社会人になってから3週目の平日を迎えた侑斗。
お昼ご飯の弁当を作ることも段々と慣れてきて、少しずつだが社会人としての節約方法を学びつつあった。
2025年4月15日、火曜日の事だった。
上司から声を掛けられた侑斗は会議室へと呼ばれ、慎重な面持ちで中へと入っていくとそこで思いもしない出会いがあった。
「芸能事務所でマネージャー兼スカウトマンをしている。まるで天使のような顔立ちの美男子が小城市役所の市民課で働いていると巷で評判になっていると聞いて駆けつけて正解だったよ。君は間違いなくスーパースターになれるよ。どうだ?こんな退屈なところで公務員として真面目に働き続けるより一獲千金を目指して芸能界の扉を叩いてみないか?」
芸能事務所のスカウトマンから名刺を渡されるが、侑斗は名刺を受け取らずに丁重にオファーを断った。
「わざわざ来ていただいたのは嬉しい話です。でも僕は今の仕事をこれからもずっと続けていきたいです。ですので、芸能界には絶対に行きません。」
侑斗の頑なな態度を見た上司は「ずっと市民課の受付の顔として働くよりかは、悪くないと思うんだけどね。」と語ると、侑斗は心配になって「それって僕がいらないってことですか?」と聞き出すと上司は「いやいや、そういうことではない。せっかくの神様から得た美貌はこんな田舎の市役所で生かすよりも日本全国いや世界でも饗庭君は十分通用できると思うよ。僕としては饗庭君がより活躍できる世界で羽ばたいてほしいだけなんだよ。」と話すと、侑斗はこう返した。
「ありがとうございます。でも今の小城市役所で、いずれは管理職の課長になることを夢見て昇進することを目標にこれからもずっと続けたいんです。」と笑顔で話すと、上司は「そうか。それならばもっと仕事を覚えてもらって頑張ってもらわないと困るね。」と話し、侑斗は「はい!もっともっと一生懸命、身を粉にしてでも頑張ります!」と答えた。そんな様子を見たスカウトマンは最後にこう話した。
「君の選択はきっと後悔になるだろう。」
スカウトマンはそう語ると会議室を後にした。
そんな様子を見た侑斗は「食っていけるかどうかも分からない芸能界の厳しい荒波に揉まれたくないから、それに僕はスペイン語が話せることと登山が出来るぐらいで芸達者と言えるほどではないですからね。」と上司に話すと、上司は「生き残りをかけての厳しい社会だからね。断って正解だったかもしれないね。」と侑斗に語り、2人は会議室を後にして、市民課のブースへと戻り始めた。
そして明くる日。
2025年4月16日 水曜日の事だった。
再び兄の星弥から土日の課題のメールが侑斗に届いた。
4月19日・4月20日 土日に向かうべき週末の霊能力者としての課題を発表する。
19日の土曜日、20日の日曜日には指定通りの場所へと向かい、そこで霊能力者としてのトレーニングを積んできなさい。場所は時間やルートなどを十分考慮したうえで検討をしたうえで決めた。何か危ない目に遭えばすぐに連絡をしなさい。以上。
星弥からのメールをじっくりと読みだした侑斗は、「いつまで修業は続くのか。」と思いながらも、指定された場所を確認するのだった。
4月19日 土曜日
小城市から6時間40分の場所にある鹿児島県指宿市にある①開聞トンネルへ、終えたらフェリーを使い2時間40分で辿り着く肝属郡肝付町の②小串トンネルへ向かい心霊現象の有無を確認しなさい。
4月20日 日曜日
小城市から5時間30分の場所にある宮崎県都城市にある①関之尾滝へ、終えたら1時間30分で辿り着く宮崎市の②久峰隧道へと向かい心霊現象の有無を確認しなさい。
移動距離や移動時間などを踏まえて考慮した結果、これがベストではなかろうかという判断になった。またさまざまな心霊スポットを紹介するサイトの情報などを見て、いずれのスポットはどのサイトにも掲載されており、高い信憑性があると思われる。投稿されている画像は少ないが、霊視を行った結果居る気配は感じた。実際に現地に行ってみてその目で確認をしてきてほしい。
星弥のメールを見て侑斗は愕然とした。
「鹿児島に宮崎、小城市から遠いところばっかり行ってこいってどういう神経だ!俺はトラックの長距離ドライバーでも何でもないんだぞ!!」
侑斗は思わずカチンと来てしまったが、いざ調べてみるとやはり興味が湧いてきた。
ただ「開聞トンネルだけはバイクだろ。車?無理。それこそ寿命が何年も縮んでしまう。狭すぎてラパンショコラで入っていけたとしても、俺の神経が持たん。」とも思ったが、乗用車でも入っていく様子を見て「入っていける人の神経が凄い。図太すぎてむしろ尊敬してしまう。そんなことはさておき、先ずは行って見て安全に停車できる場所を探すしかないか。」と計画を練り始めるのだった。
そして来る4月19日、土曜日がやってきた。
いつもより朝早く5時に目覚めた侑斗はさっさと身支度を済ませてから、朝食のトーストを食べ終えてから、車のエンジンをかけて6時ごろには出発した。
「さすがに、7時間も運転とかやってらんねえ。途中で休憩を挟みながら向かっていくことにしよう。」
そう考えた侑斗は4時間運転したら薩摩川内市内で20分は休憩を挟み、休憩を終えた後に開聞トンネルへと向かうプランを思いつき、実行に移した。
一般道を走り続けること4時間が経過し、立ち寄れそうなコンビニを見つけた侑斗はそこでいったん休憩をとることにした。「ずっと運転しまくって憑かれた。コンビニの中でスイーツでも買ってきてそれを車の中でも食べることにしよう。」と決め、車から降りたと同時にコンビニの中へと入っていき、そこで一口サイズの紫芋のスイートポテトパイたる商品が販売されていたので、気になって購入すると車の中で早速食べながら、これから向かう開聞トンネルについてスマートフォンで調べ始めた。
『開聞トンネル(かいもんトンネル)とは、鹿児島県指宿市開聞川尻にある2つのトンネルの通称。正式名称は、南側が「御倉本1号トンネル」、北側が「御倉本2号トンネル」である。
御倉本1号トンネル - 全長152m,竣工1966年
御倉本2号トンネル - 全長625m,竣工1966年
開聞岳の周囲を一周できる遊歩道の東側の入口部分にあるトンネルである。南北2つのトンネルから成っていて、北側の方が長い。南北2つのトンネルとも内部は曲がりくねっている。南北2つのトンネルの間には中庭と呼ばれる空の開けた鉄骨の骨組みだけのトンネルがある。トンネル内に人工照明は一切無く、明かりをとるための穴が天井部に一定間隔で開けられているだけで、非常に暗く、車、バイクのヘッドライトまたは個人で歩く場合、携帯電灯無しでの通行は困難を極める。
トンネル内部は車道としては非常に狭いため、車の擦れ違いは不可能である。そのため、北側のトンネルには待避所が2ヶ所設置されているが、南側のトンネルには待避所は無い。車については普通自動車(中型)までが限界であり、待避所または中庭以外ではドアを開けることは不可能に近い。
元々このトンネルは、1966年に地元の観光開発業者が開聞山麓にゴルフ場と公園を建設する際、ゴルフ場や公園の利用者(特に外国人客)から、農作業等を行なう地元住民が見えないようにするための目隠しとして造られたものである。種村直樹は同地を訪れた紀行文の中で、「外国人の目には柴をかついだ農夫は風物詩のように映ったのではないかと思うのに、いかにも日本人らしい屈折した気くばり」と批判している。
戦時中、この場所に臨時に野戦病院が置かれたとも言われているが、そのような事実は無い。本土決戦に備えて多数の兵士が開聞周辺に駐留したのは事実だが、防御陣地は開聞岳北側、現在の開聞仙田から開聞十町、さらに南九州市頴娃町別府に至るライン上に構築され、それより前面(敵側)にあたる当地に野戦病院が置かれるという事は有り得ない。』
(出典先:Wikipedia 開聞トンネルの記事より一部抜粋)
Wikipediaに記載された内容を確認した侑斗は「やはりGoogleマップのストリートビューの結果の通りだった。待避所はある、あんなところで乗用車同士のすれ違いは出来ないだろうと思っていたらやっぱりだった。その上ドアも開けられないって、それじゃあトンネル内を写真撮影を行おうと思ったら車を安全に停車できる場所に停車した後に向かわなくてはいけない必要性が生じてくる。はあ~ため息しか出ない。」と語った後に、報告されている心霊現象についても目を通し始めた。
「トンネルの天井の穴から覗き込む女性の霊を見てしまうと帰り道で事故に遇ってしまう、車でトンネルを通過すると後部座席が濡れている、トンネルを囲む周辺の林が自殺の名所となっている、AT車であるにも関わらずエンストする、首吊り自殺を図った女性の霊が出る、軍人の霊がトンネルに現れる。戦時中の野戦病院の話もあるが、それはWikipediaにおいて、なかったということははっきりと証明されており、その他のWEBサイトを覗いてみても”デマ”とする説が強い。」
予め開聞トンネルにまつわる情報を調べたところで早速、エンジンをかけて出発をすることにした。
そしてやっとの思いで、目的地の開聞トンネルの近くまでやって来れた。
そう思った侑斗はトンネルを前にして霊視を行うためにもいったん車を停車させてからトンネルの入り口の前まで小走りで駆けつけると、深く深呼吸をした後に気を集中し精神統一を行ってから霊視を行い始めた。
「ここはトンネルというよりかは、林のほうが霊の気配を強く感じる。この地に思い入れのあった浮遊霊なのだろうか。トンネル内を走り、写真撮影を行ったところ人の形をしたシミのようなものが見受けられるとも報告もあれば、エンストを起こした人の体験談によれば、トンネルの道中で途中車がエンストを起こしエンジンが掛けられなくなり、必死になってエンジンを掛けようとしたがかからず、その車に同乗していた別の子が突如後ろを見て”何か来る”と叫び出すと、パニックになりながらもなんとか車を発進させてトンネルを抜け出ることが出来た。その際に、同乗者の足にはくっきりと手で握られていた跡が残っていたという。何かあっては怖いと感じその後に神社へと行き御祓いをしてもらい帰ってきたという話がある。これがAT車なのにエンストを起こしたと噂される原因の一つになったエピソードなのか。しかしそれなら疑問が生じる。なぜ同乗者の足を掴む?そして同乗者は後ろに誰かがいることに気が付いた?そしてなぜ足を掴んできたのか、現れた御霊が四つん這いの姿勢ならそもそも存在に同乗者が気付き振り向いたとしても、視線には入らない。足を掴まれるのなら、運転手のほうが狙われやすいはずなのに、それはどうしてだろうか。益々疑問だ。あり得るとしたら沢山の御霊達が車を取り囲むようにして包囲されたことによりエンジンがかからない=エンストを起こしたと思い込み、さらに同乗者の後ろから何者かの存在に気付き叫ぶと、足を掴んでいた犯人は恐らくだが、車の動きを止めていた複数の御霊によるものと考えられる。さてゆっくりとしていたら他の交通の邪魔になるな。ゆっくりとした速度で進んで、写真撮影を行うしかない。」
そう考えた侑斗はすぐに車に戻るとエンジンをかけてトンネル内へと入り始めた。
「狭い、狭い、この圧迫感がたまらない。俺きっと多分長生きできない。」
そう思いながら進んでいくとやっとトンネルの出口に辿り着いたが、まだトンネルは続いていた。鉄骨造りの、まるでジャングルの中を走っていくような作りのところへとやってくると再びトンネルへと入っていき、再び狭さと圧迫感に恐る恐るハンドルを握りながらゆっくりとした速度で進んでいくのだった。
「ここは幽霊が怖いんじゃない!道が狭すぎるのが怖い!」
そう思いながら、待避所らしき広い場所に出てきても不安の種は尽きなかった。そしてやっとトンネルから出てくると、事故を起こすことなく出てこれたことに思わず侑斗は「はあ~よかった。」とほっと胸をなでおろした。
しかし、ゆったりとした速度で走ったと言っても、霊の気配を感じさせるようなものも無ければ、心霊現象の一つとされる後部座席が濡れているという話についても検証する必要があると考え、侑斗は車から出てくると、後部座席のシートが濡れているかどうかを確認したが、ちっとも濡れてはいなかった。
「心霊タクシーの話と混同視されていないだろうか。」
そう思いながら、何事もないと考えて開聞トンネルを後にしようとした時だった。やはりトンネルではなくトンネルを囲む木々から強い気配を感じることに気が付いた。エンストは恐らく、後ろから他に車が来るんじゃないかという焦りからエンストを起こしたに違いないだろう。足を誰かに掴まれたというのも、この地で考えられるとしたら自殺者の御霊の可能性は考えられる。エピソードにもあった軍人の霊の存在だが俺が霊視を行う限りでは見受けられなかった。野戦病院がデマであると分かっている以上、軍人の霊が出るという話は疑って食ってかかったほうが良いだろう。だとしたら、このトンネルの上の林が怪しい。首吊り自殺の名所となっていてもおかしくないだろう。そう思った侑斗は、車を安全に停止できる場所へ移動して停車をさせてから今度は徒歩で懐中電灯の灯りを頼りに再び開聞トンネルへと歩み始めた。
「徒歩で15分かかるみたいだが、歩かないと分からないこともあるしね。」
そう思い、徒歩で開聞トンネルを歩くことにした。
「やはり天井からの日の灯りがあったとしても暗い。懐中電灯を持ってきて本当に正解だった。そして天井から覗く女性の霊を見てしまうと事故を起こしてしまうとされるのはここだろうか、検証のために写真を撮ろう。しかし霊のいる気配は感じない。やはりあの途中の上の林を眺めることが出来る鉄骨作りになっていたあの部分から、出入り口の林に至る部分のほうが強く強く感じる。最期の地として首を吊って自殺をされた可能性は十分に考えられる。ありえるとしたら、あの鉄骨造りの鉄骨にロープを括り付け、首を吊り自殺を図った方もいらっしゃったのではなかろうか。もしくは出入り口付近の林に入り込んでそこで木の枝にロープを括り付けた末に首吊り自殺を図った。俺が二つあげたいずれかのパターンが十分考えられる。ただそれが女性であれ、男性であれ、こんな人気のない場所では人目につかないこともあって自殺をするには打ってつけの場所と言ってもいいぐらいの場所でもある。上の林を重点的に自殺をした御霊なのかどうかをしっかりと検証を行わなくてはいけない。」
ゆっくりとした速度で歩くと、出てくるのではないかと目論んだ上の林を眺めることが出来る鉄骨造りの部分へと辿り着くとその場で写真撮影を行ったと同時に、トンネルではなく、上の林をメインに何枚も写真撮影を行い始めた。
すると、トンネル内に自分一人しかいないはずなのに、誰かしら居る気配がしてきた。「ついにゴーストのお出ましか?」と侑斗が思い、後ろを振り返ってみるが長いトンネルの暗闇の世界が広がるだけで、仕方なく上の林を覗き込むと衝撃の後継が広がっていた。侑斗の強いエネルギーにひかれ、10代から60代に至る様々な世代の御霊が侑斗を見るために集まりだすと、じっとどう動くのかを見つめていた。
「さてはその地で最期を遂げた自殺者のチームだな。霊能力者の俺が近付いてきていると勘づいて現れたんだね。しかし残念だ。俺は君たちの仲間にはならない。」
侑斗がそう語ると成仏のための御経を唱え始めたと同時に、上から覗き込む自殺者の御霊はスーッと消えていく。これで終わったかと思い先のトンネルへと検証のために歩き進んでいった。
「女性の霊は見受けられなかった。しかしさっきからずっと付き纏ってくるのがある。それは一体何なんだ。」
侑斗がそう思うと居ても経ってもいられず、鞄の中から折りたたみ式の鏡を取り出すと、自分の肩をチェックし始めた。すると、悍ましい形相をしたロングヘアーの女性の霊がそこに立っていた。
侑斗は女性の霊の存在に気付くと、「ずっと憑いていたんですね。しかしもう安心してください。極楽浄土ではなく、神の裁きを受けなければいけない世界へとあなたを送りましょう。」と語ると清めの塩を掛けたと同時に供養のための御経を大声で唱え始めると、女性の顔は歪んだ末に闇に吸い込まれるようにして消えていった。
「あの女性の霊がこの地で最初に死んだボス格の霊か。彼女が手招きをして自殺者を増やした可能性は十分に考えられる。死んでもなおこの世に対して恨み辛みをこんな形で復讐を果たすのも、俺には理解が出来ない。」
侑斗はそう思いながら車を停車させてある場所へ戻るために、再び開聞トンネルの中へと入っていった。今度は霊障に悩まされることもなくすっと入っていくことが出来た。だがいないと思っていた存在がそこにいた。
「うずくまる、軍人の制服を着た男性がいる。貴方は一体?」
侑斗が気付くと近付いて御経を唱えようとした時だった。般若のお面のような表情で侑斗を睨みつけると、襲い掛かろうとした。侑斗は説得するために語りだした。
「女性はボス格ではなかった。真のボス格はあなただった。あなたは生前追い詰められた末にこの地で最期を遂げた、自分を貶めた者に対して強い怨念を遺してね。それが今のあなたを作り上げたのでしょう。でも安心して下さい、戦争は終わりました。あなたは軍人の立場から解放されて自由になれたのですよ。しかしあなたの死後に犯した罪は神の裁きを受けなくてはいけません。」
侑斗がそう語ると清めの塩を掛けたと同時に成仏の御経を唱え始め、軍人の男性は観念したのか、すっと消えていなくなった。
自分のできる範囲内で御祓いを済ませたところで開聞トンネルを後にした侑斗は車を停めた場所まで戻ってくると、車を発進させて次の目的地の肝属郡肝付町にある小串トンネルへと向かい出発をし始めた。
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