【完結】慰霊の旅路~修業編~

退会したユーザー ?
退会したユーザー

森のしずく公園/旧慰霊の森(岩手・岩手郡雫石町)

公開日時: 2021年10月31日(日) 18:32
文字数:6,310

全日空機雫石衝突事故が起きてから50年の月日が経ちました。

事故は1971年(昭和46年)7月30日午後2時2分39秒頃に東京方向へ190度の磁針度を取って飛行をしていた全日空58便機と、岩手山上空付近を編隊飛行訓練をしていた2機の航空自衛隊の戦闘機のうちの1機が、高度約28,000フィート(=8500メートル)で空中衝突した。航空自衛隊機の乗員は安全ベルトを外した後に機体から自力でパラシュートを用いて脱出をすることに成功したが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が死亡する痛ましい事故が起こりました。改めて事故でお亡くなりになられた方々に心から追悼の意を表したいと思います。


合掌。


四十四田ダムを後にした一行は、車を停車させていた四十四田公園のダム畔駐車場から岩手郡雫石町にある森のしずく公園へと向かって移動することにした。


芦原が運転する車に乗った侑斗と長谷川は後部座席に座ると、相変わらずホテルで熟睡できなかった分の睡眠を取り始めた。そんな様子を芦原はルームミラー越しに微笑ましく見つめるのであった。


一方で烏藤の運転する車では、助手席に座る星弥と後部座席に座る支倉と色々な話をして盛り上がるのを、支倉の隣に座る吉原が黙って聞いて居るばかりだった。


「なあ、饗庭教えてくれよ。さっきの四十四田ダムで霊能者は干渉しないほうがいいって言っていたけどさ、じゃあこれから行く森のしずく公園って霊能者的な立場で考えたときに、これは生者が行っても良いか悪いかってのはわかるものなのか?」


支倉の質問に星弥が淡々とした口調で答えた。


「森のしずく公園が東北地方における最恐の心霊スポットだとあげる声もあるが、そもそも心霊スポットという定義がおかしい。亡くなられた方にとっては、たまたま乗り合わせた飛行機がまさか空中で航空自衛隊の戦闘機と空中衝突し機体が空中分解するなんてことを予見が出来るわけがない。お亡くなりになられた方々にとって、想定外の死だったに違いない。そんな場所で、幽霊が出るからと言って肝試しをしたり、遊び半分でふざけた行為などを行えばどうなるか。”わたしたちは死にたくてこの地で死んだんじゃない”と逆鱗に触れるだろう。慰霊が目的で、お亡くなりになられた方々の追悼を心からお祈りをするのが目的であれば、亡くなられた方々の怒りに触れることはないだろう。むしろ、遺族じゃなくてもこの地には来るべきだ。色々な方々が亡くなられた方々に手を合わせ追悼してくれるだけでも、自分たちの死をこれだけ多くの方々が慰霊碑を前にして手を合わせたり涙を流してくれる姿を、御霊達は茂みからこっそりと見ている。そんな様子を見ただけでも、ありがとう、ありがとう、と言っている。悪ふざけじゃないと分かれば、問題はない。」


星弥の話に、続けて烏藤が話し始めた。


「さっきの四十四田ダムってのは、自殺の名所だ。俺もダム湖を霊視して分かった。霊能者として深入りしないほうがいいって饗庭が言っていたのはな、この地で投身自殺を図ったのは、女子高生だけに限らないってことだよ。きっとこれまで、何人もの方々があのダムで投身自殺を図っていることに間違いはない。ダム湖から無数の白い手というのは、何百名ものあの地で最期を遂げた御霊達が集合体で集まって一つのサークルを作り出し、その集合体が襲い掛かってきた可能性が捨てきれない。だとしたら、迂闊にそういう場所であると知った以上、心に闇を持っていたら尚更その弱みに付け込まれ、自分たちのいる世界(=ダム湖畔)へ引きずり込もうとするということなんだよ。霊の声を聞くことが出来る俺達のような霊能者や或いは霊感の強い人は行くことは避けたほうがいい。救いを求めて、”助けてくれ”と訴えてくる御霊だっている、しかしそうやって俺達が持つ強いエネルギーを取得したいがために、引きずり込もうとするんだ。それが饗庭が話した地縛霊の一種の悪霊でもあるんだ。霊にはわかるんだ。霊能力を持つ人ほど、瞬いて輝く光に見えるんだ。その光の加減から、この人の持つエネルギーが強いか否かがわかる。」


烏藤がそう話すと、続けてこう話した。


「四十四田ダムは生前にこの地で投身自殺を図りお亡くなりになられた地縛霊で、かつ心に闇を抱える生者を自分たちの世界へと引きずり込もうとする悪霊でもある。かたや森のしずく公園で彷徨う御霊というのは、思いがけない事故でお亡くなりになられた。不謹慎な言い方にはなるが死にたくて死んだのか、死にたくないのに死んでしまったという決定的な違いがある。自殺者のほうが、この世への怨みを持ち、仕返しをしたいと思う御霊こそが悪霊の正体である。怨霊とも言っていいかもしれない。そういった御霊がボス格となり、生者に対して禍を齎す。かたや森のしずく公園で現れる事故でお亡くなりになられた御霊達は、お亡くなりになられた方々に対してきちんと追悼の意を表し、心の底から安らかに眠ってほしいという事をお祈りすれば、祟られることはない。そこで亡くなられた方々に対して罵倒したり、侮辱するような遊び半分の悪ふざけや肝試しで騒いだりなんて行為は、御霊達の激しい怒りを買うことになり、呪われるのは避けられない。それは森のしずく公園が凄惨な事故現場である以上、心霊スポットだからという理由で足を運ぶ行為そのものが人としてのモラルを疑ってしまう行為でもある。長々と話したけど違いは分かってくれたかな?」


烏藤の話に支倉が「そういうことか。いや、むしろ分かりやすく解説をしてくれてよく理解が出来た。」と納得したうえで、星弥にも語りかけた。


「八甲田山は生者が行くのは避けたほうがいいと言っていたけど、森のしずく公園でお亡くなりになられた方々との決定的な違いってあるのか。」


支倉が語り掛けると、星弥はこう答えた。


「八甲田山雪中行軍遭難事件でお亡くなりになられた兵士の大方が、目の前で仲間が死んでゆくのを見て正常心ではいられなくなり、矛盾脱衣をしたり、銃剣で樹を突き出したり、駒込川に飛び込んだり、凍傷した手で軍袴のボタンが外せず放尿した結果その個所が凍結を引き起こし凍死してしまうなど、人が人として保たなければいけない理性や自制心さえも完全に失ってしまった状態で亡くなられた。追悼のためのラッパを吹いて”あなたたちの死は無駄ではない”と上席の人間が伝えたとしても、生き延びようと自我を失い一心不乱になりながら彷徨い続ける御霊達に対しては、生者を見ただけでも救いに来たと思い込まれてもしょうがない。亡くなった彼らには、それが生き延びるための策としか考えていないのだからね。だから生者は行かないほうがいいと言った。取り憑かれる危険性やリスクが極めて高いからだ。特に凍傷などで失った箇所をカバーしたい一心でその部分だけ、憑いてくる可能性のほうが極めて高い。無論肝試しも論外だ。ただ、森のしずく公園で彷徨う御霊というのは、無論突然の事故で死を受け入れられないというのも理由の一つとしてあるのだが、違いをあげるとするなら亡くなられた方々には理性がある。自制心は失っていない。追悼の意があれば、亡くなられた方々は理解を示して、よく来てくれたと思って寄り添ってくれる。心の底から彼らの死を悼み、菊の花やお線香をあげるだけでも、違うことだ。」


星弥が話す内容に、烏藤が「全くもってその通りだ。」と話した。


星弥と支倉と烏藤の話す内容を黙って聞くばかりの吉原は、烏藤に話しかけた。

「途中で立ち寄れるならスーパーで菊の花や榊でも買ってあげたい。それを持参した状態で、森のしずく公園に行きたい。」


吉原の話に支倉は答えた。

「勿論だ。菊の花や榊は最低限購入したうえで、森のしずく公園に行く予定だよ。そうだよな?烏藤。」


支倉から話しかけられた烏藤は答えた。

「勿論立ち寄る。あと少しのところにショッピングセンターがあるからそこで菊の花を買おう。芦原にもショッピングセンターで立ち寄る旨の連絡をしてほしい。」


烏藤は支倉にそう話すと、支倉は侑斗の携帯に電話を掛けることにした。


ぐっすりと寝ていた侑斗の携帯が着信音が勢い良く鳴ったことで、びっくりして起きた侑斗は「何だよ!人が気持ちよく寝ているのに!」と怒鳴りながら、「はい。もしもし。饗庭ですけど!」と不貞腐れながら電話に出る。


「もしもし。支倉だけど、車を運転している芦原に伝えてほしい。今からショッピングセンターへ立ち寄るから、そこで供養のための菊の花を買いたいと思っている。ついて来てほしいと伝えてくれないか。」


支倉の言われたままのことを、侑斗が芦原に伝えると、芦原は「わかったと烏藤君に伝えて。」と侑斗に伝え、支倉に「芦原さんの声聞こえた?了解だって。烏藤さんにもその旨を伝えてほしい。」と話し、支倉は「ああ。聞こえたよ。起こしてしまったようなら悪いね。ありがとう。」と話し電話を切った。


一同はショッピングセンターで供養のための菊の花や榊だけでなく、お線香なども大量に購入してから、森のしずく公園へと向かって移動した。


時間が17時を回ったところでやっと森のしずく公園に到着した。車を参道入り口脇の駐車場に停車させたところで、旧・航空安全記念の塔がある広場のところまで向かうことにした。


「まだ夕暮れの明るい時間帯だ。参道入り口から参拝者記帳所までは約345メートルあり、階段数としては550段か。良いダイエットになるじゃないか!吉原!」


星弥が吉原に語ると、思わず突っ返した。

「余計なお世話よ!!」


一同はゆったりとした歩調で階段を上っていくのだが、段々と薄暗くなるにつれて自分たちしかいないはずなのに、人の視線を感じざるを得なかった。星弥が烏藤に訊き始めた。


「5月から11月の慰霊訪問は要問合せとあったけど、連絡はしたのか?」


星弥の質問に、烏藤が答えた。


「それなら、芦原が連絡をしてくれたはず。そうだよな?」


烏藤の問いかけに芦原が答えた。


「ええ。自衛隊関係者としてお参りしたいと伝えた上で、何時まで行けばいいのかなども、営業時間は特にないとしたうえで、明るい時間帯を選んできてくださいとしか言われなかったわ。その代わりに記帳所のところで必ず参拝に来ましたよという記帳だけは必ずしてくださいと念を押されて言われた。それぐらいね。」


芦原の答えを聞いた星弥は「それなら問題はない。暗くなるまでにお参りを済ませたい。」と話すと、侑斗はいても経ってもいられず星弥にあることを聞き始めた。


「なあ、さっきから階段脇の茂みから、俺達しかいないはずなのに視線を強く感じるけどひょっとしてこれが、事故でお亡くなりになられた方々の御霊達なのか?」


侑斗が星弥に質問をすると、星弥は答えた。


「その通りだ。お亡くなりになられた方々が俺達のほうを注意深く見ている。俺達が参拝に来たのか、悪ふざけをしに来たのかを注意深く見ている。」


星弥がそう話すと、「まず参拝者記帳所に向かうまでに、慰霊の森碑に向かって手を合わせよう。」と話し階段を上がって500段目のところにある慰霊の森と書かれた石碑を前に一同は深々と頭を下げてお辞儀をすると同時に両手で拝み始めた。


「どうか安らかに眠ってください。」


侑斗が呟くと、残る50段の階段を登り切り、そこにあった参拝者記帳所で名前を全員が記入し始めたところで、全日空機遭難者慰霊碑の前まで辿り着くと、購入してきた菊の花を献花台にお供えをしたところで、再び深々とお辞儀した末、両手で拝み始めた。さらに一同は慰霊碑を後にしたところで、お亡くなりになられた方々の位牌が安置されている慰霊堂へと向かい、そこでも閉ざされたドアの前で深々とお辞儀をした末に両手を合わせた。


さらにその奥にある旧・航空安全記念の塔がある場所まで歩いて向かい始めた。


途中で地蔵尊を前にすると、そこでも深々とお辞儀を行った末に、両手を合わせた。


そして旧・航空安全記念の塔がある場所に到着すると、改めて感慨深い気持ちになるのであった。


侑斗が「ここに来るまで、色んな方々が俺達のことを注意深く監視している感じが凄くあった。でも俺達が事故でお亡くなりになられた方々を追悼するために来たんだというその姿勢が伝わったのか、段々と厳しい視線から、何だろう。見守ってくれているような、そんな感じがしてきた。」と話すと、烏藤も同じことを考えていた。


「そうだね。俺達のお亡くなりになられた方々に対する追悼の気持ちが伝わって、よくぞ来てくれたと歓迎の意思を示してくれた。温かく出迎えてくれているんだよ。亡くなられた方々は誰も、こんな運命になったことを恨んだりしていない。中には遅くなるまでに早く帰りなさい、真っ暗になるよと指摘してくれている御霊だっている。俺達が果たすべき目標は達成された。また次に来るときは、朝の明るい時間帯にでも行って、またお亡くなりになられた方々に追悼の意を表したいね。」と話すと、森のしずく公園に慰霊目的で来たかった吉原に話しかけた。


「どうだった?ここにきて良かったか?」


烏藤の問いかけに吉原が答えた。


「この地に改めてきて、空の安全というのをとてもとても痛感させられた。霊感のない私でもここに辿り着くまでは厳しい視線をすごく感じた。だけど、慰霊碑や慰霊堂や地蔵尊を前にして、両手を合わせ拝んだところで、次第にその冷たく感じた視線から一転して癒やしに近い空気に包まれた、そんな気になった。きっとわたしたちの亡くなられた方々に対するお悔やみの気持ちが伝わって、わざわざ来てくれてありがとうって言いながら見守ってくれているんだと思う。お亡くなりになられた方々が、どうか天国で安らかに眠ってほしい。痛みや苦しみのない世界でゆっくりと過ごしてほしい。心の底からずっと祈り続けるしかない。」


吉原がそう話すと、侑斗は長谷川に「まさかと思うが、森のしずく公園に纏わる都市伝説を検証しましょう、だなんて言わないよな?」と聞くと、長谷川は「しないよ。だって俺も吉原さんと同じことを考えた。霊感のない俺であっても、この地で眠る御霊達の心優しさに救われた、そんな気がした。そう思うと、この地を心霊スポットだと言って、地蔵尊を倒したりするなどの罰当たりな行為は許されるものではない。ここは事故でお亡くなりになられた方々が安らかに眠るためにあるべき場所なんだ。悪ふざけをするような事なんて一切考えていない。」と話した。


長谷川の発言を聞いた星弥は「さっきの四十四田ダムとは態度が打って変わったな。少なくとも、この事故を知らない若い世代にも、悲惨な事故が遭ったことは今後もずっと語り継がなければいけない。遺族がいるからと言っても、次第に病気でお亡くなりになられる方々も増えてくるだろう、やがて誰もこの事故のことについて語り手がいなくなっては、この地に参拝する者も減って来てしまう。我々のような若い世代が教科書の日本史にも載らないこの事故を今後生まれてくる世代に対しても伝えていかなければいけない。こんな事故は二度とあってはならない。」と話した。


星弥の発言に一同が頷くと、芦原が星弥に「暗くなるまでに帰ろう。」と話すと、星弥は「そうだね。暗くなって帰り道で事故に遇ってからでは長谷川君が好きそうな怪談系のネタが増えるだけに過ぎないからね。」と言うと、長谷川は星弥に「もう勘弁してくださいよ。俺もこの地に来て見て学習したことだってあるんだから。」と言いながら、一同は森のしずく公園を後にすることにした。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート