が獣であっても人間であっても返り血に塗れる事は免れない。

 少し俯いていたカレンであったが、すぐに顔を上げた。


「貴方の名前をギルドに登録するのもあるし、早速行きましょう」


「ここから半日で……多分まだ昼前だから、到着は夕方ってところか」


「そうね。街の案内とかは後日改めて私がするから、今日は街に到着さえできれば十分ね」


 今日の目標は決まった。

 カレンが拠点としているエリュシオンという街。そこが当面の目的地。

 奇しくもその名は、数多の英雄豪傑の魂が死後に行くとされる楽園と同じ名を冠していた。





 ※※※※





「──そういえばカレン、さっきギルドに俺の名前をどうのこうの言ってたけど、アレって何の話?」


「あぁ、アレね。うちのギルドに限った事じゃないんだけど、冒険者をやるには何処かしらのギルドに名義を登録しなきゃいけないのよ」


 視線を交わす事無く、遠くを見据えたまま彼女は答えを返す。

 身元不明、何処の馬の骨とも知れない者に冒険者としての活動をさせる訳にはいかない、というものだろうと彼は推測する。


「逆に、ギルドに名前さえあれば、一通りの冒険者としての活動は許されるわ。勿論、規定に反する行為が認められれば活動停止になったり、酷い場合は活動停止にされたりってこともあるけどね?」


「違反行為って、具体的にはどんな?」


「ざっと挙げるなら、そうね……他の冒険者に対する殺傷行為や登録情報の偽装、所属する国の法令違反、あとは依頼人に対する契約の不履行、かな。まぁ、普通にしていれば処分を下される事はまず無いわ」


「成る程なぁ。名前を登録すれば職に関しては解決って言いたいけど、それでも家も金も無いって事には変わらないし、前途多難だなぁ」


 アウラは頭を掻きながら、改めて目の前に積み重なった課題に直面した。

 生活する上で必要最低限のものさえあれば問題無いが、一つ一つの問題の解決にはえらく時間を要する。

 そもそも。冒険者としてやっていく為にも、まずそれ相応の実力を身につけなければならないという問題も抱えていた。


「冒険者って確か四つの位階があるって話してたけど、「原位アルケー」から「天位デュナミス」になるまではどれ位かかるんだ?」


「原位は本当に駆け出しみたいな連中に対する位階だから、簡単なものからでも地道に依頼をこなしていれば割とすぐにそこまではいけると思う。まぁ、「熾天セラフ」以降の位階に上がるのは生半可じゃないけどね」


 広大な平原を歩きながら、カレンは答える。

 冒険者の実力に応じて振り分けられる四つの位階のうち、最高位の「神位」に次ぐ第三階級。

 そして、眼前で言葉を交わしている「羅刹」の異名を賜る少女に与えられた階級である。

 単独で魔獣の群れを無傷で討伐するのを目前で見た彼からすれば、「熾天」の冒険者にとってはその程度は全く取るに足らない仕事なのだろう。


 実際問題、彼女は別段疲れを感じている様子も無い。


「熾天の冒険者は何処の国にも数人はいる。「原位」や「熾天」に比べて少数なのは本当だけど、それでも最高位の冒険者に比べれば全然多い方よ」


「そりゃ、最高位が沢山いたらインフレも著しいしな……」


「さっきも言ったけど、「神位」の人間は二人しか居ない。そんで、うち一人は今向かってる目的地。エリュシオンにいるのよ」


「……!?」


 アウラが思わず目を見開く。

 自分の拠点となるであろう街に、最高峰の冒険者がいる。彼女はそう言ったのだ。

 異世界における自分の住処、そして人脈の根幹となるギルド。自分が名を連ねることになる場所に、全ての頂点が籍を置いていた。


「といっても、今は何処にいるのか皆目見当もつかないんだけどね。肝心な時にだけ戻ってきて、帰って来たと思ったら挨拶の一つもしないでどっか行っちゃうのよ」


 やれやれ、とカレンは肩を竦める。

 彼女の言う通りであれば、アウラが彼と出会うのは相当先になる事だろう。

 全ての冒険者の頂点に立つ存在。他の者以上に多忙な事に加え、それ程の存在であれば通常の依頼を請け負う事も少ない事は容易に想像がつく。


「やっぱり、そんじょそこらのヤツとは格が違うのか?」


「ええ、最強も最強よ。一度手合わせを申し込んでみた事があるけど、それはそれは酷い有様だったわ」


「手合わせって、戦ったのか?」


「戦ったわよ。秒で決着ついたけどね」


「秒!?」


 カレンは、自らの敗北を正直に語った。恥じるでもなく、悔いるでも無い。あまりに完敗だったのか、寧ろ彼女は開き直っている。

 第三階級と第四階級。天使の名を冠する「熾天セラフ」と、神の座を示す「神位アレフ」。両者ともに実力者である事に変わりは無いが、その差はあまりにも大きかった。


「流石に最初から本気で行こうとしたら、魔術の詠唱が終わる前に後ろ取られて、槍の穂先を突きつけられて勝負アリ。清々しいぐらい綺麗な敗北だったわ」


「槍と剣なら確かに射程距離の相性とかもあるけど、そりゃ出鱈目だな」


「でしょう? 同じ魔術師でも、実力の差を痛い程見せつけられたわね」


「えっ……その人も魔術師なのか? 槍兵じゃなくて?」


 意外過ぎる真実に、アウラは戸惑う。

 槍を武器として扱う魔術師、それが最高峰の冒険者なのだという。

 カレンと同じく、魔術師には難しいとされる白兵戦──弱点とも思える部分を克服した隙の無いスタイルを取っている。 


「武器を執る魔術師も何人かいるのよ、私の知り合いには鎌を振るうヤツもいるし……でも、ソイツの槍は普通の槍じゃないのよね」


「カレンの剣も十分普通じゃないと思うんだけど……あれだけの魔獣を斬っても全く刃毀れしなかったじゃん」


「私のなんかとは比べ物にならないわよ。一度投擲すれば獲物を外さずに命中して手元に戻ってくる、なんて伝承のある代物だしね」


「必中の槍って、そんな御伽噺みたいな────」


 そんな物がある訳ないと言いかけた所で、アウラは言葉を呑み込んだ。

 投げれば手元に戻る槍というのは、ファンタジーの題材にもよく取り入れられるものだ。

 加えて、対象を自動で追尾し打ち倒す武器というのは多くの伝承に偏在している。

 例えば、古代ケルトに名高い太陽神の報復者フラガラッハが有名どころであろう。


(……いや待て、でも有り得るのか)


 一度冷静に、彼は情報を整理する。

 此処は神々の居た世界であり、実際にヴァジュラを手にしている以上、他の神の武具が存在していてもなんら不思議では無いのだ。

 カレンの話を聞き、腕を組んで思索するアウラ。

 投擲する槍であれば、幾つも候補は挙がる。──しかし、アウラがそう考えているうちに、その答えは告げられた。 


「────グングニル」


 端的に一言だけ、彼女は言った。

 ただの単語に過ぎないが、その名は余りにも有名。一般人でも広く知られている程に浸透している槍の名前だった。


 トネリコの木より造られ、その槍を向ければその軍勢に勝利するとされる神の槍。

 アウラが持つヴァジュラと同じく、遥かな過去、この世界を支配していた主神の所持物。

 暫しの沈黙の後、その語の意味を補足するようにアウラが口を開いた。


「魔術神にして戦いの神、オーディンの槍……必中必殺って触れ込みの?」


「ご名答。以外と詳しいのね」


「まぁ、俺も色々ね」


 アウラは己が携えたヴァジュラに視線を落とす。

 しかし、自分の持っている剣も実は神の武器です、などとは口が裂けても言えない。単純に恥ずかしい上、白い目で見られるのが目に見えている。


「今は無き神々がこの地上世界に残した遺物……巷じゃ「聖遺物」なんて呼ばれてるブツの所持者ってだけでも十分規格外なのに、単純な魔術の質も段違いなんだから、そりゃ最高位の位階になるわって話よ」


「でも、その人は味方なんだろ? それなら凄い頼もしいじゃんか……あーでも肝心な時にしか戻ってこないんだっけ」


「そう。常駐してたら私の仕事減るから、ありがたいんだけどねぇ」


「それはカレンがサボりたいだけでは?」


「あはは……バレた?」


 カレンは無邪気に笑顔を浮かべる。

 今このような笑顔を浮かべていても、いざ戦いとなれば瞬く間に悪鬼羅刹へと変貌するのだから、人間とは恐ろしい。

 この辺りは完全にスイッチの切り替えだ。


 (神の兵器……)


 かの大神の武器があるという事は、他の神々の持物も何らかの形で存在しているという事になる。

 自分の知る神がどれだけ存在していたかは定かでは無いが、少なくとも「天使」が言っていた神格は存在していたと、彼は考えた。

 そのような代物を人間が振るっている前例を聞かされたアウラは、


「神の武器を使うヤツは他にもいたりするのか?」


「ん~……」


 そう質問を投げかけると、カレンは腕組して思案する。

 何も、千差万別の神の武器を持つ者が世界に唯一という可能性は考えにくい。少なくとも自分を含め二人以上は確実にいる。

 時間にして十数秒程。瞳を細めつつ解答する。


「言っていいのか分かんないけど……まぁいっか。正確な数は把握してないんだけど、高位の冒険者連中とか、一国の軍に在籍する人間の中には結構いるわね」


「────」


「知り合いにも何人かそれっぽいヤツはいるし、貴方が会うのもそう遠くないかも」


 そう推測するカレン。

 身の回りにそのような人材がいると言える辺り、相当顔が広いのだろう。

 アウラは表情こそ変えずに話を聞いていたが、内心では、様々な憶測と不安が複雑に絡み合っている。

 神の兵器──聖遺物と呼ばれる物を自分は果たして扱い切れるのか。そしてそれ以前に、自分なんかが凶暴な魔獣と渡り合えるのか。

  出来る限りで努力はするが、本音を言えば自信はそう強くはない。


「カレンは、普段から魔獣退治の仕事を引き受けてるんだったか」


「ギルドの長に頼まれて別の国まで駆り出される事はあるけど、魔獣退治が殆どね。どうして?」


「魔獣相手にちゃんと戦えるのかなって不安がね。武器を振るった事なんて一度も無いし、それにほら──」


 アウラは言って、右腕に精一杯の力こぶを作って見せる。

 だが別に突出して筋肉がある訳では無いし、至って人並みそのものだった。軽いランニングなどは習慣として行っていたが、あくまで健康維持目的だ。


「俺、大して力がある訳じゃないし」


「武器を使っての戦いに関しては私が指南するわよ。それかいっそ、身体の方は魔術で補強するって手もあるわね。教える事は増えるけど」


「つまり、カレンと同じスタイルで戦う事になると」


 魔術と白兵戦を兼ねる。

 飛び抜けて身体能力が優れている訳でも無し。地道に筋トレを積み重ねるという手段もあるが、魔術の指南も受けていても良いに越した事は無い。

 元の世界で言うならば「魔法剣士」。別に雷神の武器を持っているからといって雷を纏わせた魔法剣で乱れ打ちするとかいうそういうものでは無い。


「魔術一辺倒なら接近戦が甘くなるし、どうせなら両方ともこなせる方が良いしね」


「となると……目指すのはアレか。さっきのカレンみたいに白兵戦でシバキ回す感じか」


「シバキ回すってアンタ、言い方ねぇ。私だって他にも魔術は使えるわよ。さっきは「強化」の魔術しか使わなかったけど」


「ジェヴォ―ダンと戦う時? あー、そう言えばなんか呟いてたっけ」


 顎に指を当て、彼女が襲い来るジェヴォ―ダンを迎え撃つ直前、口元で何か呟いていたのを思い出す。

 その直後、彼女の動きが加速したかのように映ったのだ。


「見てたのね」


「そりゃあ、あれだけの魔獣を単身で屠ったヤツの事を見るなって言う方が無理な話だろ」


「あの時に使ったのが「強化」の魔術。「アグラ」はその詠唱ね」


「魔術って、言葉を唱えるだけで成立するもんなのか」


 と言葉を零すが、彼女は即座にアウラの憶測を訂正する。


「厳密には違うわね……丁度良いし、街に付くまで色々と魔術に関して教えてあげる。後で説明する手間も省けるしね」 


 森を出てから小一時間。まだまだ目的地に到達する様子は無い。

 そんな最中、現役の「熾天」の冒険者による、歩きながらの即興の魔術講座が幕を開けた。


「まず大前提として覚えておいて欲しいのが、魔術の定義かしら」


 魔術の講和。その第一声はそれだった。


「魔術の定義、と言いますと」


「一言で言うなら、そうね……「魔法」との違い、ってところ」


 落ち着いた声色で、カレンは語り出した。

 何も知らないアウラからすれば、魔法は完全なるファンタジー。魔術は何処となく怪しく、呪術的な印象があった。 

 真剣な眼差しで、彼は彼女の言葉に耳を傾ける。


「魔法は、端的に言えば神々の力。例えば、新たな大地の創造、生命の再生なんかはその範疇に入るわね。──それで、神々の力を人間で起こせる範囲で再現したものが魔術」


「神々の再現。つまり、神様の力を隷属化したものって訳か」


「言い得て妙ね」


 前方を見据えたまま、カレンが答える。

 言い方は悪いが、アウラの答えを彼女は否定しなかった。

 本来であれば人間が畏れ、一方的に享受していた神の力。それを人が、人の許された領域で再現して行使する術。それがこの世界における魔術だった。

 見方によっては──ソレは、神聖な神の領域を穢す術と言えるだろう。


「んで、魔術を扱う方法だけど、これはシンプル。詠唱で魔力に指向性を与えればいい。詠唱を以て、魔力にカタチを与える事で魔力から魔術に変質させる……って感じ」


 言葉を以て魔力の在り方を変化させる詠唱は、言わば変換器コンバーターだ。


「詠唱に魔力ってなると、マナとかその辺りの話も関わってくるのか」


 顎に手を当てて推測する。

 この世界に満ちている魔力源であるマナ。それを扱って魔術を使うのだとアウラは事前に聞かされていた。


「確かに、マナを魔力に変換して魔術を扱うのも一つの手段としてある。でももう一つ、オドを扱う方法もあるの。マナが外部に由来する魔力なら、オドは人間が元から持つ魔力って所ね」


「マナとオド、どっちも魔力には変わりないみたいだけど、何か違いでも?」


「正直、自然界にあるマナを使った魔術の方が質が良い感触はあるわ。でも多分、貴方はマナを扱えないかもしれない」


「ん? どういうこと?」


 アウラはマナを扱えない。カレンはそう断言した。

 当然困惑し、何故そう言い切れるのか更に問おうとするが、カレンはその指先をトン、とアウラの胸の真ん中に当て、


「人間が外部からマナを取り込む為の器官──「あな」と呼ばれているものが閉じているのよ」


 彼の疑問に答えるように、そう解説した。

 現代風に言えば、車を動かす為のガソリンを入れる給油口が常に閉じているという事だろう。つまりアウラに許されるのは、オドを使う魔術のみという事になる。


「もしかして……マナが扱えない魔術師ってだいぶ条件悪かったりする?」


 アウラは汗を流し、焦りを感じているのが見え見えである。

「力を引き出せば死ぬ」という曰く付き物件を抱えている上、魔術師としてやっていくにも外から魔力を取り入れる事が出来ないという欠点も判明してしまった。

 即ち、ゼロでは無くマイナスからのスタートである。


「あんまり気にしなくていいと思うわよ?」


「んな楽観的な……マナの方が質の高い魔術が扱えるんだろ? だったら扱える魔術師の方が良いだろうに」


「マナを取り込める者が多いだけで、マナを扱えずともオドだけで魔獣と渡り合う輩も居ない訳では無い。寧ろ、それで高位に上り詰めれたら、教えた側としても鼻が高いしね」


 魔術師として真剣にやっていこう、そう心に決めた矢先にあまり嬉しくない宣告をされ、ややブルーになったアウラを励ますかのような言葉だった。


「カレン師匠────!」


「師匠はやめて」


「なら先生!」


「別に良いって……どうせ同業者になるんだしさ」


 あくまで教師と生徒、師と弟子という関係になる事を否定するカレン。

 満更では無さそうな表情を浮かべつつ、二人は街へと歩みを進める。

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